人間 椅子 新 青年。 人間椅子30周年アルバム『新青年』リリース記念! 超オカルトエリート和嶋慎治の次元上昇インタビュー!

人間椅子の30周年記念AL『新青年』6月発売、ツアー開催&FC開設も

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いざこの両者が会ったところ、共通項の多さゆえに話はどこまでも転がる一方、心を鬼にして削ったのですがそれでもほぼ8,000字あります。 安藤なつ(以下、安藤):初めてです。 だから、CDとTシャツを送っていただいたお礼も、ご本人にはちゃんと言えてなくてですね。 和嶋慎治(以下、和嶋):いえいえ。 Tシャツ、着ていただいていて。 ありがとうございます。 ーー突然送られてきたんですか? 安藤:そうです。 電車で移動する時に音楽を聴いてるんですけど、「今日のガタゴトミュージック 人間椅子『品川心中』」みたいにTwitterでつぶやいたりとか。 あとプロフィールに好きなものを羅列していて、「さといも イカ 人間椅子 伝記」とか。 それで送っていただいたんですかね、すいません。 和嶋:いやいや、こちらこそ、食いついたみたいですいません(笑)。 レーベルのスタッフが気がついて、「じゃあTシャツ送りますか!」とか、そういう流れで。 安藤:むちゃくちゃうれしかったです。 「はっ! 届いているってことは、知っているってことだ!」と思って。 ーー安藤さんはいつ頃から人間椅子を? 安藤:小学校ぐらいに『イカ天』(『三宅裕司のいかすバンド天国』)で、「陰獣」を観て。 おどろおどろしい感じで、めっちゃ重たい音楽で歌ってる人がいるっていうぼんやりした認識でしかなかったんですけど。 で、26歳の時に東京に出て来て。 お笑いプロレスをやっていたんですよ、西口プロレスという、長州小力さんの団体で。 「黒猫」っていう曲で、「あれ? このバンド、観たことがあるなあ」と思って。 子どもの頃に観た「陰獣」を思い出して、「はっ! やっと辿り着いた!」と。 10年ぐらい前ですかね。 ーー当時の人間椅子って、どんな時期でしたっけ。 和嶋:10年前は……今年でデビューして30周年になるんですけど、最前線みたいなところには、あんまりいたことなくて。 『イカ天』の頃は、けっこうテレビに出たりもしたんですけど、その後、一度インディーズになったりとか……十数年、あまり表に出ない、苦しい時期があって。 それが終わりかけてきた頃だと思いますね。 10年くらい前から、また動員が増えだしたんですよ。 だから、そういう形で安藤さんのようにまた僕らを発見してくれた、みたいなことが、いろんなところであったのかもしれませんね。 安藤:それで「めちゃくちゃかっこいい!」と思って、三平さんにライブに連れて行っていただいて。 音源だと自分のノリで聴ける感覚ですけど、ライブだと……なんていうんですか? プログレっていうんですか? 和嶋:ああ、そういう感じの曲もありますね。 安藤:なんか急に「ンッ!」って展開が変わるような。 和嶋:そう、ノレないってよく言われます。 安藤:それが「ああ、ライブでしかわかんない感覚なんだな」っていうのはありましたね。 和嶋:ライブは、お客さんと一緒に作る空間なんですけど、それを主導するのは、ステージに立ってる演者だから。 部屋でCDを聴くのは、聴いてる人が主導権を握ってるからね。 安藤:でも3ピースバンドの厚みじゃないっていうか。 