堀ちえみのブログ。 堀ちえみのブログ アメブロの朝ごはんはうそ?あきひろもビックリ!

がん闘病の堀ちえみ「負けない!」 ブログで経緯と胸中明かす

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ステージ4の口腔がん(左舌扁平上皮がん)の手術をし、現在リハビリ中のタレント・(52)が15日、自身のブログを更新。 食道がんであることを公表した。 診断はステージ1で、舌がんと同じ扁平上皮がんとし、舌がんの転移・再発ではないとしている。 「本日また入院しました。 今度は食道癌です」と公表した堀。 「前回の入院中に胃カメラの検査を受け、食道に腫瘍が見つかり、一部を病理検査に出した結果が、4月2日に出ました」と説明。 続けて「4月4日、組織を拡大して見るカメラで、精密検査を受けたところ、ステージ1の食道癌と診断結果が出ました」と報告した。 診断はステージ1。 「これは舌癌の転移でも再発でもないとの事です。 でも同じ扁平上皮癌だそうです」と伝え「消化器外科の先生が見つけて下さいましたが、初見の段階で悪性の可能性を、指摘されていました。 幸いにして早期発見。 普通なら見過ごしてしまう位置に、あったそうです」と明かした。 「自覚症状も全くありませんでしたので、自分でも驚きました」といい「早いうちに取り除いた方が良いとの事で、病院の先生方の対応も早く、手術の日程も4月16日に決まっていました。 前回の人間ドックでは、異常ありませんでしたので、恐らく最近出来たものだそうです」とつづった。 また、落ち込む堀に夫は「『今このタイミングで検査を受けてラッキーだったんだ』『少しでもタイミングがずれていたら見つかっていなかった』『運が良かったと思って』」と言ってくれたといい「この言葉にとても救われました。 子供たちにも、又ショックを与えてしまう事になるので、とても心配でしたが、『早く見つかって良かったね!』と言ってくれたので、ホッとしました」と胸中を吐露した。 あす16日に内視鏡で腫瘍を取り除く手術を受けるが「取ってみない事には、腫瘍の深さなどは分かりません場合によっては追加の治療もあるとの説明を、受けました。 今回の手術は舌癌の時と違って、30分から1時間で終わるそうです。 入院も一週間ほどです」と記した。 公表については「大変悩みましたが、間違った情報が一人歩きして、いろいろな方々に、ご迷惑をお掛けする事になりかねないと思い、公表しました」とし、「また癌が見つかったけど、それでも自分の身体が愛おしいです。 いろいろな病気を経験してきましたが、全て無意味ではないと思っています。 頑張ります!」と、前向きにブログを結んだ。 堀は2月19日にステージ4の口腔がん(左舌扁平上皮がん)を公表。 同22日に行われた手術では頸部リンパ節を取り、舌の6割を切除して再建手術も行うなど、オペは11時間にも及んだ。 3月9日にはブログで手術により、がんが全て取りきれたと伝え、その後、一時帰宅などを経て、3月26日に退院していた。 禁無断複写転載 ORICON NEWSの著作権その他の権利は、株式会社oricon ME、オリコンNewS株式会社、またはニュース提供者に帰属していますので、無断で番組でのご使用、Webサイト(PC、モバイル、ブログ等)や雑誌等で掲載するといった行為は固く禁じております。 また、ユーザーによるサイトの利用状況についても情報を収集し、ソーシャル メディアや広告配信、データ解析の各パートナーに提供しています。 各パートナーは、この情報とユーザーが各パートナーに提供した他の情報や、ユーザーが各パートナーのサービスを使用したときに収集した他の情報を組み合わせて使用することがあります。

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【エンタがビタミン♪】堀ちえみ、週末の一泊旅行を取りやめる 「コロナは消滅していない」「もし自分が運んでしまったら」と悩んだ末に

