宵かがり 意味。 『少年時代』井上陽水が懐古する忌野清志郎のエピソード

歌詞の意味がさっぱりわからない曲TOP10

宵かがり 意味

夏が過ぎ 風あざみ 誰のあこがれに さまよう 青空に残された 私の心は夏模様 1990年の9月21日にリリースされたこの「少年時代」は、もともと井上陽水が荻野目洋子に提供したシングル曲「ギャラリー」のB面になる予定だったという。 しかし曲を受け渡す直前になって、陽水が 「やっぱり自分で歌いたい」ということになり、自身のシングル曲として発表することとなった。 ちなみに荻野目のB面曲は、陽水が当時即興で作った「ON BED」に差し替えられたという。 この映画『少年時代』とは、戦時下の昭和19年に富山県に疎開した東京の少年と地元の少年との友情や葛藤を描いた物語で、柏原兵三の小説『長い道』を藤子不二雄Aが漫画化して、山田太一が脚本を書き、映画『瀬戸内少年野球団』の篠田正浩監督がメガホンをとった作品である。 そこには物質的には貧しいが、懐かしくも美しい日本の田舎を舞台に成長してゆく少年達の姿が瑞々しく描かれている。 そこには「ラララ…君と出会い君と笑い」というハミングで始まる、映画の内容にピッタリな歌詞が綴られていた。 依頼後…数週間経っても曲ができあがって来ず、ついには映画のポスターの印刷にも間に合わない事態となった。 これについて陽水があっさりと一言。 「歌詞は使わなかったけど、心はいただきました」 そして陽水の紡いだメロディーを元に、プロデューサー兼作曲家としても活躍していた川原伸司(同曲では平井夏美の名義)が曲をブラッシュアップさせて「少年時代」は完成した。 レコーディング本番でのピアノ演奏は、陽水の旧知の仲でもある来生たかおが担当した。 依頼した理由として陽水はこんなコメントを残している。 望み通りのピアノになったと思いますよ。 」 この曲の歌詞にでてくる「風あざみ」や「宵かがり」という美しい響きを持つ言葉たちは、陽水が創った造語であり、辞書をひいても載っていない。 ある時、これはどういう意味ですか?とインタビュアーに訊かれた陽水は 「意味ないんだよ」と、これもまたあっさりと答えたらしい。

次の

涙化粧: モーリーのうたたね

宵かがり 意味

Q 日本語を勉強中の中国人です。 井上陽水の『少年時代』の歌詞についてお伺いします。 歌詞の参考ページも貼っておきますので、ご参照ください。 hi-ho. htm 1.「夏祭り 宵かがり」の中の「宵かがり」の意味は何でしょうか。 2.「呼びかけたままで 夢はつまり 思い出のあとさき」という文の意味を教えてください。 3.歌詞全文の雰囲気から見れば、少年時代の成せなかった恋を振り返る時に、大人になった主人公の浅い哀愁が漂う曲と理解してよろしいでしょうか。 また、質問文に不自然なところがありましたら、それも指摘していただければ大変ありがたいです。 よろしくお願いいたします。 A ベストアンサー 1.「宵かがり」 「宵」は、日が暮れてから間もない頃、1~2時間くらいの間のこと。 通常、少年には許されない時間帯ですが、夏は、ほたる狩り、花火、夏祭り、盆などの夜のイベントが多いため、夜の思い出が多く残ります。 また、少年時代の夏の思い出とは「夏休み」の思い出に等しいといえます。 「かがり」は「篝」です。 この詩のように通常は鉄製のかごに薪(まき)などを入れてたく火のことをいいます。 上からつったり、足をつけて顔の高さくらいまで高くしてあります。 警備、照明、漁のために使われたものです。 現在では伝統的な催しや商業的な装飾などでしか見かけません。 また、俳句では「能篝(のうかがり)」は夏の季語とされています。 篝の灯かりの中で上演される能のことです。 (どことなくですが、唐詩選にある「江風漁火対愁眠」に感じが似ている気がします。 季節は逆ですけど…) 日本人の多くの成年男子にとって、少年時代の夏は特別なものだといいます。 夏の闇の中で、ユラユラと燃えるかがり火のような感傷に、きっと心がゆさぶられることでしょう。 2.長い冬が 窓を閉じて 呼びかけたままで 夢はつまり 思い出のあとさき 正直いってさっぱりわかりません。 「閉じて」と「呼びかけて」の主語は「長い冬」で、それなりに意味はわかるものですが、この句と後の「夢はつまり~」とのつながりが見えません。 この詩は意味より叙情の詩だと思われます。 日本の叙情詩は、時折、雰囲気優先です。 3.恋とはいえないと思います。 しかし恋かもしれません。 私は少年時代の夏全般に対する「淡い感傷」だと思います。 1970年くらいの設定のものです。 井上陽水の少年時代より少しあとですが、雰囲気は共通していると思います。 synapse. html 1.「宵かがり」 「宵」は、日が暮れてから間もない頃、1~2時間くらいの間のこと。 通常、少年には許されない時間帯ですが、夏は、ほたる狩り、花火、夏祭り、盆などの夜のイベントが多いため、夜の思い出が多く残ります。 また、少年時代の夏の思い出とは「夏休み」の思い出に等しいといえます。 「かがり」は「篝」です。 この詩のように通常は鉄製のかごに薪(まき)などを入れてたく火のことをいいます。 上からつったり、足をつけて顔の高さくらいまで高くしてあります。 警備、照明、漁のために使わ...

