自己 愛 性 人格 障害 特徴 男性。 自己愛性人格障害とは?知っておきたい10の特徴

自己愛性パーソナリティ障害は2つのタイプの特徴がある

自己 愛 性 人格 障害 特徴 男性

女性の自己愛性人格障害の特徴は外見へのこだわりと愛してもらえるような行動を取る事ですが、男性の場合はどの様な特徴があるでしょうか。 男性の特徴 恋人は自分が優位に立てる女性のみを選ぶ 自己愛性人格障害の男性は、恋人にする相手は外見などよりも先に「自分が優位に立てる」という事を重点にして選びます。 高学歴な女性や性格がサバサバしている女性、男性に人気がある女性はうまく自分を優位に立たせる事が出来ない為、地味な女性や優しそうな女性を恋人に選びがちです。 また、依存体質の女性や自立心が低い女性を特に好みます。 これは恋人を対等な関係とは思わずに「奴隷またはペットとして側に置ける人」と捉えている人が多い為です。 自分の意見に反対意見を言う人を側に置かない 自分の意見が正しいと思い込んでいるため、反対意見を言われると激しく怒りを覚えたり、逆に非常に心を傷付けてしまうため、自分の意見に対して常に賛成をしてくれる人を身近に置きたがります。 これは日常生活でも職場でも同様です。 対人コントロールが上手く、始めは魅力的な人物ではある 自己愛性人格障害の人は急に「愛している」「好きだ」等の言葉を何度も投げつけてきます。 しかしすぐに相手の事を裏切って絶望させます。 この様におだてては落とすという事を繰り返し、相手を上手くコントロールしようとします。 始めの内はとても相手の事を褒めてくれる為に惹かれる人は多いですが、その分裏切られる人も多いです。 これは日常生活でも職場でも同様な事を起こす可能性があります。 この様に、自分が常に優位に立てるコミュニティーの形成や恋愛関係の形成を行う点が男性の自己愛性人格障害の特徴と言えます。 学歴コンプレックスを抱えている場合が多く、自分よりも低学歴な人を身近に置いたり、自分よりも貧乏である人を身近に置く場合もあります。 友人関係でも、自分の我侭に素直に従ってくれる人を友人とする傾向があります。 また、男尊女卑や女性嫌悪を心の根底に持っている場合もある為、自分の言う通りになる女性を道具の様に使います。

次の

自己愛性人格障害の男性の特徴

自己 愛 性 人格 障害 特徴 男性

自分は特別だとまじめに信じている 自己愛性人格障害の男性の特徴としては、どのようなものが挙げられるでしょうか。 まず、なんといっても自分を特別な人間だと感じているということが挙げられます。 なにかできるから、あるいはなにか持っているから特別というわけではなく、先天的に自分は天才であるといったことをまじめに思い込んでいるのです。 学力や運動神経に恵まれている場合は、自分の思いと能力が一致するので、うまく成功できることもありますが、特別な能力を持っていない場合はかなり生きづらくなってしまいます。 というのは、自己評価と他人からの評価がまったく違うため、傷ついたり、あるいは反発してトラブルを起こすということがあるからです。 また、仮に成功しても、他人に対して傲慢な部分があるので、そのあとの人間関係で失敗してしまうことが多いのも自己愛性人格障害の男性の特徴といえます。 ストレス耐性がなく簡単に仕事をやめることも また、自己アピールが多く目立ちたがり屋で、人に褒められることを非常に好みます。 そして、自分のアピールを評価しない人に対しては冷淡という特徴があります。 会社員になった場合、上司と馬が合えば一気に出世することもありますし、逆に評価されなかった場合は、上司の悪口を言いふらすこともあります。 ただ、自己愛性人格障害の人は男性でも対人ストレスには弱く、精神面でもろいので、上司とまったく合わなければ躊躇なく会社をやめてしまうことも多いです。 他人の能力は基本的に認めますが、自分から見てコネで出世しているような人、あるいは誰かから特別扱いされているように感じる人に対しては非常に嫉妬し、攻撃的になります。 ただ、自分が誰かから特別扱いされることについては当然だと考え、そのことについて人がどう思っているのかといったことはまったく考えません。 なので、自分が思っている以上に敵が多くなることもあります。