素人だからわからないんですけど、5、6人いるんじゃないかみたいな音の厚みで。 それに感動しましたね。 両者が語り合う、高円寺の人をダメにする魔力 ーー安藤さん、メイプル超合金になって、売れたのって何年でしたっけ? 安藤:『M-1グランプリ』の決勝に行って、お仕事いただけるようになったのが、2015年ですね。 ーー人間椅子が20数年ぶりに渋谷公会堂をやってソールドアウトしたのってーー。 和嶋:同じぐらいの時期じゃないですかね! その頃だと思いますよ。 安藤:うれしいです! 共通項。 でも、『屈折くん』(和嶋の自伝。 2018年刊行)を読ませていただいて……自分もずっと高円寺から離れられなくて。 和嶋:あ、高円寺に住んでたの? 安藤:はい。 26歳から10年ぐらいはずっと高円寺に。 2年ぐらい前に引っ越したんですけど、今、「また戻りたいな」って思っちゃっていて。 和嶋:いや!(笑)。 安藤:やめたほうがいいですか? 和嶋:よく言われてるじゃないですか。 高円寺から出ないと売れないって。 安藤:あ、そうなんですか? 和嶋:あ、知らない? そうか、じゃあ音楽界隈だけで言われてるのかな。 フォークの時代から言われてるんだけど。 安藤:そうなんですか。 芸人界隈では聞いたことないですね。 和嶋:確かにまわりの人を見てると、高円寺から出た方がやっぱり売れるのかなあ、っていう気はするよ。 自分も生活が楽になったので(笑)。 安藤:あ、そうなんですね。 和嶋:うん、動員が増えてきた頃、「やっぱ出た方がいいのかな」と思って。 住みやすいんですよ、高円寺って。 安藤:めちゃくちゃ住みやすい! 和嶋:昼間から酒飲んでてOKだし。 特にロックやってる人間は、だらしない人間が多いんで(笑)。 向上心が芽生えきれないっちゅうかな。 「これでいっか」みたいなことになってしまうんですよ。 でも、高円寺の外に出ると「あ、このままじゃいかんな」っていう気持ちになるっていうか。 だからまあ、夢のような街なんですけど。 すごい青春っていう感じがするのよ。 安藤:はい、します。 もう離れたくなくて、引っ越してからも毎日行っちゃいます。 住んでる街で全然遊ばないっていうか。 住んでなければ大丈夫ですかね? 住所に「高円寺」って入んなければ大丈夫、っていうことですかね? 和嶋:はははは。 いや、すごいディスってるみたいで悪いけど、でもたぶん、こう言っても高円寺の人、怒らないと思うんだよね。 俺ももちろん愛があって言ってるんです。 通算20年ぐらい住んだし、自分の青春の街だと思ってるんで。 きっと住んでた時期、かぶってますよね? 安藤:あのー、四文屋(居酒屋)の前にいらっしゃいませんでした? 和嶋:あ、四文屋よく行ってた。 それ、僕です。 安藤:やっぱり(笑)。 「すごく似てるんだけど、話しかけたらあれかなあ……」と思って。 本にお酒のことも書いてありましたけど、今はもうあんまり、たしなむ程度の感じですか? 和嶋:うん、たまにたしなむ程度にしてますかね。 一時はたぶんアル中でしたから。 高円寺にさ、桃園川の緑道、花壇がずっとあるじゃないですか。 あそこで寝てたもんね、俺。 安藤:はははは! いや、すごく居心地がいいんですよね、あの緑道。 和嶋:やっぱり一緒の時代を過ごしてたんだ。 しかも、お互いに売れてない頃に。 安藤:そうですね。 それがこういう形でお会いできるなんて。 うれしいです、すごく。