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記事の内容• 堀ちえみさんの結婚・離婚歴は? まずは、堀ちえみさんの結婚・離婚歴についてまとめます。 1989年:堀ちえみさんが経営していた喫茶店にお客として来ていた外科医と22歳で結婚、3人の子供を授かります。 1995年:一回り年上の旦那さんからのDVが原因で別居。 1999年:1997年から2年以上に及ぶ離婚裁判により離婚成立。 2000年:別居中から同棲していた当時「山と渓谷社」に勤務する会社員と再婚。 2人の子供を授かる。 2006年:編集者として優秀だったご主人は独立して、事務所を立ち上げます。 2010年:多忙なことからすれ違いにより離婚。 2011年:パチンコメーカーSANKYOに勤務して2人の連れ子のいる会社員の尼子勝紀氏と再婚。 実子が5人、尼子勝紀氏の連れ子が2人の計7人の子供がいます。 ネズミのお母さんみたい 堀ちえみの1人目の夫との子 外科医 昂平 1990年生まれ 健汰 1992年生まれ 叡弘 1993年生まれ 堀ちえみの2人目の夫との子 加藤 芳樹 楓季 2000年生まれ 彩月 2002年生まれ 堀ちえみの3人目の夫の連れ子 尼子勝紀 真由 1997年生 尋紀 1999年生 — akira seijei 尼子勝紀さんのプロフィール画像は?ブログや出身大学は? 尼子勝紀さんの職業・役職は? 平成28年4月1日から尼子勝紀さんの職業・役職はパチンコメーカーSANKYOの執行役員となっています。 (参照) 執行役員というのは取締役とは違いますが、部長クラス以上取締役未満という感じですので、立派な役職であることは間違いないでしょう。 しかも、SANKYOはパチンコメーカーの大手。 CMもバンバン流れていますし、格闘技などイベントのスポンサーでも良く見ますね。 尼子勝紀さんの年収は? 気になる年収ですが、大手パチンコメーカーSANKYOの執行役員ということで、調べてみたところSANKYOの平均年収は700万円ほどです。 これは、一般社員も含めた平均年収です。 日本全体の平均年収が400万ほどですから、相当高いランクになります。 パチンコ業界の平均自体が高い傾向にあると思われますね。 によると、取締役の役員報酬が波はありますが、一人当たり1億~1億5000万ほどになっています。 執行役員は取締役ではありませんので、億はいかないと思われますが、確実に数千万はあると推測できます。 堀ちえみさんは働かなくても、旦那さんの年収だけで十分に家族を養っていけると思います。 pachinkovillage. 尼子勝紀さんと堀ちえみさんが最初に出会ったのは、堀ちえみさんの自宅 大阪・阿倍野 近く。 2010年9月だった。 朝、娘を幼稚園の見送りに行くために、電停近くに立っていた。 堀はスッピンの普段着姿。 その時スーツを着たサラリーマン風の男性から 昔からのファンなんです、会えてよかった、ずっと会いたかったんです。 と声をかけたといいます。 短い会話の中で相手は東京から転勤になって阿倍野に住んでいること、堀が阿倍野に住んでいることを知っていたので、いつか会えるのではないか、と思っていた、ということが分かった。 3カ月前の離婚会見では二度と結婚しない、と自分自身に誓った堀がこのとき 堀ちえみさんは不審がるかと思いきや、スーツ姿で身だしなみが整っていたので かっこいい素敵な人 と感じたそうです。 しかし年恰好からして 奥さんも子供もいるんだろうな と思いを巡らせていたそうです。 今度会ったら名刺をもらおうと、テプラで「名刺」と書いて財布の中に入れていた。 2度目の出会いは2011年の1月。 羽田空港で訪れた。 堀は東京へレギュラーの仕事があるので伊丹発のJALに搭乗した。 この便に偶然にも相手の男性も乗っていた。 羽田空港に到着して「このあいだは、どうも。 また会えてよかったです」と男性が追っかけてきた。 堀が前席の方でマスクをかけて新聞を読んでいたことに気づいたのだった。 この時も短い立ち話で、相手も2回の離婚歴があり、2人の子供を育てていることが分かった。 尼子勝紀さんも2度の離婚歴があって、子供を1人で育てているということを知り親近感が増したそうです。 「子育ても仕事も頑張ってください」といった後で、名刺をもらうことを忘れてしまっていた。 財布にはテプラで「名刺」と書いて入れていたのに、すっかり名刺のことを忘れてしまい、悔やんでも悔やみきれなかった。 2回目の偶然の再会で堀の胸の高まりは、ピークに達した。 3度目の偶然は2011年4月に銀座で訪れた。 最初に出会ったころから、堀は周りスタッフには「素敵な人と出会った」と話していた。 夜、銀座を歩いていたら、今度は正面から男性が歩いてきた。 「これからお食事でもどうですか? 今日は空いていますか?」と誘いの声がかかった。 相手は食事会の後だったので、軽く食べられるお店にマネージャーと3人で入った。 「夢みたいです。 信じられません」を連発する相手は緊張のあまりお通しに出たシラスおろしをうまく食べられなかった。 運命を感じた堀は、男性がトイレに行っている間に、初めて入った店のママに結婚を相談したところ、「いいと思うよ」と簡単明瞭だったという。 3度目の偶然の出会いがあってから、6月にはラジオでも「素敵な人」のことを喋るようになっていたとのこと。 結局は偶然の積み重ねなのですが、3度も都合よく偶然が重なったので、 「ナンパ」とか「ストーカー」とか噂がたったようです。

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堀ちえみが息子のことでブログを削除??

