浅草 線 路線 図。 京成電鉄の路線図と料金表、スカイライナーの予約と所要時間

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概要 [ ] を南部から中央部・墨東地域にかけて走る。 でと、押上駅でと接続し、本路線を含めた鉄道5事業者(・東京都交通局・・・)による相互が行われており、千葉県北西部の・・の各方面から神奈川県・・に渡る広域鉄道網を形成している。 都営地下鉄の路線では唯一、2社以上の私鉄と相互直通運転をしている。 詳細は「」の節を参照。 直通先の京急線・京成線がそれぞれ(羽田空港)、(成田空港)へのアクセスを担っているため、浅草線自体もとしての役割を有し、とを結ぶ列車も設定されている。 また、2010年7月17日に開業した経由のアクセスルートである(成田空港線)との直通運転も行っており、都心部から成田空港へのアクセス路線としての役割は強さを増している。 路線はおおむねJR・JR・・JRといった既設の旅客流入路線のバイパスとなる線形をとっている。 収支状況は平成27年度決算で純損益約107億円の黒字 である。 路線データ [ ]• 路線距離():18. 3 km(全線地下)• :1435 mm()• 駅数:20駅(起終点駅含む)• 複線区間:全線• 電化区間:全線(直流1500 V )• :自動閉塞式• 保安装置:• 現在、日本の地下鉄で唯一、非の保安装置を採用。 方式: IR 方式• (2013年4月時点)• 北行 30. エアポート快特(押上 - 泉岳寺)35. 所要時分(2013年4月時点)• 北行 35分35秒・南行 35分20秒• エアポート快特(押上 - 泉岳寺 11. 4km)19分20秒• : 本路線の建設費用は822億5,569万円である。 主な内訳は線路費が553億4,195万円、用地買収・権利設定費用が92億4,443万円、総係費・建設利息が82億4,475万円、車両費が33億3,457万円(以下、省略)となっている。 沿革 [ ] 戦前より地下鉄への参入を希望してきた東京都にとって、浅草線は初の地下鉄路線であり、その建設は多くの流転を経て実現した。 東京都心部の銀座・新橋地区を経由して(当時は京成電気軌道)の押上と(京急、当時は京浜電気鉄道)の品川を高速鉄道で結ぶ構想はかねてからあり、明治のを経てに「」として示された7路線の中にも1号線(品川八ッ山 - 新橋 - 築地 - 両国西側 - 雷門 - 押上)として記載されていた。 その後、等を経てその構想は変化し、による空襲被害を受けた後のにはにより「」において、武蔵小山 - 五反田 - 田町 - 虎ノ門 - 銀座 - 浅草橋 - 上野 - 本郷三丁目 - 巣鴨 - 板橋一丁目の「1号線」が示されていた が、急速な復興と将来の経済成長を見越した新たな高速鉄道(地下鉄)計画として策定されたのでは再び馬込 - 五反田 -泉岳寺 - 押上間が1号線として指定された。 この際、(当時の営団地下鉄、現・〈東京メトロ〉)だけでは建設が追い付かないという東京都の主張が容れられ、1号線は東京都によって建設されることになった。 また、その際には高輪(泉岳寺)から南の馬込へ伸びる区間も東京都が建設することになった。 同区間は1962年の東京都都市計画地方審議会では「6号線」(その後の)に変更されたが、1964年には実情に合わせて浅草線の延長区間に戻された。 一方、高輪(泉岳寺) - 品川間は京急がの延長として建設することになった。 開業順では3番目だが、1号線となったのは、側から時計回りでナンバリングされた際、上記ルートの西側が最も東京湾に近かったからである。 1956年10月に都の参入が正式に認められ、免許が交付されると、新造の地下鉄線はともに都心にターミナルのない京成と押上駅で、京急と品川駅での相互乗り入れを前提に建設が進められた。 当時は京成と京急で軌間が異なっていたが、京成が1372mmから改軌して都営と共に京急の1435mm軌間に3者が統一することとなった。 路線建設は京成側から進められ、に押上 - 浅草橋間が開業、順次路線が延長された。 当時同じく建設中であった営団と競い合うように工事が進められたが、浅草線は軟弱地盤に悩まされて工事が遅れ、地盤陥没による死亡事故まで発生した。 これらが重なり、10月10日開幕のまでに全線開通が間に合わなかった。 このため、東京都交通局は開幕に先立つ同年10月1日に新橋 - 大門間を単線で暫定開業させ(下記参照)、オリンピック開催期間中は建設工事を休止した。 この遅延は、6号線問題も絡んだとはいえ泉岳寺以南の路線計画が不安定なままという事情も影響していた。 のにおいて、 東京1号線は、「 品川及び西馬込の各方面より田町、新橋、浅草橋及び浅草の各方面を経て押上方面に至る路線」として示されている。 その後では、押上 - 青砥 - 高砂 - 大町附近 - 鎌ヶ谷市北部 - 千葉ニュータウン小室地区への延伸計画が示され、青砥 - 高砂間は京成線の複々線化を行うものとされた。 このうち西馬込 - 押上が都営浅草線、品川 - 泉岳寺が京急線、青砥 - 京成高砂が京成線の線増分、京成高砂以東がとして開業している。 なお当初計画では浅草駅は存在せず、浅草橋からを経由して押上に向かう予定であった(このほかにもいくつかのルート案があった)。 しかし利便性を考慮して駒形駅を北に移動し浅草駅を設けることとなり、さらに蔵前・本所吾妻橋の各駅が追加された。 駒形の駅用地は駒形変電所(地下変電所)として活用されている。 また、かつては西馬込から南進し、方面へ延伸する計画も存在しており、のにおいて「今後整備について検討すべき路線」として位置付けられていた。 しかし、のではこの計画は削除されている。 開業当初、他に都の経営する地下鉄は存在しておらず、単に 都営地下鉄線と呼ばれていたが、その後現三田線が開業すると、1968年の都市交通審議会答申第10号の路線名称を借用し 都営1号線、 都営6号線と称した。 その後、正式名称を公募することになり、新宿線の開業を年末に控えた7月1日より1号線は 浅草線、6号線は 三田線、10号線は 新宿線の名称が与えられた。 浅草線ホーム看板。 羽田空港と成田空港に通じる 東京の都市交通の中で国鉄 JR 山手線の東側を通るは交通量が多く、そのことは江戸橋(現日本橋) - 新橋間で同通りの地下を走行する1号線(浅草線)の建設と経営を東京都が行う重要な動機だった。 しかし、新宿をはじめとした山手線西側の副都心(新都心)開発は東京の重心を西側にずらし、そこから外れた浅草線の輸送人員数や混雑率は他の地下鉄路線と比較すると低くなったが、これは輸送力増強の余地にもなった。 に京成が、に京急が羽田空港駅(現)に乗り入れると、浅草線は両空港や東京都心部を結ぶ空港アクセス鉄道の機能を飛躍的に強め、一部駅の通過運転で速達性を重視した「エアポート快特」の運転も行われるようになった。 年表 [ ]• (30年):東京都が蔵前2丁目 - 押上間の敷設免許の申請ならびに馬込 - 蔵前2丁目間の営団地下鉄(現・東京地下鉄)が所有していた鉄道免許の譲受を申請。 (昭和31年)• :地下鉄1号線最初の建設工事を開始。 10月3日:前年の10月3日に申請した免許の取得と免許譲受が許可される(つまり、押上 - 馬込間の地方鉄道免許を取得)。 (昭和35年)• :電車が完成する。 :西馬込 - 馬込間の地方鉄道敷設免許を申請。 : 都営1号線として - 間 3. 2km 開業。 地下鉄と郊外の民鉄事業者による初の乗り入れとして京成電鉄と相互開始。 京成曳舟 - 荒川(現・八広)間の旧付近に向島検修場を開設。 (昭和37年)• : - 間の人形町駅付近で地盤陥没事故、死者1名。 これにより同区間の開業を延期。 :浅草橋 - 東日本橋間 0. 6km 開業(地盤陥没事故の影響で、での暫定開業)。 :東日本橋 - 人形町間 0. 7km 開業、浅草橋 - 東日本橋間化。 同日、浅草橋駅の線路配線を一部変更(を旧北行線に移設、旧を新北行線に変更)。 (昭和38年)• :人形町 - 間 2. 4km 開業。 東銀座駅には折り返し設備がないため、列車の折り返しは同駅から0. 9km先の汐留信号所(初代)で行った。 を開設。 :汐留信号所(初代)を駅に格上げしてとし、東銀座 - 新橋間 0. 9km 開業。 (昭和39年)• :西馬込 - 馬込間の地方鉄道敷設免許を取得。 :新橋 - 間 1. 1km 開業(単線運転。 このため約半数の列車は新橋駅折り返し)。 (昭和43年)• :新橋 - 大門間複線化。 京急車の浅草線内営業運転を開始。 :大門 - 泉岳寺間 2. 6km 開業。 京浜急行電鉄と相互直通運転開始。 :泉岳寺 - 西馬込間 6. 9km 開業。 全線開通。 ・車両工場が完成し、向島・高砂検修場を廃止。 (昭和45年)• 7月:を導入(導入当時は朱色 であった)。 それまでは赤色が使われていたが、(当時の)営団との協議により赤色はに譲渡された。 京急の夏季休日ダイヤの関係で一部列車が臨時増結し、東京の地下鉄で初めて8連で乗り入れる。 (昭和48年):労働争議により、浅草線の大晦日 - 元日のを中止する。 (昭和51年)• 2月28日:電車を導入(導入当時は5000形の一部であった)。 :全列車が6両編成となる。 (昭和53年)• 6月21日:において京急線からの直通列車で8両編成の運転を開始する(朝夕各6往復)。 :都営1号線から 都営浅草線に改称。 (昭和61年)12月31日:浅草線を含む都営地下鉄で大晦日 - 元日の終夜運転を再開。 (昭和62年):乗り入れ車両の冷房の使用が開始される。 (昭和63年):京急からの直通列車がすべて8両編成となる。 (元年):江戸橋駅をに改称。 (平成3年):北総開発鉄道(現・北総鉄道)と相互直通運転開始。 営業運転開始。 (平成5年):京急が羽田駅(現)まで暫定開業したことに伴い、羽田駅への直通列車が運行開始。 この時、京急空港線は6両編成までしか対応していなかったため6両編成による京急直通列車が復活した。 (平成6年):全線でを受信できるサービスを導入。 1994年(平成6年):京急空港線の8両編成対応工事完了に伴い、同線直通列車が8両編成となる。 (平成7年):5000形電車の営業運転終了。 (平成10年):京急空港線全線開業に伴い、地下鉄初のとなる・エアポート特急(現在は廃止)運転開始。 (平成12年):正式名称を都営浅草線から 浅草線に改称。 (平成14年):芝山鉄道と相互直通運転開始。 (平成16年)6月:完成。 馬込工場を廃止。 (平成18年)• 4月1日:大門 - 新橋間に大江戸線との連絡線である「汐留連絡線」が開通。 5200形のさよなら運転(2006年11月3日 北総線千葉ニュータウン中央駅)• :5200形電車の営業運転終了。 西馬込 - 間でを実施。 (平成19年)• :C-ATSの一部機能を使用開始。 :未明に泉岳寺駅構内の送電ケーブルから火災が発生し、その後三田駅で発生した車両故障(京急車両)が重なり、始発から15時40分頃まで全線不通になる。 運行再開後も京急線との直通運転を終日中止。 翌9日、が交通局に文書で警告する事態となる。 (平成22年):北総線経由で成田空港を結ぶ(成田スカイアクセス)開業に伴い、同線との直通運転を開始。 ダイヤ改正を実施し、運行種別に「」が追加。 (平成23年)• :C-ATSを全線にて使用開始。 :()が発生したため、京成線・京急線・北総鉄道北総線・芝山鉄道線との相互直通運転が休止される。 :東北地方太平洋沖地震による発電所の停止に伴うのため、がを実施。 これに伴い、京成線・京急線・北総鉄道北総線・芝山鉄道線との相互直通運転が休止された。 いずれも3月中に再開。 (平成24年):ダイヤ改正を実施し、エアポート快特の種別を橙色に変更。 (平成26年):ダイヤ改正を実施し、6両編成の運転を廃止。 全列車が8両編成となる。 ただし、土休日深夜に京急線の浦賀始発泉岳寺行きとその折り返しとして普通京急川崎行き終電が設定されているため泉岳寺駅に限っては6両編成も見ることができる。 (平成29年)4月1日:で改札通過サービスが開始される。 (平成30年)• 3月17日:人形町駅とが乗換駅に指定される。 :電車が営業運転開始。 最初の開業について [ ] 押上 - 浅草橋間の開業は(昭和35年)に予定され、開通式はその前日となるに実施した。 しかし、全体の施設完成後の同年11月に東京陸運局に運輸開始認可の申請を行い、より5日間にわたり(現・)による運輸開始検査を行った際に、駅施設の内装の不備、駅務員の教育不足などいくつかの指摘事項を受けた。 このため、12月1日の開業時に運輸開始認可が下りず、旅客営業ができなくなるという事態が発生した。 その後、は指示された期限内に完成させること、業務指導を徹底することを確約し、再確認を受けたの午後になり、運輸開始認可を受けた。 このため、当日も始発からの運転開始が、押上駅14時35分発からの運行となり、多くの混乱が生じた。 運行概況 [ ] 以下の鉄道路線との乗り入れが存在し、相互直通運転の多様性が特色として挙げられる。 大部分の列車が他社線と直通しているため、終点駅である折り返しの列車は少なく、特に押上駅方では早朝・深夜を除きほとんどの列車がに直通する。 大幅なダイヤ乱れが生じた場合でも、押上駅での折り返し運転は原則としてされない。 列車は最大で4事業者にまたがって運転される。 これはにおける改札内乗継回数の上限と重なるが、乗り入れ先のうち芝山鉄道線内ではPASMOが使用できない。 :・・(成田スカイアクセス)・• : 経由• :・・(押上・青砥方面行のみ)・ 乗り入れ先を含めた運用距離の累計は225. 0 kmで、これは・系統の有料列車・臨時列車を含めた運用距離187. 7 kmを上回り、東京の地下鉄では最長である。 現行ダイヤでは (京成本線経由)- (京急久里浜線)間を結ぶ列車が当線を経由する最長距離の列車 141. 8 km であり、東京の地下鉄としてはの() - ()間 100. 