アンケ セナー メン。 ツタンカーメンの生涯が壮絶すぎてヤバい

古代エジプトからロスチャイルド家まで、“王家の血筋”の法則とは?【1】

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エジプト考古学博物館の観光です。 今回は、2階の種類別エリアのご紹介です。 ツタンカーメン王墓からの出土品で沢山でした。 そしてミイラ室には、歴代のファラオのミイラが展示されていました。 ツタンカーメンエリア ツタンカーメンの特別室(黄金のマスク や 金や宝石の展示室)は撮影禁止でしたが、大きな出土品は撮影OKでした。 カノープスの壺 ツタンカーメン王の臓器 肝臓、肺、胃、腸 が、入れられたいた壺です。 1体いません、修理中でしょうか... 良かったのか、お顔をしっかりと見ることができましたぁ。 前に置いてあるのは、壺の蓋です。 古代エジプトでは、王が死後の世界で生きるのに内臓が必要だと考えていたのです。 カノープスの厨子(ちゅうし) 「カノープスの壺」は、この「カノープスの厨子」のなかに収められていました。 4つの側面には、手を広げ女神達が守っています。 上部には、コブラ像が並んでいます。 4つの厨子 「カノープスの厨子」の上には、さらに4つの厨子で、覆われていました。 墓の中で組み立て、底がないそうです。 金箔張りの木製厨子です。 一番外側の第一厨子です。 とても大きく、青が引き込まれるような綺麗な色で、とても印象的でした。 第一厨子の内側です。 第二厨子の後方部分です。 マアト女神が守っています。 第3の厨子、 第4の厨子です。 それぞれ、描かれている絵が独特で、ゆっくりと... 見たかったです。 アヌビス神の厨子 死者の魂をあの世に導くと言われて神です。 発掘当時の写真が展示されていました。 マント羽織ってるのかな、可愛いです。 聖なる牡牛形葬祭用寝台 後ろからになってしまった... ヤグルマギクの花束 アンケセナーメン王妃がツタンカーメン王のお墓に入れたと言われているヤグルマギクの花束です。 約3300年の物が、粉々にならずに残っていることが すごいです。 ベットと椅子 黄金のベッド、 木のベッド、 木の椅子です。 生活用品 ダチョウの羽根と象牙で作られた扇子。 ツタンカーメン王の服を作るときに使われたマネキン、サンダル等。 ツタンカーメンの黄金の立像 と 香油壺 香油壺は、金と象牙で装飾されています。 左右がツタンカーメン王です。 ツタンカーメンの黄金の玉座 生命を与えるアテン神の光のもと、ツタンカーメン王に 王妃アンケセナーメンがくついろいでいます。 (香油を塗っているところです。 ) 肘掛には、黄金のカルトゥーシュを守る翼を広げたコブラです。 大エジプト博物館に移動 何度となく、写真で見てきた 「黄金の戦車」が、建設中の「大エジプト博物館」に移動されてしまって、なかった... 大きな空のショーケースだけが残っていました... 残念です。 ツタンカーメン 特別室 特別室は撮影禁止でした。 ここには、有名なツタンカーメンの黄金のマスクがあります。 その他には、宝石や金の装飾品、棺等が展示されていました。 ここも大混雑でした。 by ja. wikipedia. org ミイラ室 歴代のファラオ達のミイラ室は、特別料金が必要です。 写真撮影は禁止でした。 驚きました、有名な多くのファラオのミイラが、実在していることに。 (盗まれて、所在不明になっていると思っていました。 ) ラムセス2世のミイラには、白髪が残っていました。 そして、とても身長が高い方だったのがわかりました。 動物のミイラ室 動物のミイラ室には、時間がなく、行けなかったです。 ミイラ室(ファラオ達)も含めて、1時間の自由時間しなかくて... ファラオ達のミイラ室が、とても混んでいて、前に進まず... 時間を取られて、他の展示品も見たくて、動物のミイラ室は、諦めました... 残りの時間で 残りの時間で、館内マップも無いので、30分くらい当てももなく、フラフラです... 30分では、落ち着いて見ることできませんでした... 広い吹き抜けのエリアがあったのです。 2階から見下ろしたかったです。 アクエンアテン王の部屋に辿り着きました。 アテン神を崇める、アクエンアテン王一家の絵がかかっていました。 皆が見ているのは、アクエンアテン王の黄金の棺かな? ゆっくり見る時間がなかった... アクエンアテン王の像だけ、パチリです。 いつみても特徴的な お顔をしています。 出口 出口を出ると、お土産屋さんが、連なっていました。 高貴な方が 亡くなるとお墓の守り神として一緒に埋葬された「青く塗られた小さなカバ」のレプリカを記念に欲しかったのですが... ここのお土産屋さんでは、見つけられなかったです。 3時間の観光時間では、本当に、さわりだけでした。 やはり、大きな博物館は、フリーで見に行かないとですね。 今度、大エジプト博物館が公開されたら、トライしてみようと思います。 rararasan.

