今日 の 朝礼。 朝礼の一言21選!朝のスピーチに使える簡単な一言や例文・天気ネタなどご紹介

1月の朝礼スピーチで使えるネタ・3分間スピーチ例文

今日 の 朝礼

今日の朝礼の話5 ~おうちの人と読みましょう~ 校長 栗林 明弘 母の日の母にだらだらしてもらふ(う) 正木ゆう子 読んですぐわかる俳句かと思います。 〝だらだらしてもらふ(う)〟がおもしろく、そのおもしろさの中に、いっそう作者のやさしい気持ちが表れています。 5月10日は「母の日」でしたね。 今年はコロナのこともあって、お花屋さんたちが「母の日」を「母の月」にしようと呼びかけているそうです。 どういうことかと言うと、10日の一日だけに限らないで、5月を丸々お母さんに感謝する月にしようということです。 みなさんはこの休校期間の中で、当たり前のようにしてもらっている朝昼晩の食事の世話はもちろん、家での勉強の世話、運動不足の心配など、自分のことは後回しにしてみなさんのことを考えて、苦労しているお母さん、お父さん、おうちの人の姿を見てきていますね。 今まで気づかなかったその大変さに、はっとしたという人も多いでしょう。 さらに言うと、みなさんの見えないところでも、おうちの人たちはみなさんのために、もっといろいろなことをしてくれています。 5月もあと半分になってしまいましたが、この5月をおうちの人への感謝の思い出がたくさん残る月としてほしいと思います。 さて、その5月という月は俳句の世界でも夏になります。 この間、アゲハチョウがいそがしそうに過ぎ去っていくのを見ました。 雨が降った次の日に道の真ん中でミミズと出くわしました。 庭先には薔薇(ばら)の花があざやかな色を見せています。 気づきにくいのですが、梅の木は青い実をつけています。 ある日の雲は、早くも入道雲でした。 強い日差しの日にはサングラスをかけている人を見ました。 アゲハチョウ、ミミズ、薔薇、青い梅の実、入道雲、サングラス、これらはみな夏の季語、夏の季節を表す言葉です。 本屋さんにも売っているものですが、私も5種類くらい持っています。 次回は、季語やその歳時記についてのお話をしたいと思います。 今日の話はこれで終わります。

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マジ使える! これであなたは困らない朝礼ネタニュースなサイトまとめ

