あつ森 来客 いない。 青年

客へ提供する酒のボトル一気飲み 居酒屋でも店員の悪ふざけ

あつ森 来客 いない

青年 青年 森鴎外 壱 小泉純一は芝日蔭町(しばひかげちょう)の宿屋を出て、東京方眼図を片手に人にうるさく問うて、新橋停留場(ていりゅうば)から上野行の電車に乗った。 目まぐろしい須田町(すだちょう)の乗換も無事に済んだ。 さて本郷三丁目で電車を降りて、追分(おいわけ)から高等学校に附いて右に曲がって、根津権現(ねづごんげん)の表坂上にある袖浦館(そでうらかん)という下宿屋の前に到着したのは、十月二十何日かの午前八時であった。 此処(ここ)は道が丁字路になっている。 権現前から登って来る道が、自分の辿(たど)って来た道を鉛直に切る処(ところ)に袖浦館はある。 木材にペンキを塗った、マッチの箱のような擬西洋造(まがいせいようづくり)である。 入口(いりくち)の鴨居(かもい)の上に、木札が沢山並べて嵌(は)めてある。 それに下宿人の姓名が書いてある。 純一は立ち留まって名前を読んで見た。 自分の捜す大石狷太郎(けんたろう)という名は上から二三人目に書いてあるので、すぐに見附かった。 赤い襷(たすき)を十文字に掛けて、上(あが)り口(くち)の板縁に雑巾(ぞうきん)を掛けている十五六の女中が雑巾の手を留めて、「どなたの所(ところ)へいらっしゃるの」と問うた。 「大石さんにお目に掛りたいのだが」 田舎から出て来た純一は、小説で読み覚えた東京詞(ことば)を使うのである。 丁度不慣(ふなれ)な外国語を使うように、一語一語考えて見て口に出すのである。 そしてこの返事の無難に出来たのが、心中で嬉しかった。 雑巾を掴(つか)んで突っ立った、ませた、おちゃっぴいな小女(こおんな)の目に映じたのは、色の白い、卵から孵(かえ)ったばかりの雛(ひよこ)のような目をしている青年である。 薩摩絣(さつまがすり)の袷(あわせ)に小倉(こくら)の袴(はかま)を穿(は)いて、同じ絣の袷羽織を着ている。 被物(かぶりもの)は柔かい茶褐(ちゃかつ)の帽子で、足には紺足袋に薩摩下駄を引っ掛けている。 当前(あたりまえ)の書生の風俗ではあるが、何から何まで新しい。 これで昨夕(ゆうべ)始めて新橋に着いた田舎者とは誰にも見えない。 小女は親しげに純一を見て、こう云った。 「大石さんの所(とこ)へいらっしったの。 あなた今時分いらっしったって駄目よ。 あの方は十時にならなくっちゃあ起きていらっしゃらないのですもの。 ですから、いつでも御飯は朝とお午(ひる)とが一しょになるの。 お帰りが二時になったり、三時になったりして、それからお休みになると、一日寐(ね)ていらっしってよ」 「それじゃあ、少し散歩をしてから、又来るよ」 「ええ。 それが好うございます」 純一は権現前の坂の方へ向いて歩き出した。 二三歩すると袂(たもと)から方眼図の小さく折ったのを出して、見ながら歩くのである。 自分の来た道では、官員らしい、洋服の男や、角帽の学生や、白い二本筋の帽を被った高等学校の生徒や、小学校へ出る子供や、女学生なんぞが、ぞろぞろと本郷の通(とおり)の方へ出るのに擦(す)れ違ったが、今坂の方へ曲って見ると、まるで往来(ゆきき)がない。 右は高等学校の外囲(そとがこい)、左は角が出来たばかりの会堂で、その傍(そば)の小屋のような家から車夫が声を掛けて車を勧めた処を通り過ぎると、土塀や生垣(いけがき)を繞(めぐ)らした屋敷ばかりで、その間に綺麗(きれい)な道が、ひろびろと附いている。 広い道を歩くものが自分ひとりになると共に、この頃の朝の空気の、毛髪の根を緊縮させるような渋み味を感じた。 そして今小女に聞いた大石の日常の生活を思った。 