3 km 、有料列車では、土曜・休日運転の副都心線経由の「」() - ()間 113. 8 km をしのぐ最も長い直通距離である。 なお該当列車は全て京急の車両で運転される。 泉岳寺から南方向は京急線直通旅客の便を図り、品川・・方面への列車を多く運転している。 支線的位置付けの西馬込駅 - 泉岳寺駅間については区間運転列車も多く設定されており、日中はこの区間の列車の3分の2にも及ぶ。 それとは逆に押上駅 - 西馬込駅間の線内運転のみを行う列車は平日朝の4往復と土休日夜の押上発普通西馬込行き1本のみとなっている。 が案内上多数存在するのが大きな特徴である。 浅草線内で通過運転するのは エアポート快特のみであり、その他の列車は浅草線内は各駅に停車するが、直通先の種別で案内されている。 エアポート快特を除き、南行は押上駅で、北行は品川駅で表示を変更した上で乗り入れ先での種別を表示(京急線内でとなる列車は「急行」と表示・案内し、泉岳寺駅でエアポート急行表示に変わる)し、線内で終点になる列車と京急線品川行きの列車は「普通」を表示する(放送などの案内では「各駅停車」を用いることもある)。 京急線品川駅や押上駅で種別を変えて直通する列車もある。 なお、エアポート快特は南北両方向とも押上駅で乗り入れ先の種別に表示を変更する。 運行される種別は多いが、エアポート快特が通過駅を持つ他は、浅草線内では各駅に停車する。 浅草線と直通または接続し、泉岳寺駅から京急線内を「普通」で運行する京急線下り方面の列車は、平日に2往復、土曜・休日に2. 5往復のみである。 京急線内の普通停車駅のホーム有効長 の関係上、浅草線直通列車は・などには停車できないため、該当する列車はすべて品川駅発着である。 なお、時刻表ではエアポート快特以外は「普通」扱いである。 また、快特については京急が「」、京成は「」を正式名称としており、都営側では直通先に準じて案内している。 ダイヤ [ ] 乗り入れ先である京急本線・北総線が20分サイクル、京成本線・押上線が40分サイクルののため、浅草線でも40分サイクルのパターンダイヤが組まれている。 泉岳寺駅 - 押上駅間は運転密度が高く、平均5分間隔で運転される。 は泉岳寺駅および押上駅で先着列車の待避を受ける。 昼間時間帯の運転パターン(京成押上線含む)。 京成線・北総線内アクセス特急• 一部、発着• 京成線内快速特急• 京急線内快特(停車)• 一部、発着• 京急線内快特 日中時の全体では、1時間に西馬込駅 - 泉岳寺駅間が9本、泉岳寺駅 - 押上駅間が12本(このうち3本はエアポート快特)の運転となる。 日中は泉岳寺駅で接続が図られ、西馬込駅発着の列車と京急線内発着の列車との乗り換えがしやすくなっている。 開催日は付近にある第一京浜のを選手が通過するため、毎年にはが組まれ、一部の羽田空港行きが行きに変更されていた。 2012年10月21日に高架化工事が完成したため、2013年開催分からは臨時ダイヤそのものが廃止された。 エアポート快特 [ ] 詳細は「」を参照 優等列車として、エアポート快特が運行されている(別料金不要)。 停車駅は駅一覧表を参照。 新設当時は・の両空港を結ぶ列車との位置付けであったが、車両運用の都合上昼間時および朝ラッシュ前の南行と夕方ラッシュ終了後の北行のみが運行されていた。 また、浅草線内でエアポート快特と同じ駅に停車し(ただし大門駅は通過)、青砥駅または京成高砂駅が始発・終着駅となる「エアポート特急」も運行されていたが、の京急の白紙ダイヤ改正で「エアポート快特」に統合された。 その後のダイヤ改正で日中の列車が発着となるなど、空港間連絡列車の意味合いは薄れていたが、2010年7月17日に成田スカイアクセス線が開業し、この日のダイヤ改正で京成佐倉駅発着のエアポート快特を同線経由(京成線内アクセス特急)の成田空港駅発着に変更したため、再び空港間連絡列車として運行されるようになった。 将来、浅草線内の当該列車運行部分の駅に追い越し設備を設け、羽田・成田両空港間を1時間程度で結ぶ構想がで検討されている(の節も参照)。 2012年10月21日からの5300形の側面エアポート快特表示 車両 [ ] 4社と相互直通運転を行っているため、現在で最大15形式の車両が運行されている。 制御電動車を先頭車に配していないのはへの乗り入れができないため、浅草線では発着の運用に使われる。 または浅草線へは通常は入らないが、までは入線できるため、泉岳寺駅に限り2019年現在で最大16形式の車両を見ることができる。 どの列車がどの車両で運用されるかは列車番号の末尾アルファベットで区別されており、「 T」が都交通局車両、「 K」が京成車両、「 N」が北総車両および千葉ニュータウン鉄道車両、「 H」が京急車両となっている。 列車番号については『MY LINE 東京時刻表』()にも掲載されている。 また、乗り入れ先の車両がそれぞれの自社線に直通しない(京成車による西馬込-泉岳寺折り返し、北総車による泉岳寺・青砥・京成高砂行き、京急車による西馬込行き)運用もある。 2014年11月8日のダイヤ改正前までは、平日の朝に京成電鉄の6両編成で運転される列車が西馬込 - 京成高砂間に1往復あったが、同改正後は全列車が各事業者の8両編成で運行されている。 東京都交通局の車両 [ ] 、を除いた京成と京急、に乗り入れている。 京急線の方面には平日は朝・夕夜のみ乗り入れるほか、土休日は終日羽田空港 - 逗子・葉山間の京急線内のみを往復する運用も存在する。 5300形の置き換えのため2017年度から導入されており、2018年6月30日に営業運転を開始した。 2021年度までに27編成を投入し、前述の5300形を全編成を代替する計画である。 当初は2017年度1編成・2018年度7編成の投入予定だったが、のちに2017年度19編成導入に前倒し変更されている。 大江戸線車両の馬込車両検修場までの牽引用。 千葉ニュータウン9100形 かつて乗り入れていた車両 [ ]• 京浜急行電鉄• (1968年 - 2008年)• (通常は乗り入れず、乗り入れ実績があるのは2011年、2019年の都営フェスタへの送り込み回送と2019年1月1日と2020年1月1日の初日号のみ)• 京成電鉄• (1988年 - 1991年)• (1960年 - 1991年)• (1960年 - 1993年)• (落成 - 1995年)• (落成 - 1998年)• (落成 - 2007年)• (落成 - 2008年)• (落成 - 2016年)• 北総鉄道• (1995年 - 2003年)• (1991年 - 1997年)• (1991年 - 2007年)• (2003年 - 2006年)• (2006年 - 2015年)• (1991年 - 2017年)• 最短で2分30秒間隔と高頻度で運行されており、(浅草 - 新橋間)、・(馬喰町 - 新橋間)、(新橋 - 五反田間)等、ほぼ全区間で他路線のバイパスとなるような線形をとっていることから、混雑率は都営地下鉄の路線で最も低い。 開業以降の輸送実績を下表に記す。 