次の

自己愛性や人格障害の人との付き合い方とは?コツや心を開いてもらう方法

自己 愛 性 人格 障害 特徴 男性

もう一方は、軽度の発達障害の傾向があり、遺伝的要因が強く、生まれ持った資質の弱さから、神経の繋がり方が繊細になっているタイプです。 自己愛性人格障害の人は、トラウマ的な環境にいて、警戒心や防衛本能、攻撃性が強くて、ほど良い親のもとで育っていないことが多く、落ち着く場所がありませんでした。 そのため、人と繋がりながら、安心して過ごすことが難しく、自然に身体はリラックスしていかなくて、気分の波の激しさから、真ん中の状態がありませんでした。 子どもの頃から、親子関係で危険や嫌悪を感じながら、自分の思うような行動が取れずに毎日を過ごしており、自分を元気にする方法がすごい自分になって、頭の中でそう思い込むことでした。 そして、周りが自分の思い通りに動いてくれるとか、自分の色合いに染まってくれると、より元気になり、身体が軽くなって、もの凄く動けるようになります。 子どもの頃から、身体の中にトラウマを抱えているハンディがあり、嫌なことがあると、ソワソワして落ち着かなくなり、その場をうまくこなせないと、身体が硬直して、萎縮してしまう無力さを抱えているため、肥大化した万能な自分で生きるしかありませんでした。 そのため、すごい自分でいられなくなると、何も満足できなくなり、体調も悪くなって、無力でダメな自分が現れ、何も出来なくなります。 彼らの特徴の一つとして、些細なストレスでも、身体は身構えて硬直し、頭の中の好奇心か嫌悪のイメージがそのまま身体に表現されてしまうため、傷つきやすく、両極端な自己像になり、すごい自分を空想するか、どうやったら自分が優位に立てるかを考え、自分の土俵に変えて、新しいルールを作ることが自己防衛になります。 トラウマのせいで、人の気配や表情、態度、視線、言葉、物音、匂いなどを敏感に察知し、身体は防衛体勢に入り、頭の中でアセスメントしますが、嫌悪感のほうが強くなると、胸が痛み、動悸が激しくなり、拳に力が入り、体温が下がり、全身が縮まります。 そのため、無意識下で縮んだ部分を広げようとして、怒りの感情を表現するか、投げやりな態度を取るか、感覚を麻痺させるか、すごい自分を想像するか、自分の中のルールに従うか、相手を見下すかなど、その人独自の習慣が出来ます。 また、痛みの伴う身体を切り離して、頭の中で自分の都合の良い論理的思考を展開して、万能的な自己イメージを持つことで自分を安定させています。 万能的なイメージ通りの自分を演じて、人に良く思われていると妄想に耽ることで、本来の自己の欠損や不全感を埋めています。 自己愛性人格障害の特徴をさらに細かく分けていくと7つあります。 彼らは、世の中の不条理な在り様の犠牲者であり、不満や我慢に耐えながら、反発する力が育っており、自分の言い分が正しいと固執していくか、絶望のなかで、ある対象を理想化し、嗜癖化していくことで、本来の痛みから遠ざかろうとします。 特に、母親の不在や共感不全により、自分は素晴らしい存在であるということを映し出してくれる鏡がない子どもは、感情や自己調整機能に障害が出ます。 そして、人と穏やかに過ごすことが難しく、気分の浮き沈みも激しく、優越感にのめり込んで、尊大に振る舞う反面、劣等感や無力感で苦しみ、極端な行動を取っていくようになるため、自己愛性人格障害が形成されます。 また、母親という愛着対象との皮膚の接触が危険であれば、対象との距離を置いて、対象なき世界で己の力とスキルを磨き、自己に陶酔することで安全感を保障します。 このタイプは、人を愛するというよりも、自分の技能を高めようとします。 過覚醒の時は、自分の能力の限界に対する認識を欠き、理性的な判断が難しくなっていて、リスクを考えずに無計画に行動するため、こころの発達が未熟で自己中心性の高くなります。 