国から態々(わざわざ)逢(あ)いに出て来た大石という男を、純一は頭の中で、朧気(おぼろげ)でない想像図にえがいているが、今聞いた話はこの図の輪廓(りんかく)を少しも傷(きずつ)けはしない。 傷けないばかりではない、一層明確にしたように感ぜられる。 大石というものに対する、純一が景仰(けいこう)と畏怖(いふ)との或る混合の感じが明確になったのである。 坂の上に出た。 地図では知れないが、割合に幅の広いこの坂はSの字をぞんざいに書いたように屈曲して附いている。 純一は坂の上で足を留めて向うを見た。 灰色の薄曇をしている空の下に、同じ灰色に見えて、しかも透き徹(とお)った空気に浸されて、向うの上野の山と自分の立っている向(むこ)うが岡(おか)との間の人家の群(むれ)が見える。 ここで目に映ずるだけの人家でも、故郷の町程の大(おおき)さはあるように思われるのである。 純一は暫(しばら)く眺めていて、深い呼吸をした。 坂を降りて左側の鳥居を這入(はい)る。 花崗岩(みかげいし)を敷いてある道を根津神社の方へ行(ゆ)く。 下駄の磬(けい)のように鳴るのが、好(い)い心持である。 剥(は)げた木像の据えてある随身門(ずいじんもん)から内を、古風な瑞籬(たまがき)で囲んである。 故郷の家で、お祖母様(ばあさま)のお部屋に、錦絵(にしきえ)の屏風(びょうぶ)があった。 その絵に、どこの神社であったか知らぬが、こんな瑞垣(たまがき)があったと思う。 社殿の縁には、ねんねこ絆纏(ばんてん)の中へ赤ん坊を負(おぶ)って、手拭(てぬぐい)の鉢巻をした小娘が腰を掛けて、寒そうに体を竦(すく)めている。 純一は拝む気にもなれぬので、小さい門を左の方へ出ると、溝(みぞ)のような池があって、向うの小高い処には常磐木(ときわぎ)の間に葉の黄ばんだ木の雑(まじ)った木立がある。 濁ってきたない池の水の、所々に泡の浮いているのを見ると、厭(いや)になったので、急いで裏門を出た。 藪下(やぶした)の狭い道に這入る。 多くは格子戸の嵌まっている小さい家が、一列に並んでいる前に、売物の荷車が止めてあるので、体を横にして通る。 右側は崩れ掛って住まわれなくなった古長屋に戸が締めてある。 九尺二間(くしゃくにけん)というのがこれだなと思って通り過ぎる。 その隣に冠木門(かぶきもん)のあるのを見ると、色川国士別邸と不恰好(ぶかっこう)な木札に書いて釘附(くぎづけ)にしてある。 妙な姓名なので、新聞を読むうちに記憶していた、どこかの議員だったなと思って通る。 そらから先きは余り綺麗でない別荘らしい家と植木屋のような家とが続いている。 左側の丘陵のような処には、大分(だいぶ)大きい木が立っているのを、ひどく乱暴に刈り込んである。 手入の悪い大きい屋敷の裏手だなと思って通り過ぎる。 爪先上(つまさきあ)がりの道を、平になる処まで登ると、又右側が崖(がけ)になっていて、上野の山までの間の人家の屋根が見える。 ふいと左側の籠塀(かごべい)のある家を見ると、毛利某という門札が目に附く。 純一は、おや、これが鴎村(おうそん)の家だなと思って、一寸(ちょっと)立って駒寄(こまよせ)の中を覗(のぞ)いて見た。 干からびた老人の癖に、みずみずしい青年の中にはいってまごついている人、そして愚痴と厭味とを言っている人、竿(さお)と紐尺(ひもじゃく)とを持って測地師が土地を測るような小説や脚本を書いている人の事だから、今時分は苦虫を咬(か)み潰(つぶ)したような顔をして起きて出て、台所で炭薪(すみまき)の小言でも言っているだろうと思って、純一は身顫(みぶるい)をして門前を立ち去った。 四辻(よつつじ)を右へ坂を降りると右も左も菊細工の小屋である。 