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今日の一言 「失敗しても、ミスをしても、反省を求めてはいけない。 申し訳ありません。 」 上司が部下に反省を求める場面をよく見かけます。 それなのに、ほとんどの場合は上司が「反省させたい」だけなのです。 反省を強いるとどうなるか? 1.「ごめんなさい。 もうしません。 ・・」と、 とりあえず言っていればいいや、という 楽な「思考停止状態」に逃げ込むことになる。 この場を黙ってやり過ごせばよいという勘違いにつながる。 2.萎縮して自発的な行動が少なくなってしまう。 「失敗するデメリットの方が、チャレンジするメリット よりも大きい」というプログラムを脳に植え付けてしまう。 3.上司側は「反省させた」ことで自己満足に陥る。 そして大事なのは、 「何を正し、何を改善し、 具体的にどのように今後の行動を変えるのか?」 それが決まるのであれば、反省させるための反省は不要です。 自分の基準・自分の期待値・自分の「べき」・・・。 「これくらいはできるだろう」と、周りのメンバーに対する期待値も 高くなりますが、自分を基準として部下の行動や成果を見ても、 ほとんどの場合自分にはかなわないものです。 結果として、期待を下回る行動や成果が多くなるのは当たり前のことです。 褒める材料を無理やり探すのではなく、 褒める基準を少し下げるだけで褒める機会は何倍も増えることになります。 執念のない者は困難から発想する。 その違いは、後ろ向きか、前向きかという性格の問題ではありません。 ただ、「良好な人間関係」には2種類あります。 一つは、言いたいことも言えずにお互いが遠慮し合う組織、 言うべきことを言わない傷を舐め合う甘い組織。 もう一つは、嫌われ者になってでも厳しい要求をするリーダーがいて、 ちょっとした緊張感がありながらも、ベースには信頼感と一体感に溢れ、 常に成長を志向し、自律的に問題解決サイクルが回る組織。 そして、結果として違いが出るのは、「組織の目的」が達成できているかどうか。 何らかの改革や革新、そこまで行かなくてもちょっとした新たな改善や 提案をする際に、「また皆の手間が増えてしまう」「反対する人の気持ちも 考慮しなければ」と躊躇する人は非常に多いですが、そんな感情が 意思決定の軸になってしまうと、成長スピードは一気に停滞します。 簡単に言うと、 その躊躇は、「自分のため」なのか、「組織全体のため」なのか。 リーダーは、決して自分に向けられる批判を恐れてはいけません。 むしろ、皆が嫌がること、大変になること、苦しいことをわかっていな がらもなおそれを貫き通す覚悟が必要です。 もちろん、「ベースとなる信頼感と一体感」が「前提」であることは 言うまでもありません。 問題解決の基本として、 現象面に対処するのではなく、原因を分析し原因に対する解決策を講じる のは当たり前のことです。 また、成果を上げたいのならば、今までのやり方とは異なる何らかの 取組みを始める必要があるのも当たり前のことです。 結果や状態を変えたいのならば、プロセスを変えるしかありません。 それをせずに 「勝手によくなるだろうと期待しては、毎年同じ結果にがっかりする」 のは、狂気です。 どうやって指摘しようかな。 」 などと考え始めていないでしょうか。 そんな時、一瞬でよいから、「自分の思うように相手を変えてやろうという 気持ちになっていないか」を疑ってみるとよいかもしれません。 大人も同様です。 社員もスタッフも、部下も後輩も、 認められることは、幸福に生きるために 欠かせない欲求なのです。 自尊心がない状態で自分にその責を向けると、自分を傷つけてしまいます。 自分を守るために、それを回避して他責になるのです。 「認める、承認する、受容する」で包み込み、自尊心を満たした上で、 「気付きと変容を促す」という手順で進めましょう。 と同時に、一日の過ごし方が人生の縮図でもあります。 必要なのは、決して、がむしゃらに取り組むことではありません。 目の前の小さな約束、小さな行動を一つ一つ丁寧に続け、 少しずつ積み重ねること。 それによって、自分の心の器に自信の水が注がれ、満たされるのです。 毎日、伝え、発したいことを残していないか。 毎日、思いを残していないか。 その日残った水は、明日になると澱んでしまいます。 そして、思考が行動を引き起こします。 「受け止める人」は、反応を自ら選択し、相手や自分を受け止め、 状況や相手に柔軟に対応し、新たな道や可能性を見つけられます。 よって、「君のことを思って怒るんだ」 という「自己正当化」は、 至るところで当たり前に起こっているでしょう。 そうでもしないと、怒る方も大変ですから。 それくらいの「言い訳」や 「逃げ道」は許してほしいも思う時が私にもあります。 確かに言えるのは、怒りは不合理であるということ。 そこに愛や信頼がない怒りは特に、人や場のエネルギーを吸い取るだけでしょう。 『一人でいくら頑張っても結局できないからみんなとやる。 優秀な人が集まるに越したことはないが、綱引きで勝つのはタイミング の合ったチーム。 いくら体力をつけていたとしても、みんなの呼吸が ギュッと合わないとダメ。 みんなと仲良くうまく同じベクトルでやって いけるのが合理的。 それが楽しい。 相手を受け入れ、相手を信じて やっていく。 ミスを含めて信じてやっていく。 その方が気持ちいいし、人として正しいやり方だと思う。 正論は正しい、だが正論を武器にする奴は正しくない。 5 Link• Feed• Others• Mobile.