このような人は、落ち着いて、のんびりゆっくりすることができない環境で育ち、腹側迷走神経複合体の働きが弱くて、社会交流システムがうまく働きません。 些細なことでも、不安や動揺を感じやすく、身体は緊張していて、嫌なものを感じているか、好奇心のあることにのめり込みます。 調子が良い時は、他人に好意を持ち、たくさんのアイデアが浮かんで、活発な思考と行動を取り、他人のことはお構いなしに接近していきます。 一方、不快な状況では、闘争本能を剥き出しにして、自分の主張を振りかざし、正論を言って、自分の身体を元気にします。 また、覚醒度の振れ幅が大きく、神経が昂り、気分の浮き沈みが激しいために、安定した状態を得ようとして、周りを過剰に気を使いすぎて疲れます。 良い状態を維持するためには、強圧的な態度で周囲を圧倒し、自分が一番でないと気が済まないとか、お金や欲にまみれるとか、自分のことをしか考えていないなど極端な行動を取ります。 一方は、過去の外傷体験の衝撃や恐怖に圧倒されていて、恥や敗北、無力化した自己の部分は内側に閉じこめています。 もう一方は、対人関係において、恥をかいたり傷ついたりすることを避けようとして、頭の中で思考し、なんでもしようとする部分があります。 この部分は、心が繊細で傷つきやすく、リスクや危険な目に遭うことを酷く怖がり、外の気配に過敏になります。 日頃から、自分の恥ずかしい部分がバレないようにと、人の視線や反応を気にして、先手先手を打ちながら、外面を取り繕い、論理で自分を正当化し、人に良く思われようと努力しています。 また、不確実な要素や外部の雑音に耐えることが苦手で、予期せぬ出来事が急に起きないように、あらゆる先のリスクまで考えてしまって、不安や心配が強くなって、どうしていいか分からなくなります。 自分では何も選択できず、他者から良いもの差し出されても拒んでしまい、自己中心的な世界をグルグル回るだけになります。 あとは、生活全般の困難が続くと、自分の身体の感覚や感情を感じられなくなり 、自分でいられる感覚も乏しくなって、自分で自分を満たせなくなるために、頭の中で自分は凄いという妄想に耽るか、対象に求める質が病的になります。 そのせいで、自分の感覚が乏しく、自分で自分を満たすことができないので、自分の見栄えを過剰に気にして、規則正しく振る舞い、素晴らしい自分を演じることで、人から良い反応を引き出し、自分を満たしてきました。 相手と比べて自分が凄いと思い込むことで、自己の病理的な部分が誇大化されます。 また、自己存在の希薄さを埋めるように、肉体を求めて、快楽主義的な欲望に耽るタイプもいます。 このような人は、自分のなりたいイメージと自分の実際の姿とのギャップが大きいのが特徴です。 自己愛の強い親は、わがままで、身勝手で、DVがあり、子どもに一番になれとか、強く育てようとします。 その反面、皆が利益ばかりを追求して、損得勘定が世間一般の価値観になってしまったので、法律に反していなければ何をしても良いとか、正しさよりも快楽や欲求を充足させることを優先する人がいます。 トラウマを負っている人は、学校教育や行事などの集団場面において、ルールや規則に縛られることを嫌で、脳や身体が再外傷化のサインとして受け取り、とても疲れやすく、不快感が出るため、無規範で自由を追い求めます。 一方、不確実な要素を嫌う一面があるため、論理的で、ルールや規則に従います。 また、生まれつき神経の働きが過敏な人は、身体を空っぽにするため、自分で何も感じられなくなり、対象を求める質が異質です。 これらの要素が複雑に絡み合いながら、トラウマという不条理な有り様のなかで育ち、内的には自己の分裂が存在していて、人と繋がり、穏やかに過ごせないなかで、自己の病理的な部分を理想化し、対象を求める質が極端になります。 自律神経系や覚醒度の調整不全ゆえに自己不全感のある本来の自分と、完璧な自分との間の不一致が大きく、相手への共感性や罪悪感よりも、自分の欲求が満たされるか、または将来において報酬が期待されるときのみ行動するようになり、自己愛性人格障害を形成していきます。 