パンがなければケーキを食べればいいじゃない。 「低所得者は食事を見直して」

パンがなければお菓子を食べればいいように小麦がないのでバナナで粉を作る|kohji 南ラオス自然農園|note

パンがなければケーキを食べればいいじゃない

マリー・アントワネットの言葉でないとしたら、誰の? この言葉の起源ではないか? とされるのが、フランスの哲学者、ジャン・ジャック・ルソーの自伝『告白』です。 まずは、その記述が登場するまでの『告白』の流れを要約しますと…。 ルソーがあるとき、ワインの供にパンが欲しいと思ったものの、そのときの自身の服装があまりにオシャレすぎて、ふつうのパン屋に入っていくにはちょっとな、と感じたそうで。 その際にふと、「ある大変に身分の高い女性」の言葉を思い出すのです。 ~とうとうある王女がこまったあげくに言ったという言葉を思いだした。 百姓どもには食べるパンがございません、といわれて、「ではブリオシュ〔パン菓子〕を食べるがいい」と答えたというその言葉である。 ~ (ルソー『告白錄』中巻、井上究一郎訳、新潮社〈新潮文庫〉、1958年より) そこでルソーはパン屋ではなく、高級菓子店に赴く…という内容です。 これが、どうやら後年、いろいろな物語や歴史家に引用される際、あたかもフランス革命直前のマリー・アントワネットの言葉であったかのように、広まってしまったようなのです。 このエピソードが登場するルソーの自伝『告白』が書かれたとき、マリー・アントワネットはまだ9歳 しかし、ルソーの自伝に登場する「ある王女」が、マリー・アントワネットであるはずがないのです。 なぜならば、この自伝が書かれたのは1765年。 当時、マリー・アントワネットはまだ9歳。 オーストリアの親元で子供時代を過ごしており、後年フランスに嫁ぐという話もまだ、まったく出ていないころなのです。 当然、フランスに住むルソーが、その存在を知るすべもなかったはず。 また、『告白』はルソーの自伝と言う様式をとってはいますが、史実と照らし合わせると、ルソーが事実とは異なる演出を加えた、半ば創作の小話も入っている、という見方も多いのです。 マリー・アントワネットは浪費家だったとも言われていますが「飢饉の際に宮廷費を削って寄付をした」など、軽薄ばかりとはいえない一面も持っていたようです。 「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」はジャン・ジャック・ルソーの自伝『告白』の言葉 いずれにしても、「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」という言葉を、マリー・アントワネットが発した、という史実はどこにも残っておらず、その名言のネタ元と思われる著作にも関わりようがなかった、というのが真実。 この名言とアントワネットが結びつけられたのは、後年のアンチ王政の歴史家の演説によるものだ、という説や、そもそもフランス人でないアントワネットに、フランス国内のアンチ派も多く、暦年のフランス王政の諸悪の根源イメージを背負わせるのが「都合がいい」と考えた彼らの意図によるものだ、という説など、諸説混在し、正確な起源は明らかではありません。 それにしては「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」=マリー・アントワネット、というイメージは、あまりにも広く流布されてしまいましたよね。 彼女はいろいろな意味で「悲劇の王妃」なのです。