国の芝居の木戸番のように、高い台の上に胡坐(あぐら)をかいた、人買か巾着切りのような男が、どの小屋の前にもいて、手に手に絵番附のようなものを持っているのを、往来の人に押し附けるようにして、うるさく見物を勧める。 まだ朝早いので、通る人が少い処へ、純一が通り掛かったのだから、道の両側から純一一人を的(あて)にして勧めるのである。 外から見えるようにしてある人形を見ようと思っても、純一は足を留めて見ることが出来ない。 そこで覚えず足を早めて通り抜けて、右手の広い町へ曲った。 時計を出して見れば、まだ八時三十分にしかならない。 まだなかなか大石の目の醒(さ)める時刻にはならないので、好(い)い加減な横町を、上野の山の方へ曲った。 狭い町の両側は穢(きた)ない長屋で、塩煎餅(しおせんべい)を焼いている店や、小さい荒物屋がある。 物置にしてある小屋の開戸(ひらきど)が半分開(あ)いている為めに、身を横にして通らねばならない処さえある。 勾配(こうばい)のない溝に、芥(ごみ)が落ちて水が淀(よど)んでいる。 血色の悪い、瘠(や)せこけた子供がうろうろしているのを見ると、いたずらをする元気もないように思われる。 純一は国なんぞにはこんな哀(あわれ)な所はないと思った。 曲りくねって行(ゆ)くうちに、小川(こがわ)に掛けた板橋を渡って、田圃(たんぼ)が半分町になり掛かって、掛流しの折のような新しい家の疎(まばら)に立っている辺(あたり)に出た。 一軒の家の横側に、ペンキの大字で楽器製造所と書いてある。 成程、こんな物のあるのも国と違う所だと、純一は驚いて見て通った。 ふいと墓地の横手を谷中(やなか)の方から降りる、田舎道のような坂の下に出た。 灰色の雲のある処から、ない処へ日が廻(まわ)って、黄いろい、寂しい暖みのある光がさっと差して来た。 坂を上って上野の一部を見ようか、それでは余り遅くなるかも知れないと、危ぶみながら佇立(ちょりゅう)している。 さっきから坂を降りて来るのが、純一が視野のはずれの方に映っていた、書生風の男がじき傍まで来たので、覚えず顔を見合せた。 「小泉じゃあないか」 先方から声を掛けた。 「瀬戸か。 出し抜けに逢ったから、僕はびっくりした」 「君より僕の方が余(よ)っ程(ぽど)驚かなくちゃあならないのだ。 何時(いつ)出て来たい」 「ゆうべ着いたのだ。 やっぱり君は美術学校にいるのかね」 「うむ。 今学校から来たのだ。 モデルが病気だと云って出て来ないから、駒込(こまごめ)の友達の処へでも行(い)こうと思って出掛けた処だ」 「そんな自由な事が出来るのかね」 「中学とは違うよ」 純一は一本参ったと思った。 瀬戸速人(はやと)とはY市の中学で同級にいたのである。 「どこがどんな処だか、分からないから為方(しかた)がない」 純一は厭味気(いやみけ)なしに折れて出た。 瀬戸も実は受持教授が展覧会事務所に往(い)っていないのを幸(さいわい)に、腹が痛いとか何とか云って、ごまかして学校を出て来たのだから、今度は自分の方で気の毒なような心持になった。 そして理想主義の看板のような、純一の黒く澄んだ瞳(ひとみ)で、自分の顔の表情を見られるのが頗(すこぶ)る不愉快であった。 この時十七八の、不断着で買物にでも行(い)くというような、廂髪(ひさしがみ)の一寸愛敬(あいきょう)のある娘が、袖が障るように二人の傍を通って、純一の顔を、気に入った心持を隠さずに現したような見方で見て行った。 瀬戸はその娘の肉附の好(い)い体をじっと見て、慌てたように純一の顔に視線を移した。 「君はどこへ行(い)くのだい」 「路花(ろか)に逢おうと思って行った処が、十時でなけりゃあ起きないということだから、この辺(へん)をさっきからぶらぶらしている」 「大石路花か。 