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。 駅番号は北行方向(西馬込から押上の方向)に増加。 全駅に所在。 すべて8両編成に対応したを持つ。 以外の種別はすべて全駅に停車する。 駅番号 駅名 駅間キロ 累計キロ 接続路線 所在地 京急直通運転区間 まで まで から(北行のみ) 本線から(北行のみ) A-01 - 0. 0 直通 A-02 1. 2 1. 2 A-03 0. 9 2. 1 : OM04 A-04 1. 1 3. 2 東急電鉄: (:IK03) A-05 1. 6 4. 8 : JY 23 東急電鉄: 池上線 IK01 A-06 0. 7 5. 5 A-07 1. 4 6. 1 8. 5 9. 0 10. 9 11. 4 | 東京地下鉄: H-10 地下通路で・・に連絡 A-12 0. 8 12. 2 | A-13 0. 8 13. 8 13. 8 | 東京地下鉄: H-14 、 (:Z-10) A-15 0. 7 14. 7 15. 2 | 東日本旅客鉄道: JB 20 A-17 0. 7 15. 9 | 都営地下鉄: 大江戸線 E-11 A-18 0. 9 16. 7 17. 5 | A-20 (前) 0. 8 18. 泉岳寺駅は他社接続ので、東京都交通局の管轄駅である。 1984年までの副駅名は「国技館前」。 蔵前駅での乗り換えには地上の道路を歩く必要がある。 かつての副駅名は「雷門前」。 押上駅は連絡通路で直結している。 押上駅は他社接続の共同使用駅で、京成電鉄の管轄駅である。 今後の動き [ ] 5月の「首都圏の空港アクセス緊急改善対策」および8月の「都市再生プロジェクト第二次決定」を受け、・東京都・中央区・鉄道事業者などが検討委員会を設置し、周辺の再開発とともに日本橋・東銀座間からへの支線建設が検討された。 この計画が実現した場合、東京駅から羽田・成田両空港への新たな直通アクセス路線となる。 特に成田空港へは2010年7月17日に開業した成田スカイアクセスと直通した場合、最短アクセス路線となる。 国土交通省は羽田・成田両空港間を乗り換えなしで結ぶ鉄道の整備を計画している。 に発表されたのは、浅草線の途中駅(宝町駅・三田駅周辺)に特急列車待避設備を新設することで両空港駅間を65分で結ぶ計画(予算はおよそ400億円)。 これに対し、同年にはバイパスとして並行する別線を新たに建設する案(およそ3000億円)も発表され、さらに10分の時間短縮が可能とされている (「」も参照)。 この案では東京駅付近へ駅の設置も検討するとされている。 同年10月、国土交通省はバイパス線建設を最有力候補にすることを発表した。 2016年2月5日より、一部の車両において無料()サービスが開始された。 については、浅草線では相互直通運転各社の乗り入れ車両数が多く、これまでの等を車両に搭載する方式でホームドアを整備するのは難しい。 そこで都交通局は、車両のドアに貼り付けられたを駅のカメラで読み取ることでホームドアを開閉連動させる技術をと共同開発した。 2017年11月24日より大門駅1番線ホームで実証実験を行った後、までに新橋駅、大門駅、三田駅、泉岳寺駅にホームドアを設置する予定。 以後、2023年度までに浅草線内の押上駅以外の全駅にホームドアを整備する予定。 押上駅については、京成電鉄と協議を進める。 2020年には開業60周年を迎え、それに伴い2018年にリニューアル・プロジェクトの基本構想を発表するとしている。 その他 [ ]• (地下鉄12号線)とはが1,435mmと同じであるため、(昭和61年)4月に同線用のが本路線の(当時)内で走行試験を行い、浅草線の後に - 間で本線走行試験を行ったことがある。 大江戸線の構内から新橋駅と大門駅の間(正式には新橋駅構内扱い)まで、同線の車両を馬込車両検修場へするためのがある。 ただし、リニアモーター式の同線の車両は連絡線および浅草線内を自走できないため、各線とも走行可能なによって牽引される。 車内の旅客案内表示器による乗り換え案内は当初京急車では行われていなかったが(との搭載車を除く)、2010年10月の開業に伴う改修を機に表示されるようになった。 また、同時に旅客案内表示器を搭載するすべての車両(のみ案内表示器交換後)においての表示もなされるようになった。 からまで、交通局・環境局はと協働でと公共交通とを連携させたモデル事業を実施していた。 浅草線の・・大門・・・・・・・の各駅近傍にカーシェアリングステーションを設置することで、環境負荷の低減を図っている。 以前は列車接近チャイムに、浅草線独自の3点チャイム(1991年以前)または4点チャイム(1991年の北総乗り入れ開始時より) が使われていたが、2002年より全駅で都営地下鉄標準の接近メロディに置き換えられた。 からにかけて使われていた浅草線の駅自動放送は、に発売された「浅草線を走る車両」付属のCDに収録された。 注釈 [ ]• 173• 「」では「 浅草線」と定められている。 東京都監査事務局 2016年10月5日• 岡本、1994、25-29p。 和久田、1987、94p。 詳しくは「」の項目を参照。 和久田、1987、95-96p。 : : p. 10(夕刊). 1968年6月20日• (東京朝刊/社会) 東京都: : p. 1994年10月14日• 東京都交通局 2011年2月23日• 東京都交通局 2017年3月13日. 2019年4月28日閲覧。 日本語 PDF プレスリリース , 東京地下鉄, 2018年2月15日 , の2019年4月27日時点におけるアーカイブ。 , 2020年3月7日閲覧。 jp 鉄道ニュース、2018年7月1日• 「 p. 「」東京都交通局 2016年12月6日• プレスリリース , 東京都交通局, p. 42 , 2019年5月28日閲覧。 鉄道ファン(交友社)railf. jp 2017年3月22日• 国土交通省. 3 2019年7月18日. 2019年8月15日閲覧。 - 東京都交通局• - 東京都交通局• 「都市交通年報」各年度版• - 東京急行電鉄、2017年3月6日閲覧。 東京都都市計画局 2003年5月29日 Internet Archive• および• 首都圏. 2016年2月4日17時10分. の2016年2月4日時点におけるアーカイブ。 2016年2月4日閲覧。 - 東京都交通局、2017年11月10日• 34、2019年3月13日閲覧。 「大江戸線放射部建設史」・「東京都交通局80年史」いずれも東京都交通局著を参照。 参考文献 [ ]• 東京都交通局「都営地下鉄建設史 - 1号線 - 」• 「MY LINE 東京時刻表」各号()• 『日本の地下鉄』(、1987)• 岡本堯生『東京の都市交通』(、1994)• 佐藤良介『京急1000形 半世紀のあゆみ』(、2011) 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。