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朝礼で使えるちょっとした一言

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今日の一言 「失敗しても、ミスをしても、反省を求めてはいけない。 申し訳ありません。 」 上司が部下に反省を求める場面をよく見かけます。 それなのに、ほとんどの場合は上司が「反省させたい」だけなのです。 反省を強いるとどうなるか? 1.「ごめんなさい。 もうしません。 ・・」と、 とりあえず言っていればいいや、という 楽な「思考停止状態」に逃げ込むことになる。 この場を黙ってやり過ごせばよいという勘違いにつながる。 2.萎縮して自発的な行動が少なくなってしまう。 「失敗するデメリットの方が、チャレンジするメリット よりも大きい」というプログラムを脳に植え付けてしまう。 3.上司側は「反省させた」ことで自己満足に陥る。 そして大事なのは、 「何を正し、何を改善し、 具体的にどのように今後の行動を変えるのか?」 それが決まるのであれば、反省させるための反省は不要です。 自分の基準・自分の期待値・自分の「べき」・・・。 「これくらいはできるだろう」と、周りのメンバーに対する期待値も 高くなりますが、自分を基準として部下の行動や成果を見ても、 ほとんどの場合自分にはかなわないものです。 結果として、期待を下回る行動や成果が多くなるのは当たり前のことです。 褒める材料を無理やり探すのではなく、 褒める基準を少し下げるだけで褒める機会は何倍も増えることになります。 執念のない者は困難から発想する。 その違いは、後ろ向きか、前向きかという性格の問題ではありません。 ただ、「良好な人間関係」には2種類あります。 一つは、言いたいことも言えずにお互いが遠慮し合う組織、 言うべきことを言わない傷を舐め合う甘い組織。 もう一つは、嫌われ者になってでも厳しい要求をするリーダーがいて、 ちょっとした緊張感がありながらも、ベースには信頼感と一体感に溢れ、 常に成長を志向し、自律的に問題解決サイクルが回る組織。 そして、結果として違いが出るのは、「組織の目的」が達成できているかどうか。 何らかの改革や革新、そこまで行かなくてもちょっとした新たな改善や 提案をする際に、「また皆の手間が増えてしまう」「反対する人の気持ちも 考慮しなければ」と躊躇する人は非常に多いですが、そんな感情が 意思決定の軸になってしまうと、成長スピードは一気に停滞します。 簡単に言うと、 その躊躇は、「自分のため」なのか、「組織全体のため」なのか。 リーダーは、決して自分に向けられる批判を恐れてはいけません。 むしろ、皆が嫌がること、大変になること、苦しいことをわかっていな がらもなおそれを貫き通す覚悟が必要です。 もちろん、「ベースとなる信頼感と一体感」が「前提」であることは 言うまでもありません。 問題解決の基本として、 現象面に対処するのではなく、原因を分析し原因に対する解決策を講じる のは当たり前のことです。 また、成果を上げたいのならば、今までのやり方とは異なる何らかの 取組みを始める必要があるのも当たり前のことです。 結果や状態を変えたいのならば、プロセスを変えるしかありません。 それをせずに 「勝手によくなるだろうと期待しては、毎年同じ結果にがっかりする」 のは、狂気です。 どうやって指摘しようかな。 」 などと考え始めていないでしょうか。 そんな時、一瞬でよいから、「自分の思うように相手を変えてやろうという 気持ちになっていないか」を疑ってみるとよいかもしれません。 大人も同様です。 社員もスタッフも、部下も後輩も、 認められることは、幸福に生きるために 欠かせない欲求なのです。 自尊心がない状態で自分にその責を向けると、自分を傷つけてしまいます。 自分を守るために、それを回避して他責になるのです。 「認める、承認する、受容する」で包み込み、自尊心を満たした上で、 「気付きと変容を促す」という手順で進めましょう。 と同時に、一日の過ごし方が人生の縮図でもあります。 必要なのは、決して、がむしゃらに取り組むことではありません。 目の前の小さな約束、小さな行動を一つ一つ丁寧に続け、 少しずつ積み重ねること。 それによって、自分の心の器に自信の水が注がれ、満たされるのです。 毎日、伝え、発したいことを残していないか。 毎日、思いを残していないか。 その日残った水は、明日になると澱んでしまいます。 そして、思考が行動を引き起こします。 「受け止める人」は、反応を自ら選択し、相手や自分を受け止め、 状況や相手に柔軟に対応し、新たな道や可能性を見つけられます。 よって、「君のことを思って怒るんだ」 という「自己正当化」は、 至るところで当たり前に起こっているでしょう。 そうでもしないと、怒る方も大変ですから。 それくらいの「言い訳」や 「逃げ道」は許してほしいも思う時が私にもあります。 確かに言えるのは、怒りは不合理であるということ。 そこに愛や信頼がない怒りは特に、人や場のエネルギーを吸い取るだけでしょう。 『一人でいくら頑張っても結局できないからみんなとやる。 優秀な人が集まるに越したことはないが、綱引きで勝つのはタイミング の合ったチーム。 いくら体力をつけていたとしても、みんなの呼吸が ギュッと合わないとダメ。 みんなと仲良くうまく同じベクトルでやって いけるのが合理的。 それが楽しい。 相手を受け入れ、相手を信じて やっていく。 ミスを含めて信じてやっていく。 その方が気持ちいいし、人として正しいやり方だと思う。 正論は正しい、だが正論を武器にする奴は正しくない。 5 Link• Feed• Others• Mobile.

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