なんでもひどく無愛想な奴だということだ。 やっぱり君は小説家志願でいるのだね」 「どうなるか知れはしないよ」 「君は財産家だから、なんでも好きな事を遣(や)るが好(い)いさ。 紹介でもあるのかい」 「うむ。 君が東京へ出てから中学へ来た田中という先生があるのだ。 校友会で心易くなって、僕の処へ遊びに来たのだ。 その先生が大石の同窓だもんだから、紹介状を書いて貰った」 「そんなら好かろう。 随分話のしにくい男だというから、ふいと行ったって駄目だろうと思ったのだ。 もうそろそろ十時になるだろう。 そこいらまで一しょに行(い)こう」 二人は又狭い横町を抜けて、幅の広い寂しい通を横切って、純一の一度渡った、小川に掛けた生木(なまき)の橋を渡って、千駄木下(せんだぎした)の大通に出た。 菊見に行くらしい車が、大分続いて藍染橋(あいそめばし)の方から来る。 瀬戸が先へ立って、ペンキ塗の杙(くい)にゐで井病院と仮名違(かなちがい)に書いて立ててある、西側の横町へ這入るので、純一は附いて行(ゆ)く。 瀬戸が思い出したように問うた。 「どこにいるのだい」 「まだ日蔭町の宿屋にいる」 「それじゃあ居所が極(き)まったら知らせてくれ給えよ」 瀬戸は名刺を出して、動坂(どうざか)の下宿の番地を鉛筆で書いて渡した。 「僕はここにいる。 君は路花の処へ入門するのかね。 盛んな事を遣って盛んな事を書いているというじゃないか」 「君は読まないか」 「小説はめったに読まないよ」 二人は藪下へ出た。 瀬戸が立ち留まった。 「僕はここで失敬するが、道は分かるかね」 「ここはさっき通った処だ」 「それじゃあ、いずれその内」 「左様(さよう)なら」 瀬戸は団子坂(だんござか)の方へ、純一は根津権現の方へ、ここで袂を分かった。 弐 二階の八畳である。 東に向いている、西洋風の硝子窓(ガラスまど)二つから、形紙を張った向側(むこうがわ)の壁まで一ぱいに日が差している。 この袖浦館という下宿は、支那(しな)学生なんぞを目当にして建てたものらしい。 この部屋は近頃まで印度(インド)学生が二人住まって、籐(とう)の長椅子の上にごろごろしていたのである。 その時廉(やす)い羅氈(らせん)の敷いてあった床に、今は畳が敷いてあるが、南の窓の下には記念の長椅子が置いてある。 テエブルの足を切ったような大机が、東側の二つの窓の間の処に、少し壁から離して無造作に据えてある。 何故(なぜ)窓の前に置かないのだと、友達がこの部屋の主人に問うたら、窓掛を引けば日が這入らない、引かなければ目(ま)ぶしいと云った。 窓掛の白木綿で、主人が濡手(ぬれて)を拭いたのを、女中が見て亭主に告口をしたことがある。 亭主が苦情を言いに来た処が、もう洗濯(せんだく)をしても好(い)い頃だと、あべこべに叱って恐れ入らせたそうだ。 この部屋の主人は大石狷太郎である。 大石は今顔を洗って帰って来て、更紗(さらさ)の座布団の上に胡坐をかいて、小さい薬鑵(やかん)の湯気を立てている火鉢を引き寄せて、敷島(しきしま)を吹かしている。 そこへ女中が膳を持って来る。 その膳の汁椀(しるわん)の側(そば)に、名刺が一枚載せてある。 大石はちょいと手に取って名前を読んで、黙って女中の顔を見た。 女中はこう云った。 「御飯を上がるのだと申しましたら、それでは待っていると仰(おっ)しゃって、下にいらっしゃいます」 大石は黙って頷(うなず)いて飯を食い始めた。 食いながら座布団の傍(そば)にある東京新聞を拡げて、一面の小説を読む。 これは自分が書いているのである。 社に出ているうちに校正は自分でして置いて、これだけは毎朝一字残さずに読む。 