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都営浅草線 泉岳寺駅で路線図を鑑賞する|井上マサキ|note

浅草 線 路線 図

概要 [ ] を南部から中央部・墨東地域にかけて走る。 でと、押上駅でと接続し、本路線を含めた鉄道5事業者(・東京都交通局・・・)による相互が行われており、千葉県北西部の・・の各方面から神奈川県・・に渡る広域鉄道網を形成している。 都営地下鉄の路線では唯一、2社以上の私鉄と相互直通運転をしている。 詳細は「」の節を参照。 直通先の京急線・京成線がそれぞれ(羽田空港)、(成田空港)へのアクセスを担っているため、浅草線自体もとしての役割を有し、とを結ぶ列車も設定されている。 また、2010年7月17日に開業した経由のアクセスルートである(成田空港線)との直通運転も行っており、都心部から成田空港へのアクセス路線としての役割は強さを増している。 路線はおおむねJR・JR・・JRといった既設の旅客流入路線のバイパスとなる線形をとっている。 収支状況は平成27年度決算で純損益約107億円の黒字 である。 路線データ [ ]• 路線距離():18. 3 km(全線地下)• :1435 mm()• 駅数:20駅(起終点駅含む)• 複線区間:全線• 電化区間:全線(直流1500 V )• :自動閉塞式• 保安装置:• 現在、日本の地下鉄で唯一、非の保安装置を採用。 方式: IR 方式• (2013年4月時点)• 北行 30. エアポート快特(押上 - 泉岳寺)35. 所要時分(2013年4月時点)• 北行 35分35秒・南行 35分20秒• エアポート快特(押上 - 泉岳寺 11. 4km)19分20秒• : 本路線の建設費用は822億5,569万円である。 主な内訳は線路費が553億4,195万円、用地買収・権利設定費用が92億4,443万円、総係費・建設利息が82億4,475万円、車両費が33億3,457万円(以下、省略)となっている。 沿革 [ ] 戦前より地下鉄への参入を希望してきた東京都にとって、浅草線は初の地下鉄路線であり、その建設は多くの流転を経て実現した。 東京都心部の銀座・新橋地区を経由して(当時は京成電気軌道)の押上と(京急、当時は京浜電気鉄道)の品川を高速鉄道で結ぶ構想はかねてからあり、明治のを経てに「」として示された7路線の中にも1号線(品川八ッ山 - 新橋 - 築地 - 両国西側 - 雷門 - 押上)として記載されていた。 その後、等を経てその構想は変化し、による空襲被害を受けた後のにはにより「」において、武蔵小山 - 五反田 - 田町 - 虎ノ門 - 銀座 - 浅草橋 - 上野 - 本郷三丁目 - 巣鴨 - 板橋一丁目の「1号線」が示されていた が、急速な復興と将来の経済成長を見越した新たな高速鉄道(地下鉄)計画として策定されたのでは再び馬込 - 五反田 -泉岳寺 - 押上間が1号線として指定された。 この際、(当時の営団地下鉄、現・〈東京メトロ〉)だけでは建設が追い付かないという東京都の主張が容れられ、1号線は東京都によって建設されることになった。 また、その際には高輪(泉岳寺)から南の馬込へ伸びる区間も東京都が建設することになった。 同区間は1962年の東京都都市計画地方審議会では「6号線」(その後の)に変更されたが、1964年には実情に合わせて浅草線の延長区間に戻された。 一方、高輪(泉岳寺) - 品川間は京急がの延長として建設することになった。 開業順では3番目だが、1号線となったのは、側から時計回りでナンバリングされた際、上記ルートの西側が最も東京湾に近かったからである。 1956年10月に都の参入が正式に認められ、免許が交付されると、新造の地下鉄線はともに都心にターミナルのない京成と押上駅で、京急と品川駅での相互乗り入れを前提に建設が進められた。 当時は京成と京急で軌間が異なっていたが、京成が1372mmから改軌して都営と共に京急の1435mm軌間に3者が統一することとなった。 路線建設は京成側から進められ、に押上 - 浅草橋間が開業、順次路線が延長された。 当時同じく建設中であった営団と競い合うように工事が進められたが、浅草線は軟弱地盤に悩まされて工事が遅れ、地盤陥没による死亡事故まで発生した。 これらが重なり、10月10日開幕のまでに全線開通が間に合わなかった。 このため、東京都交通局は開幕に先立つ同年10月1日に新橋 - 大門間を単線で暫定開業させ(下記参照)、オリンピック開催期間中は建設工事を休止した。 この遅延は、6号線問題も絡んだとはいえ泉岳寺以南の路線計画が不安定なままという事情も影響していた。 のにおいて、 東京1号線は、「 品川及び西馬込の各方面より田町、新橋、浅草橋及び浅草の各方面を経て押上方面に至る路線」として示されている。 その後では、押上 - 青砥 - 高砂 - 大町附近 - 鎌ヶ谷市北部 - 千葉ニュータウン小室地区への延伸計画が示され、青砥 - 高砂間は京成線の複々線化を行うものとされた。 このうち西馬込 - 押上が都営浅草線、品川 - 泉岳寺が京急線、青砥 - 京成高砂が京成線の線増分、京成高砂以東がとして開業している。 なお当初計画では浅草駅は存在せず、浅草橋からを経由して押上に向かう予定であった(このほかにもいくつかのルート案があった)。 しかし利便性を考慮して駒形駅を北に移動し浅草駅を設けることとなり、さらに蔵前・本所吾妻橋の各駅が追加された。 駒形の駅用地は駒形変電所(地下変電所)として活用されている。 また、かつては西馬込から南進し、方面へ延伸する計画も存在しており、のにおいて「今後整備について検討すべき路線」として位置付けられていた。 しかし、のではこの計画は削除されている。 開業当初、他に都の経営する地下鉄は存在しておらず、単に 都営地下鉄線と呼ばれていたが、その後現三田線が開業すると、1968年の都市交通審議会答申第10号の路線名称を借用し 都営1号線、 都営6号線と称した。 その後、正式名称を公募することになり、新宿線の開業を年末に控えた7月1日より1号線は 浅草線、6号線は 三田線、10号線は 新宿線の名称が与えられた。 浅草線ホーム看板。 羽田空港と成田空港に通じる 東京の都市交通の中で国鉄 JR 山手線の東側を通るは交通量が多く、そのことは江戸橋(現日本橋) - 新橋間で同通りの地下を走行する1号線(浅草線)の建設と経営を東京都が行う重要な動機だった。 しかし、新宿をはじめとした山手線西側の副都心(新都心)開発は東京の重心を西側にずらし、そこから外れた浅草線の輸送人員数や混雑率は他の地下鉄路線と比較すると低くなったが、これは輸送力増強の余地にもなった。 に京成が、に京急が羽田空港駅(現)に乗り入れると、浅草線は両空港や東京都心部を結ぶ空港アクセス鉄道の機能を飛躍的に強め、一部駅の通過運転で速達性を重視した「エアポート快特」の運転も行われるようになった。 年表 [ ]• (30年):東京都が蔵前2丁目 - 押上間の敷設免許の申請ならびに馬込 - 蔵前2丁目間の営団地下鉄(現・東京地下鉄)が所有していた鉄道免許の譲受を申請。 (昭和31年)• :地下鉄1号線最初の建設工事を開始。 10月3日:前年の10月3日に申請した免許の取得と免許譲受が許可される(つまり、押上 - 馬込間の地方鉄道免許を取得)。 (昭和35年)• :電車が完成する。 :西馬込 - 馬込間の地方鉄道敷設免許を申請。 : 都営1号線として - 間 3. 2km 開業。 地下鉄と郊外の民鉄事業者による初の乗り入れとして京成電鉄と相互開始。 京成曳舟 - 荒川(現・八広)間の旧付近に向島検修場を開設。 (昭和37年)• : - 間の人形町駅付近で地盤陥没事故、死者1名。 これにより同区間の開業を延期。 :浅草橋 - 東日本橋間 0. 6km 開業(地盤陥没事故の影響で、での暫定開業)。 :東日本橋 - 人形町間 0. 7km 開業、浅草橋 - 東日本橋間化。 同日、浅草橋駅の線路配線を一部変更(を旧北行線に移設、旧を新北行線に変更)。 (昭和38年)• :人形町 - 間 2. 4km 開業。 東銀座駅には折り返し設備がないため、列車の折り返しは同駅から0. 9km先の汐留信号所(初代)で行った。 を開設。 :汐留信号所(初代)を駅に格上げしてとし、東銀座 - 新橋間 0. 9km 開業。 (昭和39年)• :西馬込 - 馬込間の地方鉄道敷設免許を取得。 :新橋 - 間 1. 1km 開業(単線運転。 このため約半数の列車は新橋駅折り返し)。 (昭和43年)• :新橋 - 大門間複線化。 京急車の浅草線内営業運転を開始。 :大門 - 泉岳寺間 2. 6km 開業。 京浜急行電鉄と相互直通運転開始。 :泉岳寺 - 西馬込間 6. 9km 開業。 全線開通。 ・車両工場が完成し、向島・高砂検修場を廃止。 (昭和45年)• 7月:を導入(導入当時は朱色 であった)。 それまでは赤色が使われていたが、(当時の)営団との協議により赤色はに譲渡された。 京急の夏季休日ダイヤの関係で一部列車が臨時増結し、東京の地下鉄で初めて8連で乗り入れる。 (昭和48年):労働争議により、浅草線の大晦日 - 元日のを中止する。 (昭和51年)• 2月28日:電車を導入(導入当時は5000形の一部であった)。 :全列車が6両編成となる。 (昭和53年)• 6月21日:において京急線からの直通列車で8両編成の運転を開始する(朝夕各6往復)。 :都営1号線から 都営浅草線に改称。 (昭和61年)12月31日:浅草線を含む都営地下鉄で大晦日 - 元日の終夜運転を再開。 (昭和62年):乗り入れ車両の冷房の使用が開始される。 (昭和63年):京急からの直通列車がすべて8両編成となる。 (元年):江戸橋駅をに改称。 (平成3年):北総開発鉄道(現・北総鉄道)と相互直通運転開始。 営業運転開始。 (平成5年):京急が羽田駅(現)まで暫定開業したことに伴い、羽田駅への直通列車が運行開始。 この時、京急空港線は6両編成までしか対応していなかったため6両編成による京急直通列車が復活した。 (平成6年):全線でを受信できるサービスを導入。 1994年(平成6年):京急空港線の8両編成対応工事完了に伴い、同線直通列車が8両編成となる。 (平成7年):5000形電車の営業運転終了。 (平成10年):京急空港線全線開業に伴い、地下鉄初のとなる・エアポート特急(現在は廃止)運転開始。 (平成12年):正式名称を都営浅草線から 浅草線に改称。 (平成14年):芝山鉄道と相互直通運転開始。 (平成16年)6月:完成。 馬込工場を廃止。 (平成18年)• 4月1日:大門 - 新橋間に大江戸線との連絡線である「汐留連絡線」が開通。 5200形のさよなら運転(2006年11月3日 北総線千葉ニュータウン中央駅)• :5200形電車の営業運転終了。 西馬込 - 間でを実施。 (平成19年)• :C-ATSの一部機能を使用開始。 :未明に泉岳寺駅構内の送電ケーブルから火災が発生し、その後三田駅で発生した車両故障(京急車両)が重なり、始発から15時40分頃まで全線不通になる。 運行再開後も京急線との直通運転を終日中止。 翌9日、が交通局に文書で警告する事態となる。 (平成22年):北総線経由で成田空港を結ぶ(成田スカイアクセス)開業に伴い、同線との直通運転を開始。 ダイヤ改正を実施し、運行種別に「」が追加。 (平成23年)• :C-ATSを全線にて使用開始。 :()が発生したため、京成線・京急線・北総鉄道北総線・芝山鉄道線との相互直通運転が休止される。 :東北地方太平洋沖地震による発電所の停止に伴うのため、がを実施。 これに伴い、京成線・京急線・北総鉄道北総線・芝山鉄道線との相互直通運転が休止された。 いずれも3月中に再開。 (平成24年):ダイヤ改正を実施し、エアポート快特の種別を橙色に変更。 (平成26年):ダイヤ改正を実施し、6両編成の運転を廃止。 全列車が8両編成となる。 ただし、土休日深夜に京急線の浦賀始発泉岳寺行きとその折り返しとして普通京急川崎行き終電が設定されているため泉岳寺駅に限っては6両編成も見ることができる。 (平成29年)4月1日:で改札通過サービスが開始される。 (平成30年)• 3月17日:人形町駅とが乗換駅に指定される。 :電車が営業運転開始。 最初の開業について [ ] 押上 - 浅草橋間の開業は(昭和35年)に予定され、開通式はその前日となるに実施した。 しかし、全体の施設完成後の同年11月に東京陸運局に運輸開始認可の申請を行い、より5日間にわたり(現・)による運輸開始検査を行った際に、駅施設の内装の不備、駅務員の教育不足などいくつかの指摘事項を受けた。 このため、12月1日の開業時に運輸開始認可が下りず、旅客営業ができなくなるという事態が発生した。 その後、は指示された期限内に完成させること、業務指導を徹底することを確約し、再確認を受けたの午後になり、運輸開始認可を受けた。 このため、当日も始発からの運転開始が、押上駅14時35分発からの運行となり、多くの混乱が生じた。 運行概況 [ ] 以下の鉄道路線との乗り入れが存在し、相互直通運転の多様性が特色として挙げられる。 大部分の列車が他社線と直通しているため、終点駅である折り返しの列車は少なく、特に押上駅方では早朝・深夜を除きほとんどの列車がに直通する。 大幅なダイヤ乱れが生じた場合でも、押上駅での折り返し運転は原則としてされない。 列車は最大で4事業者にまたがって運転される。 これはにおける改札内乗継回数の上限と重なるが、乗り入れ先のうち芝山鉄道線内ではPASMOが使用できない。 :・・(成田スカイアクセス)・• : 経由• :・・(押上・青砥方面行のみ)・ 乗り入れ先を含めた運用距離の累計は225. 0 kmで、これは・系統の有料列車・臨時列車を含めた運用距離187. 7 kmを上回り、東京の地下鉄では最長である。 現行ダイヤでは (京成本線経由)- (京急久里浜線)間を結ぶ列車が当線を経由する最長距離の列車 141. 8 km であり、東京の地下鉄としてはの() - ()間 100. 3 km 、有料列車では、土曜・休日運転の副都心線経由の「」() - ()間 113. 