自己愛性人格障害の人は、利己的で他罰的で、自分の欠点を否定し、他者の意見を素直に受け入れられなくなり、他者と競争し、自分の目的のためなら他者を操作をしようとする自己中心的な行動を取ります。 例えば、虐待やネグレクトする親を持つことの絶望とか、性被害に遭うことで変えようのない体を持つとか、ギャンブルやアルコール依存にはまる親を持つどうしようもなさとか、いじめられていても戦うこともできない無力な自分とか、父親から暴力を振るわれる母親を見ている無力な自分とか、様々なことを負わされることで自分のことを愛せなくなります。 また、深く傷つけられた体験をした人が自分は汚らわしい存在とか、恥をかかされたのに怒ることが出来ず自分は無力であると自己規定してしまうと、良い自分(他者との関係で承認された良い部分)のほうが悪い部分(不承認される悪い部分)を批判したり、なんとか追い出そうとしたりするので、高められた自己像と低められた自己像の間で分裂が起きます。 この二つに分裂した自己像を統合することは難しく、ありのままの自分を愛することは出来なくなります。 別の言葉を使えば、痛ましいトラウマにより、尊厳が踏みにじられることで自己を構成する各部分がスペクトルの両極に分裂してしまい、一瞬にしてありのままの自分(等身大の自己)を失ってしまいます。 一部、例を挙げると、万能感か無力感、善か罪悪か、純潔さか不潔か、優越感か劣等感、理性か本能か、亢進した部分か退行した部分か、サディズムかマゾヒズムかに引き裂かれることにより、極端に違う自分が同時に存在する状態になり、その間を行ったり来たりすることで自己イメージは混乱して、極端な行動をとるようになります。 一方で、発達早期のトラウマの場合、ありのままの自分は、現実ではあまりに小さくて無力なため、生き残れなかったと言える場合もあります。 例えば、大人から侮辱され、恥をかかされ、理不尽な目に合わされてきた子どもは、酷く傷つき、弱くて小さい存在です。 しかし、弱くて小さいありのままの自分では生きては行けないので、生き残るための一つの方法として、強くなって、冷酷になって、加害者の大人側に回ることがあります。 また、大きいふりしたり、明るいふりしたり、まともな人間のふりをしたりと自分の本当の感情を見せないで、無意識のうちに強く明るく元気があるように振る舞ってる人がいます。 さらに、狼のようになって周囲を過剰に警戒したり、攻撃したりして生きている人います。 その他にも、困難な日常生活を切り離しながら、夢の中で生きている人もいます。 こうした子ども時代の親子間、学校社会のトラウマにより、子どもは自己を極端に分裂させてしまうため、将来の人格形成に大きな影響を与えてしまいます。 自己愛性パーソナリティ障害の人は、養育者からのネグレクトや虐待、過干渉など受けて、子どもの頃から不条理な環境で育ち、とても臆病で傷つきやすいために、表面を取り繕い、傲慢な態度で周囲を圧倒し、尊大に振る舞おうとする歪んだ自己愛の世界で生きていくようになります。 子どもは、母親(養育者)との関わりのなかで、自分を意識し、自己概念を発達させます。 つまり、子どもは、どんな時でも母親(養育者)を必要としており、自分が自分であるというのは母親があって成り立ちます。 そして、子どもは母親の眼差しを見て自分のことを価値があるように思います。 母親から愛情をたっぷり貰うことで、自己のまとまりはしっかりしていき、こころは豊かになって、心響き合う人間関係の土台が作られます。 しかし、母親の不在やネグレクトなどの虐待、過干渉のもとで育った人は、自分が素晴らしい存在であるということを確信できずに、自己愛が歪んだ形であらわれて、こころや身体は病的になります。 例えば、 母親に依存しようとしても、絶望の気分にさせられる場合は、感情の揺れ動きに疲れ切り、気分が落ち込んでいくなかで、自分は完全無欠の高みを目指していく光の側面と同時に、毛むくじゃらの野獣の暗黒面を理想化していくことがあります。 