それが非常に早い。 それからやはり自分の担当している附録にざっと目を通す。 附録は文学欄で填(うず)めていて、記者は四五人の外(ほか)に出(い)でない。 書くことは、第一流と云われる二三人の作の批評だけであって、その他の事には殆ど全く容喙(ようかい)しないことになっている。 大石自身はその二三人の中(うち)の一人なのである。 飯が済むと、女中は片手に膳、片手に土瓶を持って起(た)ちながら、こう云った。 「お客様をお通し申しましょうか」 「うむ、来ても好(い)い」 返事はしても、女中の方を見もしない。 随分そっけなくして、笑談(じょうだん)一つ言わないのに、女中は飽くまで丁寧にしている。 それは大石が外の客の倍も附届(つけとどけ)をするからである。 窓掛一件の時亭主が閉口して引っ込んだのも、同じわけで、大石は下宿料をきちんと払う。 時々は面倒だから来月分も取って置いてくれいなんぞと云うことさえある。 袖浦館の上から下まで、大石の金力に刃向うものはない。 それでいて、着物なんぞは随分質素にしている。 今着ている銘撰(めいせん)の綿入と、締めている白縮緬(しろちりめん)のへこ帯とは、相応に新しくはあるが、寝る時もこのまま寝て、洋服に着換えない時には、このままでどこへでも出掛けるのである。 大石が東京新聞を見てしまって、傍に畳(かさ)ねて置いてある、外の新聞二三枚の文学欄だけを拾読(ひろいよみ)をする処へ、さっきの名刺の客が這入ってきた。 二十二三の書生風の男である。 縞(しま)の綿入に小倉袴を穿いて、羽織は着ていない。 名刺には新思潮記者とあったが、実際この頃の真面目な記者には、こういう風なのが多いのである。 「近藤時雄です」 鋭い目の窪(くぼ)んだ、鼻の尖(とが)った顔に、無造作な愛敬を湛(たた)えて、記者は名告(なの)った。 「僕が大石です」 目を挙げて客の顔を見ただけで、新聞は手から置かない。 用があるなら、早く言ってしまって帰れとでも云いそうな心持が見える。 それでも、近藤の顔に初め見えていた微笑は消えない。 主人が新聞を手から置くことを予期しないと見える。 そしてあらゆる新聞雑誌に肖像の載せてある大石が、自分で名を名告ったのは、全く無用な事であって、その無用な事をしたのは、特に恩恵を施してくれたのだ位に思っているのかも知れない。 「先生。 何かお話は願われますまいか」 「何の話ですか」 新聞がやっと手を離れた。 「現代思想というようなお話が伺われると好(い)いのですが」 「別に何も考えてはいません」 「しかし先生のお作に出ている主人公や何ぞの心持ですな。 あれをみんなが色々に論じていますが、先生はどう思っていらっしゃるか分らないのです。 そういう事をお話なすって下さると我々青年は為合(しあわ)せなのですが。 ほんの片端(かたはし)で宜(よろ)しいのです。 手掛りを与えて下されば宜しいのです」 近藤は頻(しき)りに迫っている。 女中が又名刺を持って来た。 紹介状が添えてある。 大石は紹介状の田中亮(あきら)という署名と、小泉純一持参と書いてある処とを見たきりで、封を切らずに下に置いて、女中に言った。 「好(い)いからお通(とおり)なさいと云っておくれ」 近藤は肉薄した。 「どうでしょう、先生、願われますまいか」 梯子(はしご)の下まで来て待っていた純一は、すぐに上がって来た。 そして来客のあるのを見て、少し隔った処から大石に辞儀をして控えている。 急いで歩いて来たので、少し赤みを帯びている顔から、曇のない黒い瞳が、珍らしい外の世界を覗いている。 大石はこの瞳の光を自分の顔に注がれたとき、自分の顔の覚えず霽(はれ)やかになるのを感じた。 そして熱心に自分の顔を見詰めている近藤にこう云った。 