8 km をしのぐ最も長い直通距離である。 なお該当列車は全て京急の車両で運転される。 泉岳寺から南方向は京急線直通旅客の便を図り、品川・・方面への列車を多く運転している。 支線的位置付けの西馬込駅 - 泉岳寺駅間については区間運転列車も多く設定されており、日中はこの区間の列車の3分の2にも及ぶ。 それとは逆に押上駅 - 西馬込駅間の線内運転のみを行う列車は平日朝の4往復と土休日夜の押上発普通西馬込行き1本のみとなっている。 が案内上多数存在するのが大きな特徴である。 浅草線内で通過運転するのは エアポート快特のみであり、その他の列車は浅草線内は各駅に停車するが、直通先の種別で案内されている。 エアポート快特を除き、南行は押上駅で、北行は品川駅で表示を変更した上で乗り入れ先での種別を表示(京急線内でとなる列車は「急行」と表示・案内し、泉岳寺駅でエアポート急行表示に変わる)し、線内で終点になる列車と京急線品川行きの列車は「普通」を表示する(放送などの案内では「各駅停車」を用いることもある)。 京急線品川駅や押上駅で種別を変えて直通する列車もある。 なお、エアポート快特は南北両方向とも押上駅で乗り入れ先の種別に表示を変更する。 運行される種別は多いが、エアポート快特が通過駅を持つ他は、浅草線内では各駅に停車する。 浅草線と直通または接続し、泉岳寺駅から京急線内を「普通」で運行する京急線下り方面の列車は、平日に2往復、土曜・休日に2. 5往復のみである。 京急線内の普通停車駅のホーム有効長 の関係上、浅草線直通列車は・などには停車できないため、該当する列車はすべて品川駅発着である。 なお、時刻表ではエアポート快特以外は「普通」扱いである。 また、快特については京急が「」、京成は「」を正式名称としており、都営側では直通先に準じて案内している。 ダイヤ [ ] 乗り入れ先である京急本線・北総線が20分サイクル、京成本線・押上線が40分サイクルののため、浅草線でも40分サイクルのパターンダイヤが組まれている。 泉岳寺駅 - 押上駅間は運転密度が高く、平均5分間隔で運転される。 は泉岳寺駅および押上駅で先着列車の待避を受ける。 昼間時間帯の運転パターン(京成押上線含む)。 京成線・北総線内アクセス特急• 一部、発着• 京成線内快速特急• 京急線内快特(停車)• 一部、発着• 京急線内快特 日中時の全体では、1時間に西馬込駅 - 泉岳寺駅間が9本、泉岳寺駅 - 押上駅間が12本(このうち3本はエアポート快特)の運転となる。 日中は泉岳寺駅で接続が図られ、西馬込駅発着の列車と京急線内発着の列車との乗り換えがしやすくなっている。 開催日は付近にある第一京浜のを選手が通過するため、毎年にはが組まれ、一部の羽田空港行きが行きに変更されていた。 2012年10月21日に高架化工事が完成したため、2013年開催分からは臨時ダイヤそのものが廃止された。 エアポート快特 [ ] 詳細は「」を参照 優等列車として、エアポート快特が運行されている(別料金不要)。 停車駅は駅一覧表を参照。 新設当時は・の両空港を結ぶ列車との位置付けであったが、車両運用の都合上昼間時および朝ラッシュ前の南行と夕方ラッシュ終了後の北行のみが運行されていた。 また、浅草線内でエアポート快特と同じ駅に停車し(ただし大門駅は通過)、青砥駅または京成高砂駅が始発・終着駅となる「エアポート特急」も運行されていたが、の京急の白紙ダイヤ改正で「エアポート快特」に統合された。 その後のダイヤ改正で日中の列車が発着となるなど、空港間連絡列車の意味合いは薄れていたが、2010年7月17日に成田スカイアクセス線が開業し、この日のダイヤ改正で京成佐倉駅発着のエアポート快特を同線経由(京成線内アクセス特急)の成田空港駅発着に変更したため、再び空港間連絡列車として運行されるようになった。 将来、浅草線内の当該列車運行部分の駅に追い越し設備を設け、羽田・成田両空港間を1時間程度で結ぶ構想がで検討されている(の節も参照)。 2012年10月21日からの5300形の側面エアポート快特表示 車両 [ ] 4社と相互直通運転を行っているため、現在で最大15形式の車両が運行されている。 制御電動車を先頭車に配していないのはへの乗り入れができないため、浅草線では発着の運用に使われる。 または浅草線へは通常は入らないが、までは入線できるため、泉岳寺駅に限り2019年現在で最大16形式の車両を見ることができる。 どの列車がどの車両で運用されるかは列車番号の末尾アルファベットで区別されており、「 T」が都交通局車両、「 K」が京成車両、「 N」が北総車両および千葉ニュータウン鉄道車両、「 H」が京急車両となっている。 列車番号については『MY LINE 東京時刻表』()にも掲載されている。 また、乗り入れ先の車両がそれぞれの自社線に直通しない(京成車による西馬込-泉岳寺折り返し、北総車による泉岳寺・青砥・京成高砂行き、京急車による西馬込行き)運用もある。 2014年11月8日のダイヤ改正前までは、平日の朝に京成電鉄の6両編成で運転される列車が西馬込 - 京成高砂間に1往復あったが、同改正後は全列車が各事業者の8両編成で運行されている。 東京都交通局の車両 [ ] 、を除いた京成と京急、に乗り入れている。 京急線の方面には平日は朝・夕夜のみ乗り入れるほか、土休日は終日羽田空港 - 逗子・葉山間の京急線内のみを往復する運用も存在する。 5300形の置き換えのため2017年度から導入されており、2018年6月30日に営業運転を開始した。 2021年度までに27編成を投入し、前述の5300形を全編成を代替する計画である。 当初は2017年度1編成・2018年度7編成の投入予定だったが、のちに2017年度19編成導入に前倒し変更されている。 大江戸線車両の馬込車両検修場までの牽引用。 千葉ニュータウン9100形 かつて乗り入れていた車両 [ ]• 京浜急行電鉄• (1968年 - 2008年)• (通常は乗り入れず、乗り入れ実績があるのは2011年、2019年の都営フェスタへの送り込み回送と2019年1月1日と2020年1月1日の初日号のみ)• 京成電鉄• (1988年 - 1991年)• (1960年 - 1991年)• (1960年 - 1993年)• (落成 - 1995年)• (落成 - 1998年)• (落成 - 2007年)• (落成 - 2008年)• (落成 - 2016年)• 北総鉄道• (1995年 - 2003年)• (1991年 - 1997年)• (1991年 - 2007年)• (2003年 - 2006年)• (2006年 - 2015年)• (1991年 - 2017年)• 最短で2分30秒間隔と高頻度で運行されており、(浅草 - 新橋間)、・(馬喰町 - 新橋間)、(新橋 - 五反田間)等、ほぼ全区間で他路線のバイパスとなるような線形をとっていることから、混雑率は都営地下鉄の路線で最も低い。 開業以降の輸送実績を下表に記す。 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。 