また、母親から愛情を一つも貰えなかった子どもは、自分の心を落ち着かせて支えてくれる体験が不足しています。 そして、母親に見捨てられるかもという恐怖があり、必死にしがみついて、良い子を演じるか、母親の愛情を勝ち取るために、誰よりも努力して、力や支配性を理想化していくことがあります。 さらに、母親の嫌なところを見てきて子どもは、そういう側面が嫌になり、自分はピュアで真っ白でいたいと思って、汚れた部分を嫌います。 また、生まれ持った資質の弱さや不幸な生い立ちの子どもは、自分の恥じている部分がバレないようするために、人の目を気にするようになり、万能な自分を見せていたら、いつの間にか、自分の弱さを見せれなくなり、生きにくくなります。 あとは、過酷な環境のなかで生き抜くために、恐怖や怒り、怯え、痛みなどが麻痺していくようになると、自分の感覚も人の気持ちも分からずに育ちます。 その一方で、ある時、大人から愛情を貰うとか、クラスメイトの子よりも勝っているという優越感に浸る体験をするとか、周りの子から羨ましがられることがあると、今まで欲しかったものが手に入り、その快感に取り憑かれるようになります。 その後も、そのときの快感が忘れられず、自分の中に強く残ってしまうので、人と比較するようになり、人に認められるための行動を取るようになって、すごい自分に見せるために、対人関係の取り方が極端になっていきます。 そして、人に認められるために、良い人を演じて、ひたすら理想を追い求めるようになりますが、身体の中のトラウマがハンディになり、自分の思うような人生が歩めません。 母親の世話(肌を包んで安心させてもらうぬくもり)が過度に不足し、虐待やDVを受けて育った子どもは、両親の顔色を伺いながら、気持ちを先取りして、期待に添えようと、規律を守り、行動の順序を考えて、良い子として頑張ります。 しかし、普段の頑張りを誉めてもらない場合には、ガラガラと崩れ落ちる絶望感のなかにいて、親の不適切な養育に怯えながら、落ち着いて身体を休めることができません。 次第に、生活全般の困難に圧倒されて、自分が自分でいられる感覚が麻痺していくなかで、太古的な情動や攻撃性に身体が蝕まれ、焦りや不安、緊張からイライラしやすくなります。 過覚醒が慢性的に活性化することで、過剰なエネルギーが流れ込んで、身体や感情を司る自律神経系の調整不全が起きます。 そして、子どもは、幼いうちから自己調整機能や覚醒度のコントロールの不全感を埋めるように、思考や行為を強迫的に反復し、細部にこだわり、自己の完全性を維持しようとして、自己中心的な性格に変形していきます。 その結果、自己不全感のある本来の自分と完璧な自分との間の不一致が大きくなります。 危険な状況や嫌悪感が強い状況が続くと、警戒心が過剰になり、身体は過緊張状態から、全身が闘争・逃走の過覚醒にすっかり染まっていきます。 そして、外の世界に注意が向き、神経が過敏に反応して、急な出来事や予測できない事態を恐れるようになり、危険があるかどうかを細かいところまで探り、あらゆる先のリスクまで考えるようになります。 その一方、物事を解決しないと不安や動揺が強くなり、焦燥感が出て、じっとしていられなくなるため、物事を白黒はっきりさせて、その場の最適な方法で行動を取り、問題解決したくなります。 しかし、物事が解決しないと、胸がザワザワ、イライラ、落ち着かず、気が狂いそうになります。 嫌なことに対して、身体が不快な反応をするために、興味のある刺激を好んで、好奇心が人一倍強くなり、現実が辛い場合には、頭の中の万能的な空想の世界に退却し、自分の状態を安定させます。 さらに、危険から自分の身を守るためとか、恥をかかないようにするために、人に良く思われることが習慣化していって、周囲の反応や評価を気にしています。 発達早期のトラウマというのは、一瞬にしてその人の力を奪い取り、バラバラにするために、感覚情報が視床と皮質で統合されずに断片化されてしまって、意識や認識過程の領域を狭める結果になり、こころの成長を止めてしまうことがあります。 