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エジプト ツタンカーメンの妻の墓所がとうとう明らかに【写真】

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家族の関係がとっても複雑! 当時のエジプト王朝は家族関係がとっても複雑。 アンケセナーメンの家族関係も例外なく、現代では考えられないほど複雑なんです。 父はツタンカーメンと同じ!? アンケセナーメンにとって、幼なじみであり後に結婚相手にもなったツタンカーメン。 なんとその父親である アクエンテアンは アンケセナーメンのお父さんでもあるんです! 実の父の妻に さらに、アンケセナーメンは一時期、 実の父親であるアクエンアテンの妻になった時期もあったそうです。 一説にはなんと実の父親であるアクエンアテンとの間に娘を設けたともいわれているのだそう。 異母弟のツタンカーメンと夫婦に! 実の父であるアクエンアテンの死後、異母兄弟であるツタンカーメンと夫婦になったアンケセナーメン。 ツタンカーメンは若くして亡くなってしまいますが、複雑な家族関係でありながらその夫婦仲はとても良かったとされています。 ツタンカーメンとの夫婦仲 アンケセナーメンとツタンカーメンの夫婦仲は、ツタンカーメンが亡くなった後の棺からも察することができます。 ふたりはとても夫婦仲が良かったと言われている ツタンカーメンの棺からは、 ヤグルマギクの花束が発見されています。 これは、 アンケセナーメンからの贈り物であったとされているんです。 ツタンカーメンが亡くなった後はファラオを継いだ神官・アイの妻として君臨し続けたアンケセナーメン。 ツタンカーメンの死には暗殺されたとの説もあるため、アンケセナーメンは王の妻というステータスに執着した悪女だともいわれていますが、一方で時代の運命に翻弄された悲劇の王妃ともいわれています。 ツタンカーメンとアンケセナーメンの間に交わされた夫婦愛の痕跡はとても少ないものですが、姉弟同然に育ったふたりの間にかけがえのない愛があったと思いたい気持ちもわかります。 【まとめ】ツタンカーメンの妻・アンケセナーメンとは? ミステリアスで謎の多い古代エジプトの王妃・アンケセナーメン。 数奇な運命に翻弄されたツタンカーメンの妻として知られる人物ですが、意外と知らなかったという人も多いのでは? 色々といわく付きの女性ではありますが、やっぱり謎めいた美女は魅力的ですね!  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 出典:.

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ツタンカーメンの生涯が壮絶すぎてヤバい

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すごい、まじすごい。 何がすごいって生まれ育った家庭がまずすごい。 いいとしても、おがとち狂っててまじ。 このおはホテプ4世って言うんだけど、 ある日、神というよく分ないへのに目覚め。 今までのをして、神のために都まで。 本人もして、(に仕える者)みたいな変なにし。 今でいうなら、親父が突然にハマって、変なを名乗り出した、とか始め感じ。 そんなおのになった人もまた一味違う。 なんとのお母ちゃんは、おの妹。 つ、、血濃すぎ。 でも、これではのこと。 結局、そのおは大騒ぎしたあげく、の支持は得られないまま志半ばで憤死。 そして、息子が若干9歳にしてに着くことに。 さすがに、おのを間近で見ていただけはある。 もうはやりませんよって言って、昔のを復活させる。 今でいうなら、も2世なんだけど親父がはまってた系のにはしちゃって 土着のを讃えるにする感じ。 ちなみに、の奥さんとなったのは、 っていう人なんだけど、この人実は、おの前妻。 つ、見たら、 昔おとあった人が今の嫁。 嫁だなおい。 でも、これもではのこと。 そんなもして周年、19歳のある日ひょんなことしてう。 に運悪くにもかかる。 そして、の体質が影響してか、なんとそのまま死んじゃう。 これがマジことの生涯。 ここでの不運も終わるかと思いきや話はまだ続く。 のを作ったは、やたら茶目っ気のあるだったのか、 よせばいいのにの器を90度曲げてに向かった状態で固定した。 のをした・氏も、 さぞかし驚いたことだろうと思うが、そこはさすがに者。 直立した器についてのがしっかり残っている。 おかげでのはしていたなんていう話が広がるハメに。 後にも先にもそんななんていない。 誰かの茶目っ気のせいで後世でまで笑いにされる。 のの矛先は、 盗人でもなく者でもなく、もはや自身に向かっていたんじゃないか。 の、壮絶すぎる。

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