「僕の書く人物に就いて言われるだけの事は、僕は小説で言っている。 その外に何があるもんかね。 僕はこの頃長い論文なんかは面倒だから読まないが、一体僕の書く人物がどうだと云っているかね」 始めて少し内容のあるような事を言った。 それに批評家が何と云っていると云うことを、向うに話させれば、勢(いきおい)その通だとか、そうではないとか云わなくてはならなくなる。 今来た少年の、無垢(むく)の自然をそのままのような目附を見て、大石は気が附いたが、既に遅かった。 「批評家は大体こう云うのです。 先生のお書になるものは真の告白だ。 ああ云う告白をなさる厳粛な態度に服する。 Aurelius Augustinus(オオレリアス オオガスチヌス)だとか、Jean Jaques Rousseau(ジャン ジャック ルソオ)だとか云うような、昔の人の取った態度のようだと云うのです」 「難有(ありがた)いわけだね。 僕は今の先生方の論文も面倒だから読まないが、昔の人の書いたものも面倒だから読まない。 しかし聖Augustinus(オオガスチヌス)は若い時に乱行を遣って、基督(クリスト)教に這入ってから、態度を一変してしまって、fanatic(ファナチック)な坊さんになって懺悔(ざんげ)をしたのだそうだ。 Rousseau(ルソオ)は妻と名の附かない女と一しょにいて、子が出来たところで、育て方に困って、孤児院へ入れたりなんぞしたことを懺悔したが、生れつき馬鹿に堅い男で、伊太利(イタリイ)の公使館にいた時、すばらしい別品(べっぴん)の処へ連れて行(い)かれたのに、顫え上ってどうもすることが出来なかったというじゃあないか。 僕の書いている人物はだらしのない事を遣っている。 地獄を買っている。 あれがそんなにえらいと云うのかね」 「ええ。 それがえらいと云うのです。 地獄はみんなが買います。 地獄を買っていて、己(おれ)は地獄を買っていると自省する態度が、厳粛だと云うのです」 「それじゃあ地獄を買わない奴は、厳粛な態度は取れないと云うのかね」 「そりゃあ地獄も買うことの出来ないような偏屈な奴もありましょう。 買っていても、矯飾して知らない振をしている奴もありましょう。 そういう奴は内生活が貧弱です。 そんな奴には芸術の趣味なんかは分かりません。 小説なんぞは書けません。 懺悔の為様がない。 告白をする内容がない。 厳粛な態度の取りようがないと云うのです」 「ふん。 それじゃあ偏屈でもなくって、矯飾もしないで、芸術の趣味の分かる、製作の出来る人間はいないと云うのかね」 「そりゃあ、そんな神のようなものが有るとも無いとも、誰(たれ)も断言はしていません。 しかし批評の対象は神のようなものではありません。 人間です」 「人間は皆地獄を買うのかね」 「先生。 僕を冷かしては行(い)けません」 「冷かしなんぞはしない」大石は睫毛(まつげ)をも動かさずに、ゆったり胡坐をかいている。 帳場のぼんぼん時計が、前触(まえぶれ)に鍋(なべ)に物の焦げ附くような音をさせて、大業(おおぎょう)に打ち出した。 留所(とめど)もなく打っている。 十二時である。 近藤は気の附いたような様子をして云った。 「お邪魔をいたしました。 又伺います」 「さようなら。 こっちのお客が待たせてあるから、お見送りはしませんよ」 「どう致しまして」近藤は席を立った。 大石は暫くじっと純一の顔を見ていて、気色(けしき)を柔げて詞を掛けた。 「君ひどく待たせたねえ。 飯前じゃないか」 「まだ食べたくありません」 「何時に朝飯を食ったのだい」 「六時半です」 「なんだ。 君のような壮(さか)んな青年が六時半に朝飯を食って、午(ひる)が来たのに食べたくないということがあるものか。 