また、トラウマの影響で、合理的な脳の働きが弱まり、無意識の本能的衝動や生理的欲求 との境界が開放されていくと、自我意識(自分の感情や欲求を抑えて、欲求の充足を先に延ばし、長期的な目標に従う)よりも、衝動のままに行動して目先の欲求を満たそうとする快楽原則に支配されます。 大人になると、消費するために毎日働き、快楽を満たすことが生きる意味で、欲求を満たしたいという欲望のまま、自己中心的で浅ましい人間になるかもしれません。 次に、生活全般の困難さが増して、恐怖や怒り、苦痛、恥辱に圧倒されていくと、身体が固まり凍りつき、心はその痛みを感じないようにトリックをかけて、私は人間であるという体験(自己感覚・身体感覚)が麻痺していきます。 自分が自分でいられなくなることで、自己、身体、感情、時間感覚が分からなくなり、他者の視点に立つよりも自分の感覚を取り戻そうとして、強迫的にある特定の対象や行為、過程を求めようとします。 また、自分で自分を満たすことができなくなると、自分を満たすために他者を自分の一部のように見たり、他者を巻き込んでいくようになります。 さらに、自己感覚が麻痺すると、自分のことがよく分からなくなり、自他の区別がつきにくく、当然他者の気持ちも理解できなくなって、世間一般の常識と自分の認識のズレが生じます。 発達早期に無力化されるようなトラウマを受けた人は、その戦慄や恐怖により、動けなくなり、自分が自分でいられなくなって、もともとの自己の部分は、心の奥に隠れてしまうことがあります。 そして、二度とこのような破局体験(カタストロフ)が起きないようにと用心深くなりながらも、完璧な対象を理想化し、その対象に自分の存在感をアピールして、人に承認されたいと努力します。 また、自己の崩壊を防ぐためには、人はなんでもしようとして、他者を不当に利用したり、よく思われようと努力したり、家に引きこもりになったりして自分を守ろうとします。 身体の神経は、交感神経と背側迷走神経が過剰で、負荷がかかり、思考で埋め尽くされ、閾値を超えると、体調を崩してしまうために、自分の好き嫌いをはっきりさせて、自分のしたいようにすることで自分の身体を楽にさせます。 自己愛性パーソナリティ障害の人は、自分のやりたいようにやっているときが人間らしい呼吸ができる唯一の時になりますが、やりたいようにやっていると周りとうまくいかなくなるので、相手に合わせることもできます。 しかし、相手が自分の価値観と違っていると、それに合わせる意味が感じられないので、関係は続きません。 以上のことが折り重なり合い、外の世界に注意が向き、視覚や聴覚、身体感覚などの過敏さと鈍麻の間を行き来していて、人の何倍も傷つきやすいメンタルを持っています。 痛みや傷つくことが怖くて、実際の自分よりも、凄い自分を誇張して、自分の弱さを見せれません。 急な出来事や予測できない事態が起きると、すぐに身体が反応してしまうことが不快で、それを処理できない自分を恥じて、そのような出来事が起きないように注意を張り巡らし、身体の感覚を麻痺させるようになります。 他方、興奮する場面では、周りが見えなくなるほど熱くなって自己中心性が増します。 そして、親の機嫌の悪さを察知して、怖がりで過剰に同調的な良い子の部分と、親に注目されようと、明るく元気に振る舞ったり、おどけて悪ふざけが過ぎたりする部分と、危険を感じて覚醒し、自分の技能を高めるために、スリルを楽しんだり、周りが見えなくなるほど自己中心的に振る舞ったりする部分など、極端な行動をとる自己を持つようになります。 人間は生理的欲求が欠乏していくと、その充足を求めて行動しますが、病的な自己愛の人は、尊厳が踏みにじられたり、安全・安心が脅かされたりしてきたために、全身が縮まっていて、容易に神経系の働きが闘争・逃走反応の状態に切り替わります。 トラウマがある人は、ストレスホルモンのレベルが瞬時に上がりやすく、交感神経の働きが、覚醒度の耐性領域を超えてしまうと、身体(本能、情動)と心(理性)との間で生理的混乱が生じます。 