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パンがなければケーキを食べればいいじゃない

パンがなければケーキを食べればいいじゃない

身長109cm、体重19kg、26歳。 横紋筋肉腫(小児がん)、ムコ多糖症モルキオ病(ライソゾーム病)。 高卒でフリーで仕事をしようとするがなかなか上手く行かず、後に上場するIT企業の株式会社セラクに21歳で入社。 しかし、22歳3月に同級生は新卒になるから逆のことがしたいとニートに。 そして、スマホアプリ開発、クラブダンサー、ライター、YouTuber、ホストなどを経て23歳でSOD専属の監督兼男優になる。 現在は、ドラマや映画で俳優、テレビや雑誌などでタレントとして活動。 また、IT企業の株式会社フリューゲルで執行役員、部長をしつつ現役のプログラマー。 弊社では、未経験者へのプログラミング教育もしていて積極的に採用中。 詳細、質問などはSNSでお気軽にどうぞ。 パンがなければケーキを食べればいいじゃない ところで「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」という言葉には諸説ある。 (ブリオッシュを食べればいいじゃない)」でこれを日本語ではケーキと訳した。 パンがないならケーキをというとショートケーキをイメージしてしまい、パンも食べれない庶民には全く手の届かないものを提示していてものすごく意地悪な感じがするが、ブリオッシュというのはお菓子のようなものだ。 そして、ブリオッシュはパンより安い二等小麦を使ったお菓子なので「貧乏人は麦を食え」という解釈は間違っていて、実際には「高いものが食べられないのなら安いものを」という意味で使ったという説がある。 しかし、確かに小麦は安いものを使うが、バターと卵を使っていて十分に贅沢品なので間違っているという説が間違っているとも言われている。 そしてそもそも。 マリー・アントワネットが言ったという証拠はなく、「たいへんに身分の高い女性」が言ったという記録らしい。 歴史ってよくわからない。 ないなら自分で作ればいい まぁ、専門家にも明白にはわからない歴史の真実はここではどうでもいい。 その言葉に対して思ったことがある。 数百年前のヨーロッパのことは知らないが、今の日本ならばパンがなければケーキを作ればいいじゃないだろうか。 パンを買えないのに、ケーキを作る材料を買えるのかと言われればもちろん買えない。 しかし、パンを買うことは受け身の消費でケーキを買うことは贅沢な受け身の消費なのに対して、ケーキを作ることは主体的で投資で開拓になる。 今の時代、インターネットで簡単に知識が手に入る。 出資を受けてお金も手に入るし、人とのコミュニケーションも取りやすいから自分で仕切って人の力を借りることも出来る。 昔だったら、パンも買えないほど貧乏でどうしようもないのは国のせいだ!と叫びながら餓死していくしかなかったかもしれない。 けれど今なら、1円もお金がなくても、ケーキを作る方法や売る方法を知らべ、クラウドファンティングでも何でもお金をかき集め、自分で出来ないことはネットで人を探してきて力を借りることができる。 そこまで大規模でなくても良い。 例えば小学生でまだ自分でお金を持たせて貰えていない女の子は、自分でパンも買えない。 しかし、パン、いや、ケーキを食べたい。 お母さんは厳しい人で、誕生日でもクリスマスでもないのにケーキを買ってくれない。 どうしようか考えた。 そうだ!明日は母のだ!家にある料理の本からケーキの作り方を見つけて、お父さんに明日お母さんのためにケーキを作りたいことを説得し、1500円をもらって1200円で材料を買い、ケーキを作った。 結果、家族みんなでケーキを食べて、お母さんが喜んでくれて、300円も手に入る。 例えなので現実的かどうかは置いといて、とにかく得たいものがあれば自分で作ってしまえばいい。 パンがなければパンではなくケーキを作るのがみそで、パンケーキでもカップケーキでも良い。 類似したものを含めば選択肢が増える。 知識なんてネットに転がっていて、お金を集める手段もあって、人に依頼もしやすい。 もちろん勉強して自力で作れるようになるのも楽しい。 手に入らない望みを誰かや社会のせいにして嘆いても意味がない。 今の自分には手に入れる資格のないことを認めてスキルアップして成長すればいい。 パンを手に入れるという受け身はその時だけの満足で終わるけれど、ケーキを作る側になれば継続的にケーキが手に入るし、そのケーキで儲かる。 時間がない、お金がないという人がいるけれど、受け身で嘆くだけだからないのであって、作ればいい。 時間がないなら日常の作業効率をアップする手段を作れば時間が増えるし、お金がないならお金を生む仕事を自分で作っちゃえばお金が増える。 それが出来ないなら他の方法を考えてそれを作るか、もしくはどうしたら出来るようになるか考えて実力を付ければいい。 受け身の利益はなかなか手に入らない。 手に入っても現在で終わる。 しかし、主体的に作った利益は未来へ続いていき大きくなっていく。 だから不満も不足も自分で作ることで満たそうとするように、自分で自分に言う。 「パンがなければケーキを作ればいい」.

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「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」。実はマリー・アントワネットの言葉じゃないんです!本当に言ったのは誰?

パンがなければケーキを食べればいいじゃない

【目次】• パンがなければお菓子を食べればいいじゃないの元ネタ 「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」はフランス国王ルイ16世の王妃マリー・アントワネットが言ったとされている言葉であるが、実際には マリー・アントワネットが言ったとされる記録は残っていない。 この言葉は18世紀のフランスの哲学者 ジャン=ジャック・ルソーが出版した自伝書『 告白』の第6巻に掲載されている、ある話が元ネタになっているとされる。 ルソーの『告白』によると、ルソーはワインを飲むためにパンを探したが見つからず、その時、家臣から「農民にはパンがございません」と言われ、「 それならブリオッシュ(菓子パン)を食べるがよい」と答えた大公夫人の話を思い出したという。 マリー・アントワネットは1755年生まれ、この話は1740年ごろなので、この大公夫人は マリー・アントワネットであるはずがない。 また、『告白』の6巻は1765年に書かれたもので、1764年ならマリー・アントワネットは当時9歳か10歳、フランス王妃として嫁いだのは14歳の時なので、このことからも マリー・アントワネットの発言でないことがわかる。 マリー・アントワネットはオーストリアのウイーン出身で、フランス王太子妃として嫁いできた時には国民から歓迎されていたが、首飾り事件(かたり詐欺が起きた事件)の被害者側であるはずのマリー・アントワネットの陰謀であるという噂が広まり国民から嫌われるようになったり、浪費家であったことから貧困にあえぐ国民から反感を買っていた。 その後、王政への不満が爆発する形でフランス革命が起き、マリー・アントワネットは処刑されることとなった。 当時、小麦の価格の高騰によってパンの価格が上昇し、国民は貧困にあえいでいた。 その際、マリー・アントワネットが「それならブリオッシュを食べれば良い」と発言したとされるが、そのような記録はこれまで見つかっていない。 マリー・アントワネットが浪費家であったのは事実のようで、浪費家の象徴としても語られることが多いマリー・アントワネットのイメージと、「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」といういかにも贅沢を知っている人物が発しそうな言葉が結びつき、誤った認識で広まったと考えられる。 いつごろマリー・アントワネットが「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」と言ったというデマが広まったのかは分からないが、一旦広まったデマは修正するのが容易ではない。 それが歴史上の人物ならなおさらで、本人が否定しようがない。 いつの時代もデマというのは怖いもの…。 歴史上の本人言ってない名言 歴史上の人物はしばしば本人が言っていないのにあたかも本人発信の言葉として語られる言葉が数多く存在する。 たとえば以下の言葉は、実際は本人は言っていなかったり、原文からの解釈が違っていたりする。 では賢者と愚者の違いはなんなのか?それは勉強したか、勉強しなかったかの違いにある、と説いた文である。 この本のタイトル『学問のすゝめ』を考えてみると、なるほどと納得する。 この一文だけ引用すると確かに平等を表す言葉であるが、一般的に解釈されているこの言葉の意味と真逆で、平等でないからこそ努力をして学を身につけるべきであると説いている。

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