嘘(うそ)だろう」 語気が頗る鋭い。 純一は一寸不意に出られてまごついたが、主人の顔を仰いでいる目は逸(そら)さなかった。 純一の心の中(うち)では、こういう人の前で世間並の空辞儀(からじぎ)をしたのは悪かったと思う悔やら、その位な事をしたからと云って、行(い)きなり叱ってくれなくても好さそうなものだと思う不平やらが籠(こ)み合って、それでまごついたのである。 「僕が悪うございました。 食べたくないと云ったのは嘘です」 「はははは。 君は素直で好(い)い。 ここの内の飯は旨(うま)くはないが、御馳走しよう。 その代り一人で食うのだよ。 僕はまだ朝飯から二時間立たないのだから」 誂(あつら)えた飯は直ぐに来た。 純一が初(はじめ)に懲りて、遠慮なしに食うのを、大石は面白そうに見て、煙草を呑(の)んでいる。 純一は食いながらこんな事を思うのである。 大石という人は変っているだろうとは思ったが、随分勝手の違いようがひどい。 さっきの客が帰った迹(あと)で、黙っていてくれれば、こっちから用事を言い出すのであった。 飯を食わせる程なら、何の用事があって来たかと問うても好さそうなものだに黙っていられるから、言い出す機会がない。 持って来た紹介状も、さっきから見れば、封が切らずにある。 紹介状も見ず、用事も問わずに、知らない人に行きなり飯を食わせるというような事は、話にも聞いたことがない。 ひどい勝手の違いようだと思っているのである。 ところが、大石の考(かんがえ)は頗る単純である。 純一が自分を崇拝している青年の一人(いちにん)だということは、顔の表情で知れている。 田中が紹介状を書いたのを見ると、何処(どこ)から来たということも知れている。 Y県出身の崇拝者。 目前で大飯を食っている純一のattribute(アトリビュウト)はこれで尽きている。 多言を須(もち)いないと思っているのである。 飯が済んで、女中が膳を持って降りた。 その時大石はついと立って、戸棚から羽織を出して着ながらこう云った。 「僕は今から新聞社に行くから、又遊びに来給え。 夜は行(い)けないよ」 机の上の書類を取って懐(ふところ)に入れる。 長押(なげし)から中折れの帽を取って被る。 転瞬倏忽(てんしゅんしゅくこつ)の間に梯子段を降りるのである。 純一は呆(あき)れて帽を攫(つか)んで後(あと)に続いた。 参 初めて大石を尋ねた翌日の事である。 純一は居所を極めようと思って宿屋を出た。 袖浦館を見てから、下宿屋というものが厭になっているので、どこか静かな処(ところ)で小さい家を借りようと思うのである。 前日には大石に袖浦館の前で別れて、上野へ行って文部省の展覧会を見て帰った。 その時上野がなんとなく気に入ったので、きょうは新橋から真直に上野へ来た。 博物館の門に突き当って、根岸の方へ行(ゆ)こうか、きのう通った谷中の方へ行こうかと暫(しばら)く考えたが、大石を尋ねるに便利な処をと思っているので、足が自然に谷中の方へ向いた。 美術学校の角を曲って、桜木町から天王寺の墓地へ出た。 今日も風のない好(い)い天気である。 銀杏(いちょう)の落葉の散らばっている敷石を踏んで、大小種々な墓石に掘ってある、知らぬ人の名を読みながら、ぶらぶらと初音町(はつねちょう)に出た。 人通りの少い広々とした町に、生垣を結い繞(めぐ)らした小さい家の並んでいる処がある。 その中の一軒の、自然木(しぜんぼく)の門柱(もんばしら)に取り附けた柴折戸(しおりど)に、貸家の札が張ってあるのが目に附いた。 純一がその門の前に立ち留まって、垣の内を覗いていると、隣の植木鉢を沢山入口(いりくち)に並べてある家から、白髪(しらが)の婆あさんが出て来て話をし掛けた。 