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人間椅子オフィシャルサイト

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概要 [ ]• 初回限定盤はレコーディング・ドキュメンタリー『「新青年」への軌跡』収録DVD付き。 オリコンでは初登場14位をマーク。 前作『』の18位を塗り替え、バンド最高順位を獲得した。 収録曲 [ ]• 全編曲:人間椅子 タイトル 作詞 作曲 時間 1. 「新青年まえがき」 和嶋慎治 和嶋慎治 3:57 2. 「」 和嶋慎治 和嶋慎治 6:20 3. 「瀆神」 和嶋慎治 鈴木研一 5:14 4. 「」 和嶋慎治 和嶋慎治 5:55 5. 「」 和嶋慎治 鈴木研一 4:56 6. 「いろはにほへと」 和嶋慎治 和嶋慎治 3:59 7. 「宇宙のディスクロージャー」 和嶋慎治 鈴木研一 4:16 8. 「」 和嶋慎治 和嶋慎治 5:27 9. 「」 和嶋慎治 ナカジマノブ 3:46 10. 「地獄の申し子」 鈴木研一 鈴木研一 4:20 11. 「」 和嶋慎治 和嶋慎治 4:24 12. 「」 和嶋慎治 鈴木研一 4:22 13. 「無情のスキャット」 和嶋慎治 和嶋慎治 8:40 14. 「地獄のご馳走」 ボーナストラック 鈴木研一 鈴木研一 4:21 演奏者 [ ]• - ギター、ボーカル• - ベース、ボーカル• - ドラムス、ボーカル 脚注 [ ] [].

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Ningen Isu / 「NewYouth」 Release live digest(人間椅子「新青年」リリースライブ)

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6月5日、21枚目オリジナルアルバムにしてデビュー30周年記念アルバム 「新青年」をリリースした 人間椅子。 70年代風ブリティッシュ・ハードロックとヘヴィメタルなサウンドに、幻想怪奇な日本文学的世界観を歌い上げた独自性のある音楽は世界的に高い評価と人気を博している。 まさに日本を代表するバンドであろう。 平成と共に歩み、新元号「令和」を迎えた人間椅子のニューアルバムはこれまでの世界観を大事にしながらも、新しい時代への扉を開く革命的な1枚だ。 ニューアルバムリリースを記念してトカナでは、これまでもたびたび本サイトで不思議な話を語ってくれた人間椅子のメンバーで大のオカルト好きとして知られる 和嶋慎治氏に、直撃インタビューを敢行。 和嶋氏は、ギタリスト・ヴォーカリスト、作曲家、作詞家でありながら、『月刊ムー』(学研プラス)の愛読者であり、数々の超常体験を重ね、しかも日々オカルト研究をしているという超オカルトエリートなのだ! そんな和嶋氏に、アルバム制作秘話から最新オカルト研究まで大いに語っていただいた。 普通のグループはライブハウスで地道に下積みをしてからレコード会社に認められてようやくデビューという流れなんです。 今はネットで一気にブレイクすることもあるから一概にそうとはいえないけれど、少なくとも僕らの若い頃はそんな感じでしたね。 けれど僕たち人間椅子は、『イカ天(三宅裕司のいかすバンド天国)』(TBS)に出演して、幸いなことに多くの方に注目してもらえた結果、1990年にメジャーデビューもできました。 和嶋 いわゆる思い描いていた下積みみたいなことをやらずにデビューしたので、その後、ずいぶんと苦労しましたよ。 僕の中ではツケが回ってきたかなと思ったんですが(笑)。 なかなか思うように曲が作れなかったとか? 和嶋 いえ、リリースやセールスが思うようにいかなくて、音楽でご飯が食べられない時期が続いたんです。 和嶋 『イカ天』に出たのでバンドの認知度は高かったんでしょう。 音楽で飯を食っていたのって、デビューして数年だけでしたからね。 それ以降ずーっと20年ぐらいアルバイトをしていました。 ようやく2013年頃からまた音楽で食えるようになりました。 そのちょっと前からバイトは辞めていましたが。 和嶋 だから、実は20年間ぐらい苦節しているんですよね。 一般的に音楽で飯を食うというのが成功というならば(笑)。 たとえばギター講師とかあったりするじゃないですか。 そういう仕事をしている知り合いを見ていると結局、創作活動よりもそっちがメインになってしまうんです。 そうなるとバンドがブレイクしないまま終わるな……と思ったんです。 なので、僕は音楽以外のことをやっていました。 和嶋 そうそう、まったく違うからこそ音楽をやりたいという衝動に繋がる。 そういう下積みの売れない時代があったからこそ30年やってこられたのかなと思います。

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