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また、真由さんも2019年に社会人になったことを堀ちえみさん自身がブログで報告しています。 ほかの子供たちは、大学に通っているそうで、一人暮らしをしている子供もいれば、実家から通っている子供もいるなど、お互いに違う生活を送っている様子。 しかし、時折一緒にご飯へ出かけるなど、バラバラの生活を送るようになった今も子供たちとの交流は大切にしているようです。 堀ちえみ これまでに三度の結婚と二度の離婚を経験 前述した通り、堀ちえみさんはこれまでに三度の結婚を二度の離婚を経験しています。 一度目の結婚は1989年の時で、相手は外科医として働く男性。 堀ちえみさんの母が経営していたという喫茶店のお客さんだったといいます。 翌年に、長男の昴平さんを出産。 1992年に次男の健汰さん、1993年には三男の叡弘さんが誕生しました。 しかし、1995年ごろから2人は別居。 1997年から離婚裁判へ発展し、1999年に協議離婚が成立しました。 その後、堀ちえみさんは2000年5月に雑誌編集者の男性と二度目の結婚。 その男性とは、1996年に取材を通じて知り合ったそうで、2000年に四男の楓季さん、2002年には長女の彩月さんが誕生しています。 徹子さんのお部屋には、今まで何度もお邪魔して、楽しくお話をさせていただきました。 光栄なことです 徹子さんのおかげで、私は今幸せに暮らせているのです 主人とお付き合いをしていた時に、出演させていただきました。 その時に、「籍を入れないでフランス婚でいようと思います。 」と言った私に徹子さんが仰ったのです。 「なぜ籍を入れないの?」 「二度も結婚を経験して、三度もどうなのかなぁと思いまして」というようなことを返したら、 「結婚という権利が人それぞれに、1つずつ与えられているとしたのなら、私の権利は使っていないので、あなたにあげるわよ。 だから結婚しちゃいなさい」 徹子さんのこのお言葉のおかげで、背中を押していただき、主人と結婚を決断 放送ではこの話から始まっています。 徹子さんには、随分と昔から、本当にお世話になっております。 感謝の気持ちと、尊敬の気持ちと。 徹子さんのバイタリティーは、お会いする度に元気をいただけます。 ありがとうございます。 ーより引用 堀ちえみさんが三度目の結婚を決意した陰には、黒柳徹子さんの助言があったのですね。 堀ちえみ ブログで明かした結婚生活は? 堀ちえみさんはブログを頻繁に更新しており、子供たちや夫とのエピソードをたびたび投稿しています。 2018年12月8日に更新したブログでは、夫と結婚7周年記念のお祝いをしたことを報告していました。 12月11日が2人の結婚記念日だそうで、その日は夫の誕生日でもあるといいます。 以前から予約していたという思い出のレストランで祝杯をあげたそうで、その時の様子を堀ちえみさんはこうつづっています。 子供が7人いても、子育てで奮闘していた時期なんて、あっという間だったなぁ、なんて思ってしまいます。 親から見れば、子供はいつまでたっても、子供に変わりはないのですが、子供からすれば、ある時から一人前の大人だという、自覚と責任が芽生える訳で。 寂しいけれど、そうでなくては困る訳で。 今から思えば、子供たちが小さい頃の、あのわちゃわちゃっとした、賑やかな時期。 自分のご飯もゆっくりと、食べる時間もなく、食べられる時間が、あるだけでも有難い状況も多々。 仕事に出掛けるのも大変で。。。 目覚めと同時に、バタバタして朝ごはんとお弁当を作り、子供たちを片っ端から起こして回り、家の中を走り回り家事をやっつけて、やっと自分が出掛けられたと思ったら、やり忘れた事や忘れ物に気付いて、溜め息の連続。 そんな日々も、今となっては、良い思い出。 ーより引用 ブログの最後には「たくさんの思い出を与えてくれた、それぞれの子供たちに感謝ですね」とつづった、堀ちえみさん。 7人の子供たちを育てる、堀ちえみさんの母としての一面が垣間見えますね。 こちらの記事でも、堀ちえみさんのブログについて紹介していますので、ご覧ください。 最初は昨年夏頃に、舌の裏側に小さい口内炎ができました。 