そして、強いストレスに曝される環境では、交感神経の働きが活発で、身体は縮まり、胸は圧迫されて、呼吸はしづらく、心臓に負担がかかるので、無意識のうちに発散を求めるようになり、自分より弱い立場のものに怒りが向けられます。 また、その混乱を制御しようとすればするほど、多くのエネルギーが必要になり、自制しようとするパワーも切れて、体調が悪くなるか、シャットダウンします。 さらに、常に気が張って、神経が尖り、心身の機能が過酷になると、他者の感情を読み取って、受け取ることが難しくなり、社会の人々との繋がりが遮断されます。 親の愛情を貰えなかった子どもは 、ケアの不足により生じた悲しみや、空虚感を埋めるために、何かに夢中になります。 物心ついた頃から、女の子の場合は、スピリチュアルな空想へ耽溺し、お人形遊び、絵を描くなど女性性と同一化します。 男の子の場合は、力のある誇大感を欲して、戦隊モノやヒーロー像、武器など男性性と同一化しますが、男女共に現実の親子関係よりも空想した人物を同一化のモデルにして、自分の思い通りにいくものを思い描き、気持ちをすっきりさせます。 そして、男の子の場合は、男性性の誇大感を高めるため、力、成功、論理的思考、決断力を身につけ、周りから認められたいと頑張ります。 父親から暴力を振るわれる母親の姿を見たりとか、精神的に未熟で、自分の情緒を安定させるために「良い子」でいるようにコントロールされた子どもは、親子の境界性(バウンダリー)が恐怖により、侵害されていて、ありのままの等身大の自己が育っていません。 このような子どもは、不安や緊張、警戒から他者の顔色を伺い、他者の影響を強く受けていて、自他の区別がつきにくい状態にあります。 そして、無意識のうちに親の支配下に置かれていて、親の不安や強迫観念、損得勘定を受け継いでおり、幼児的万能感や妄想の体系を維持するために、他者を不当に利用して自分が有利になる構造を作り出し、自覚なしに境界性を侵害します。 また、生活全般が困難になればなるほど、私は人間であるという自己感覚・身体感覚が麻痺していって、相手に侵入される恐怖を感じながら、相手の境界性に侵入していくようになります。 自分を守るべく身体感覚が麻痺して、剥き出しの状態になれば、人に悪意を向けられる度に、身体がビクッと反応して、その恐怖に耐えれなくなるので、人との境界線を高く設定することで自分を守ります。 その他にも、本音や本当の感情を見せずに、良い子の仮面を被って努力している場合は、親から高い達成レベルを求められると、その理想に届きようがないため、子どもは無意識のうちに空想の中で自分はもっとできるんだと思い込むことがあります。 その一方で、大人から酷い目に合わされてきた子どもは、「どうして私だけが…」と被害感情の方が強くなりすぎて、他者の精神状態を思いやる余裕が無くなります。 そして、「自分はダメな人間だ」という劣等感から、落ち込んでしまった状態を回復させるときに、今までの分を死に物狂いで取り戻そうとして、躁的な状態になり、自分が得しようして、様々な誘惑に負けやすくなり、本能のままに間違った方向に進むことがあります。 最後に 、社会学的な見方で言えば、利益ばかりを追求する格差社会のなかで不条理な立場にいる子どもは、他人と同じことをしたくても出来ないので、辛さ、不満、悲しさ、悔しさ、やり切れなさ、それが怒りになって、自己中心的で浅ましい人間になりがちです。 また、発達学的な見方で言えば、自己愛性パーソナリティ障害と見える人の中には、生得的な発達障害(軽度の自閉傾向、他者の表情を読み取るのが苦手、抽象的な言葉や比喩を理解できない、感覚過敏、こだわり、視覚優位、体質の弱さ、自他の区別があいまい、二つのことが同時に出来ない、恥の体験をうまく処理できないなど)を基盤に持っており、能力のアンバランスさが大きかったり、生まれつきの怖がりや劣っているという劣等性を持っていたりします。 トラウマケア専門こころのえ相談室 論考 井上陽平.

次の