駅番号は北行方向(西馬込から押上の方向)に増加。 全駅に所在。 すべて8両編成に対応したを持つ。 以外の種別はすべて全駅に停車する。 駅番号 駅名 駅間キロ 累計キロ 接続路線 所在地 京急直通運転区間 まで まで から(北行のみ) 本線から(北行のみ) A-01 - 0. 0 直通 A-02 1. 2 1. 2 A-03 0. 9 2. 1 : OM04 A-04 1. 1 3. 2 東急電鉄: (:IK03) A-05 1. 6 4. 8 : JY 23 東急電鉄: 池上線 IK01 A-06 0. 7 5. 5 A-07 1. 4 6. 1 8. 5 9. 0 10. 9 11. 4 | 東京地下鉄: H-10 地下通路で・・に連絡 A-12 0. 8 12. 2 | A-13 0. 8 13. 8 13. 8 | 東京地下鉄: H-14 、 (:Z-10) A-15 0. 7 14. 7 15. 2 | 東日本旅客鉄道: JB 20 A-17 0. 7 15. 9 | 都営地下鉄: 大江戸線 E-11 A-18 0. 9 16. 7 17. 5 | A-20 (前) 0. 8 18. 泉岳寺駅は他社接続ので、東京都交通局の管轄駅である。 1984年までの副駅名は「国技館前」。 蔵前駅での乗り換えには地上の道路を歩く必要がある。 かつての副駅名は「雷門前」。 押上駅は連絡通路で直結している。 押上駅は他社接続の共同使用駅で、京成電鉄の管轄駅である。 今後の動き [ ] 5月の「首都圏の空港アクセス緊急改善対策」および8月の「都市再生プロジェクト第二次決定」を受け、・東京都・中央区・鉄道事業者などが検討委員会を設置し、周辺の再開発とともに日本橋・東銀座間からへの支線建設が検討された。 この計画が実現した場合、東京駅から羽田・成田両空港への新たな直通アクセス路線となる。 特に成田空港へは2010年7月17日に開業した成田スカイアクセスと直通した場合、最短アクセス路線となる。 国土交通省は羽田・成田両空港間を乗り換えなしで結ぶ鉄道の整備を計画している。 に発表されたのは、浅草線の途中駅(宝町駅・三田駅周辺)に特急列車待避設備を新設することで両空港駅間を65分で結ぶ計画(予算はおよそ400億円)。 これに対し、同年にはバイパスとして並行する別線を新たに建設する案(およそ3000億円)も発表され、さらに10分の時間短縮が可能とされている (「」も参照)。 この案では東京駅付近へ駅の設置も検討するとされている。 同年10月、国土交通省はバイパス線建設を最有力候補にすることを発表した。 2016年2月5日より、一部の車両において無料()サービスが開始された。 については、浅草線では相互直通運転各社の乗り入れ車両数が多く、これまでの等を車両に搭載する方式でホームドアを整備するのは難しい。 そこで都交通局は、車両のドアに貼り付けられたを駅のカメラで読み取ることでホームドアを開閉連動させる技術をと共同開発した。 2017年11月24日より大門駅1番線ホームで実証実験を行った後、までに新橋駅、大門駅、三田駅、泉岳寺駅にホームドアを設置する予定。 以後、2023年度までに浅草線内の押上駅以外の全駅にホームドアを整備する予定。 押上駅については、京成電鉄と協議を進める。 2020年には開業60周年を迎え、それに伴い2018年にリニューアル・プロジェクトの基本構想を発表するとしている。 その他 [ ]• (地下鉄12号線)とはが1,435mmと同じであるため、(昭和61年)4月に同線用のが本路線の(当時)内で走行試験を行い、浅草線の後に - 間で本線走行試験を行ったことがある。 大江戸線の構内から新橋駅と大門駅の間(正式には新橋駅構内扱い)まで、同線の車両を馬込車両検修場へするためのがある。 ただし、リニアモーター式の同線の車両は連絡線および浅草線内を自走できないため、各線とも走行可能なによって牽引される。 車内の旅客案内表示器による乗り換え案内は当初京急車では行われていなかったが(との搭載車を除く)、2010年10月の開業に伴う改修を機に表示されるようになった。 また、同時に旅客案内表示器を搭載するすべての車両(のみ案内表示器交換後)においての表示もなされるようになった。 からまで、交通局・環境局はと協働でと公共交通とを連携させたモデル事業を実施していた。 浅草線の・・大門・・・・・・・の各駅近傍にカーシェアリングステーションを設置することで、環境負荷の低減を図っている。 以前は列車接近チャイムに、浅草線独自の3点チャイム(1991年以前)または4点チャイム(1991年の北総乗り入れ開始時より) が使われていたが、2002年より全駅で都営地下鉄標準の接近メロディに置き換えられた。 からにかけて使われていた浅草線の駅自動放送は、に発売された「浅草線を走る車両」付属のCDに収録された。 注釈 [ ]• 173• 「」では「 浅草線」と定められている。 東京都監査事務局 2016年10月5日• 岡本、1994、25-29p。 和久田、1987、94p。 詳しくは「」の項目を参照。 和久田、1987、95-96p。 : : p. 10(夕刊). 1968年6月20日• (東京朝刊/社会) 東京都: : p. 1994年10月14日• 東京都交通局 2011年2月23日• 東京都交通局 2017年3月13日. 2019年4月28日閲覧。 日本語 PDF プレスリリース , 東京地下鉄, 2018年2月15日 , の2019年4月27日時点におけるアーカイブ。 , 2020年3月7日閲覧。 jp 鉄道ニュース、2018年7月1日• 「 p. 「」東京都交通局 2016年12月6日• プレスリリース , 東京都交通局, p. 42 , 2019年5月28日閲覧。 鉄道ファン(交友社)railf. jp 2017年3月22日• 国土交通省. 3 2019年7月18日. 2019年8月15日閲覧。 - 東京都交通局• - 東京都交通局• 「都市交通年報」各年度版• - 東京急行電鉄、2017年3月6日閲覧。 東京都都市計画局 2003年5月29日 Internet Archive• および• 首都圏. 2016年2月4日17時10分. の2016年2月4日時点におけるアーカイブ。 2016年2月4日閲覧。 - 東京都交通局、2017年11月10日• 34、2019年3月13日閲覧。 「大江戸線放射部建設史」・「東京都交通局80年史」いずれも東京都交通局著を参照。 参考文献 [ ]• 東京都交通局「都営地下鉄建設史 - 1号線 - 」• 「MY LINE 東京時刻表」各号()• 『日本の地下鉄』(、1987)• 岡本堯生『東京の都市交通』(、1994)• 佐藤良介『京急1000形 半世紀のあゆみ』(、2011) 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。

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