次の

風あざみの意味とは?造語?広辞苑に載ってる?歌の歌詞も解説!

宵かがり 意味

井上陽水 最大のヒット曲『少年時代』 1990年9月にリリースされた井上陽水の『少年時代』は、自身の最大のヒット曲であり、代表曲の一つに挙げられている。 意外なことに、発売当初はオリコンの週間シングルチャートでも最高20位程度であったが、1991年にソニーのハンディカムCCD-TR105でCM曲に採用されたことにより、最高4位まで上り詰めた。 そんな『少年時代』を大ヒット曲に導いたのには、井上陽水が作り出した造語が寄与しているかもしれない。 …そもそもこの曲に造語なんてものが存在したことは、あなたはご存じだろうか? 実は「風あざみ」「夏模様」「宵かがり」「夢花火」などの言葉は井上陽水が独自に作った造語である。 井上陽水がインタビューで「響きのよさで作った言葉で、意味ないんだよ。 」と答えていることからも事実である。 しかし、本当に響きのよさで作られた言葉なのだろうか?少なくとも井上陽水はその言葉に意味を含ませているはずだ。 このことを出発点に歌詞を解釈し、これら造語の意味を追求していく。 実際にアザミの開花期は4月~7月であり、この曲の背景と一致している。 しかし、この曲では具体的な植物としてのアザミを示しているのではないのだ。 アザミの花言葉は、「独立」「報復」「厳格」「触れないで」とネガティブなイメージで語られ、孤独を感じさせる。 夏が過ぎさった少年時代の虚無感というものを「風あざみ」という言葉で井上陽水は表現している。 「青空に残された私の心は夏模様」の歌詞も夏休みが終わったあとのあの虚しい感情を表している。 子供のころの夏の思い出は大人になっても楽しい思い出として記憶される。 青空という記憶装置に子供のころの楽しい夏の思い出 =夏模様 を残している。 このように、井上陽水は造語を使って歌いやすくかつ記憶に残りやすい言葉を用いているのだ。 「夏まつり」は夏祭りという解釈で間違いない。 では、「宵かがり」の意味はというと、宵とかがりで分解して考えると分かりやすい。 かがりとは、照明のために燃す火、つまりかがり火のことを指している。 これらから分かることは、夏まつりと宵かがりが並列に置かれていることからも、夏まつりの行われる前日の高揚感を宵とかがりを組み合わせることによって作り出しているということだ。 そして、「八月は夢花火」である。 夢花火もおそらく井上陽水の造語であろう。 しかし、これまでの造語とは異なり解釈は容易である。 夢のような八月の楽しかった思い出を花火の儚さにかけている。 簡単に言うと、夢って想い出のあとさきなんだよということだ。 しかし、あとさきという言葉の意味がよく分からなければ、ここで井上陽水が言っていることの解釈は不可能だろう。 このことから「夢はつまり想い出のあとさき」の意味内容が分かってくるはずだ。 井上陽水は歌詞上で夢とは、思い出の延長線上にあるものと考えており、夢は想い出の一つとしている。 井上陽水が、なぜこのような造語を用いたのかということに関して私なりの見解を明らかにしたい。 私は、造語を用いることによって聴き手側に想像の余地を与えていると考えている。 聴き手側の少年時代の楽しかった日々を想像させるような言葉でもあるのだ。 『少年時代』を聴ききながらみなさん自身がこの言葉の意味を解釈し、余韻深めてみてはどうだろうか。

次の