現代風源氏物語。 『源氏物語』の現代語訳:若紫22

源氏物語『御法・紫の上の死』(風すごく吹き出でたる夕暮に〜)現代語訳と解説 / 古文 by 走るメロス

現代風源氏物語

光源氏18歳の話。 病気治癒祈願のために北山を訪れた源氏は、通りかかった家を垣間見し、密かに恋焦がれる藤壺によく似た少女を見た。 光源氏と後の最愛の妻、紫の上の出会い。 【源氏物語】若紫 その1 の超現代語訳 日がとても長くなって、することがなくて持て余しぎみだから、いいこと思いついたんだ。 垣間見しようかって。 垣間見ってのは、合法的な覗きってことになるんだけど、 僕の時代は結婚前の女の人を近くで見るってできないんだよ。 女の人は人目につかないように生活するのが普通なんだ。 部屋の端にも滅多に行かなくて、御簾の中とかで過ごすんだよ。 だから男は年ごろの素敵な女性がいるって知ったら、 気づかれないように物陰からこっそり見ていいんだよ。 女性の方もどこかで情報掴んで、 来るかもって、 気をつけたりしてるんだけどね。 夕暮れでとっても霞深いのに紛れれるから、例の 小柴垣の所へ出掛けたんだ。 他の人は帰して、 惟光と二人だけ。 信頼できるやつしか連れてかない。 大事なところだからね。 小柴垣がきれいにしてあるお宅なんだ。 そっとのぞくとこの西向きの部屋に仏様をおすえなさって、 一心に拝んでいる 尼様がいらした。 簾を少し巻き上げて花をお供えされるみたい。 信心深いことだよね。 部屋の真ん中にある柱に寄りかかって座って、 肘かけの上にお経を置いて、 とっても気だるそうにお経を読まれてる尼様。 雰囲気からすると只人には見えない。 四十歳くらいなんだけど、 すごく色白で、痩せてはいるけど、頬のあたりには張りもある。 スポンサーリンク 目の辺りや、尼様だから髪は短くされてるんだけど、 きれいに切り揃えられてる毛先なんかも、 だらだらと伸ばしてるよりずっと今風でいい感じだなぁとしみじみと見入っちゃったんだ。 惹かれるって不思議な感情になったんだよね。 しばらく見てたら、こざっぱりした 女房が二人ほど、 それから召使の少女たちも部屋から出たり入ったりして遊んでいるのが見えたんだ。 子どもは何人かいたんだけど、 そん中の一人から僕は目が離せなくなってしまったんだよ。 10歳くらいかなぁ、 白い襦袢の上に、山吹色の肌になじんだ着物を着て、 走ってきた女の子は他のたくさんいる女の子達とは格段に違ってたんだよ。 大人になった姿が目に浮かぶような可愛らしさなんだ。 髪は扇を広げたるやうにゆらゆらして、 顔はと言えば、泣いた後だからこ赤くこすって泣きながらすったってる。 それはもう釘づけだよ。 「何の騒動なんですか。 他の子たちと喧嘩なさったのかしら」 と言って、 見上げた尼君のお顔と泣いてる女の子が少し似てたんだよね。 だから尼君の娘なのかなと見てたんだ。 女の子は 「すずめの子をね、犬君がね逃がしちゃったの。 伏籠の中にこ捕まえといたのに。 」 と言って、随分悔しがっていた。 この座っている女房が 「全く犬君ったらいつもこういううっかりなことして、また叱られるのよね。 ダメな子ね。 怒れちゃうわ。 雀はどこに逃げちゃったのかしら。 せっかく、ようやくだんだん可愛くなってきたのにねぇ。 カラスなんかに見つけられたら大変だわ」 と立っていった。 この人も髪がふさふさして、とっても長くて感じの良い人なんだ。 少納言の乳母って他の人言ってるらしい。 この人は女の子の世話役みたいだ。 へ続く.