治りが遅いので、病院で診ていただきまして、その時は塗り薬や貼り薬、ビタミン剤などを処方して貰いました。 しかし11月になっても、少しも良くならず、酷くなる一方。 痛みも増して辛くなり、掛かりつけの歯科医院に行き、診察を受けました。 そして何度かレーザーで、焼いて貰ったりもしました。 それでも治らず、そのうちに、舌の裏側だけではなく、左の側面にも、固いしこりができてしまいました。 私は2016年にリウマチなど、二つの病気を患っており、薬を飲みながらの治療中でした。 その科の定期検診の際にも、主治医に相談したところ、 「飲んでいる薬の副作用の1つに口内炎の症状が出る事もよくあるので薬を暫くストップして様子を見ましょう」との事でした。 次の診察は翌年の2月となっており、それまでには徐々に良くなると、信じていました。 ところが年が明けても、良くなるどころか、酷くなる一方で、しこりも増え続け、左側の舌に激痛が走り、やがて食べ物が沁み、喋るのが辛くなり、眠っていても痛みで、夜中に目が覚めてしまうように、なってしまったのです。 さすがにこれは口内炎ではないと…最悪は舌癌かも知れないと… 自分でスマホで、舌癌を検索してみたところ、私の舌の症状と同じような画像が、たくさん出てきました。 朝になり主人に相談して、急いで大学病院に行きました。 それが1月21日の事です。 主人は仕事がありましたので、一人で病院へ行きました。 主治医の先生の所見で、悪性の舌癌の可能性が高いという診断。 それを聞いた私は、静かに受け止めていました。 驚きもしなかったので、自分でも不思議でした。 ある程度、覚悟が出来ていたのかも知れません。 「転移の心配もあるのですぐに一週間の検査入院をして下さい」との事。 しかし仕事が立て込んでおり、一週間は無理なので、ご無理をお願いして、二日間の入院で、全身のいろいろな検査を、急いで受けさせていただきました。 ーより引用 がんである可能性が高いことを知り、堀ちえみさんは「子供たちにきちんと説明するべきか、伏せたほうがいいのか」を、夫と話し合ったといいます。 主治医にも相談し、堀ちえみさんと夫は子供たちにありのままの状況を話す決断をしたのだそう。 事実を伝えた時の子供たちの反応について、堀ちえみさんはこうつづっています。 まず東京の実家近くに住んでいる、息子のところに夜のうちに、主人が会いに行って話してくれました。 私の口からは辛すぎて、告げる事は出来ませんでした。 息子は最初は絶句。 顔面蒼白になったそうです。 しかし暫くして落ち着きを取り戻し「正直に話してくれてありがとう」との事でした。 東京郊外や他県に住んでいる、子供たちには電話で伝えてくれました。 それぞれやはり、ショックを受けていたそうです。 そして自宅に住んでいる、高校3年生の息子と、高校1年生の娘には、夫婦ふたり揃って、告げました。 息子も動揺していました。 娘にはポロポロ涙を流して、大泣きされてしまいました。 「リウマチのお薬のおかげでやっと良くなって全身の痛みから解放されて」「今度は癌だなんて」 「辛すぎる」でした。 ーより引用 そして、2月4日に検査入院の結果を聞きに行ったところ口腔がんと発覚し、さらに左首のリンパにも転移していることが明らかとなったのです。 自身の症状について「かなり厳しい状況です」と語る、堀ちえみさん。 しかし、ブログでは「私は負けない!」と前向きな思いをつづっていました。 生年月日:1967年2月15日 出身地:大阪府 血液型:B型 身長:159cm 所属事務所:松竹芸能 1981年に『第6回ホリプロタレントスカウトキャラバン』に出場し、優勝したことをきっかけに芸能界デビュー。 1983年にはドラマ『スチュワーデス物語』(TBSテレビ系)で主人公・松本千秋役を演じ、一躍注目を集める。 その後も、ドラマ『スタア誕生』(フジテレビ系)や『花嫁衣裳は誰が着る』(フジテレビ系)に主演として出演。 近年も映画『映画 妖怪人間ベム』や『ナラタージュ』など数々の作品に出演する一方、情報番組『ちちんぷいぷい』(毎日放送)でレギュラーコメンテーターを務めるなど、多方面で活躍している。 [文・構成/grape編集部].

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