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源氏物語

現代風源氏物語

これは、どの帝の時代であったかもうわからないけど、 っていうかはっきり書いちゃったら色々問題あるから、 一応ぼかしとくね。 かれがモデルの作り話よ。 帝は仕事ができるお方なんだけど 英雄なんとかっていうじゃない? だから後宮が賑わっちゃって 女御や更衣がたくさん妻としてお仕え申し上げていたのよ。 その中で、それほど高貴なご身分でもないのにね、 帝が特別にご寵愛されていらっしゃった方があったわけ。 それが、私。 更衣って名前じゃないわよ。 更衣は身分よ。 後宮の中では一番下よ。 皇太子を産むなんて想像もしない立場よ。 お父様が苦心して入内させてくださったから、 名誉なことだとだけ思ってはいるのよ。 でも、私の気持ちとか、意思とかは誰も聞かない。 そんな時代なのよね。 私は自分に与えられたお部屋の名前で 〇〇の更衣って言われてるけど お部屋の名前はまたあとで言うわね。 で、私の後宮生活はっていうとね。 実家も大したことないし 何でか自分でもわかんないんだけど 帝は私にぞっこんになっちったのよね。 びっくりでしょう。 そしたらもうよくある女の世界。 妬み嫉みよ。 始めから私が一番ってお方々 まずは女御たちよ。 自分がつぎの天皇を産むはずって疑ってないから、 なんであんな身分の低い子がご寵愛受けるわけ!?って、 私のこと目障りにして悪く言ってね 露骨に妬むのよね。 それより何より同じくらいか、 私より低い人たちの妬みったらなかったわ。 いっしょに今までやってきたじゃないって考えるんじゃないかしら。 ひどい妬み根性丸出し。 私たち後宮の者たちはね、 朝晩内裏に参上するのね。 特にその時に帝が露骨に贔屓してくれちゃうから そこでもまた、周囲の人々を動揺させて 恨みを一身に受けちゃったのよねー そのうち私、 調子崩しちゃってさ、 なかなか起きられなくなって。 メンタルもやられちゃって実家に帰ることもしばしば。。 そうしたらさ そんな私を帝はますます不憫にお思いくださっちゃうわけね。 はかなげとか、 弱いって男の人にはアレじゃない? 殿上人たちの非難も聞きもされないのよ。 世間話の完全にネタになってた。 それくらい私のこと好きすぎるのよね。 海の向こうの中国でも こういう帝の御無体が原因で世の中がおかしくなっちゃったらしいのよね。 いよいよ内裏でも帝やばいな って感じで言われちゃって、 みんなの悩みの種になっちゃったのよ。 みんながね、 楊貴妃の例とか持ってきちゃっうから、 私だって、きまり悪いこともたくさんあったのよ。 だけど、仕方ないじゃないの。 私に選択権はないのよ。 もう帝の愛にすがって、後宮のお勤めを果たすしかないじゃない。 ただただ帝のお気持ちを頼って 今のつらい状況を乗り越えたいと考えていたのでございます って感じよねぇ。。 この時、 私のお父様は大納言っていうんだけど もう亡くなりになってたの。 これは、どの帝の時代であったかもうわかりませんが、 というかはっきり書くと色々問題がありますから、 一応ぼかしておきましょう。 かれがモデルのお話です。 帝は仕事ができるお方で、 英雄なんとかと申しますように、そ の頃は後宮が賑わっていたのでございます。 女御や更衣がたくさん妻としてお仕え申し上げておりました。 その中で、それほど高貴なご身分でもないにもかかわらず、 帝が特別にご寵愛されていらっしゃった方があったのです。 それが、私、更衣と申します。 皆様ご存じかとは思いますが、 更衣は名前ではございません。 後宮にも男性と同じように位がございまして、 一番上は中宮様、 次はお后、 その後女御、 そして更衣と続きます。 私は沢山いる更衣の中の一人でございました。 私どもの位は自分の努力では何ともしがたくて、 里のお父様のご身分で決められてしまいます。 帝のお手付きになることも、 女御様以上でないとなかなかございません。 確かに入内するのは名誉なことではございますが、 更衣というのは大変気を使う立場なのでございます。 そんな私ではございますが、 帝が大変ご寵愛くださるようになったのでございます。 たかが更衣風情の私にお目をかけてくださいますとは、 なんともありがたいことでございました。 しかしなのでございます。 帝からご寵愛をいただくようになりましたら、 私の身辺でよくないことが起こってきたのでございます。 まずは、入内なさる以前から 「私が次の帝の母になるのよ」 と自信に満ちていらっしゃった皆々様は、 私のことを目障りなものにお感じになって 悪くおっしゃっては、お妬みなさるのでございます。 それよりも私が困惑いたしましたのは、 私と同じように、 さして身分の高くない方々のお振舞なのでございます。 私と同じくらいか、 あるいは私より身分の低い方々は、 一緒に今までやってきたのにというお気持ちが先立つのでしょうか、 身分のある皆様よりも心穏やかではなかったようなのでございます。 私たち後宮の者どもは朝晩内裏に参上申し上げるのでございますが、 特にその時には帝のご寵愛ぶりがはっきりわかってしまうからでしょう、 そこでもまた、 周囲の人々を動揺させ、 皆様の恨みを一身に受けてしまったのでございます。 私はすぐに病に伏せるようになってしまって。。 心細くなって実家に帰ることもしばしば。 そうしますと、 そんな私を帝はますます不憫にお思いくださって、 帝のご周辺の皆様方が悪くおっしゃるのもお気にされないで、 後の世の語り草になってしまうほどのもてなしぶりになったのでございます。 遠く中国でもこのようなことが原因で世の秩序も乱れて良くなかったのだと言われておりました。 いよいよ内裏でもまともでないと言われるようになってしまい、 果ては人々の悩みの種になってしまったのでございます。 世間の人々が、 楊貴妃の例なども取り出してしまいそうになっていきますので、 私と致しましては、 きまりの悪いことも多ございましたが、 帝のお気持ちの深さだけを心の拠り所として 後宮のお勤めを果たしていたのでございます。 ただただ帝のお気持ちを頼って今のつらい状況を乗り越えたいと考えていたのでございます。 この時、 更衣のお父様の大納言様はお亡くなりになっていました。 母の北の方様が由緒ある家柄の方だったので、 両親が存命のいまのところ世間の評判が時めいているお方々にも、 あまり劣ることもなく、 どのような儀式もご準備されました。

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紫式部 與謝野晶子訳 源氏物語 松風

現代風源氏物語

次に秋好側が『』、弘徽殿の女御側が『の物語』。 に先見の眼があったなと思うのは、後者が散逸して現存していないのに対して、前者が残っている、ということですかね。 人間はやっぱり知っているものと知らないものが並んだら、知っているものを贔屓しようとするじゃないですか。 特に古典を専門的にやっていない現代の人間からすると『』と『の物語』が対決したと聞いたら、前者に軍配をあげると思うんですよね。 『』については「おもしろくにぎははしく」(おもしろく派手で)と描写され、とにかく弘徽殿の女御側は「おもしろく」「派手」「現代風」というのがポイントになってくる。 なんていうか、が好きそうな感じですな。 一方で秋好側は『竹取』『伊勢』と並ぶところを見ると「古代回帰」というところがポイントになってくるかと。 古典趣味というか、古風というか、高尚というか。 しかし、その前に「かかる事もやと、かねて思しければ、中にもことなる選りとどめたまへるに、かの須磨明石の二巻は、思すところありて取りまぜさせたまへり。 」(帝の前で勝負することもあろうか、とかねてからお考えであったので、多くの絵の中でも特にすばらしいものは選んで残してお置きになっていたが、あの須磨と明石の二巻は、お考えになるところがあるので、そこにお加えになっていた。 」)とある。 「思すところありて」っていやらしー! あと朱雀院が秋好に一生懸命絵を送るのがけなげです。 義弟のいやらしさとは全く異なる。 もっともこのあと、「もっと自分の御代が続いていたらなー」とか「秋好のことが忘れられないなー」とかそういうところは大いに未練ったらしいのですが。 言葉は悪いけれども女々しい、という印象ですかね。

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