聞けば貸家になっている家は、この婆あさんの亭主で、植木屋をしていた爺いさんが、倅(せがれ)に娵(よめ)を取って家を譲るとき、新しく立てて這入(はい)った隠居所なのである。 爺いさんは四年前に、倅が戦争に行っている留守に、七十幾つとかで亡くなった。 それから貸家にして、油画をかく人に借(か)していたが、先月その人が京都へ越して行って、明家(あきや)になったというのである。 画家は一人ものであった。 食事は植木屋から運んだ。 総てこの家から上がる銭は婆あさんのものになるので、若(も)し一人もののお客が附いたら、やはり前通りに食事の世話をしても好(い)いと云っている。 婆あさんの質樸(しつぼく)で、身綺麗(みぎれい)にしているのが、純一にはひどく気に入った。 婆あさんの方でも、純一の大人しそうな、品の好(い)いのが、一目見て気に入ったので、「お友達があって、御一しょにお住まいになるなら、それでも宜しゅうございますが、出来ることならあなたのようなお方に、お一人で住まって戴(いただ)きたいのでございます」と云った。 「まあ、とにかく御覧なすって下さい」と云って、婆あさんは柴折戸を開けた。 純一は国のお祖母(ば)あ様の腰が曲って耳の遠いのを思い出して、こんな巌乗(がんじょう)な年寄もあるものかと思いながら、一しょに這入って見た。 婆あさんは建ててから十年になると云うが、住み荒したと云うような処は少しもない。 この家に手入をして綺麗にするのを、婆あさんは為事にしていると云っているが、いかにもそうらしく思われる。 一番好(い)い部屋は四畳半で、飛石の曲り角に蹲(つくば)いの手水鉢(ちょうずばち)が据えてある。 茶道口(ちゃどうぐち)のような西側の戸の外は、鏡のように拭き入れた廊下で、六畳の間に続けてある。 それに勝手が附いている。 純一は、これまで、茶室というと陰気な、厭な感じが伴うように思っていた。 国の家には、旧藩時代に殿様がお出(いで)になったという茶席がある。 寒くなってからも蚊がいて、気の詰まるような処であった。 それにこの家は茶掛かった拵(こしら)えでありながら、いかにも晴晴(はればれ)している。 蹂口(にじりぐち)のような戸口が南向になっていて、東の窓の外は狭い庭を隔てて、直ぐに広い往来になっているからであろう。 話はいつ極まるともなく極まったという工合である。 一巡(ひとまわり)して来て、蹂口に据えてある、大きい鞍馬石(くらまいし)の上に立ち留まって、純一が「午(ひる)から越して来ても好(い)いのですか」と云うと、蹲の傍(そば)の苔(こけ)にまじっている、小さい草を撮(つま)んで抜いていた婆あさんが、「宜しいどころじゃあございません、この通りいつでもお住まいになるように、毎日掃除をしていますから」と云った。 隣の植木屋との間は、低い竹垣になっていて、丁度純一の立っている向うの処に、花の散ってしまった萩(はぎ)がまん円(まる)に繁っている。 その傍に二度咲のダアリアの赤に黄の雑(まじ)った花が十ばかり、高く首を擡(もた)げて咲いている。 その花の上に青み掛かった日の光が一ぱいに差しているのを、純一が見るともなしに見ていると、萩の茂みを離れて、ダアリアの花の間へ、幅の広いクリイム色のリボンを掛けた束髪の娘の頭がひょいと出た。 大きい目で純一をじいっと見ているので、純一もじいっと見ている。 婆あさんは純一の視線を辿(たど)って娘の首を見着けて、「おやおや」と云った。 「お客さま」 答を待たない問の調子で娘は云って、にっこり笑った。 そして萩の茂みに隠れてしまった。 純一は午後越して来る約束をして、忙がしそうにこの家の門を出た。 植木屋の前を通るとき、ダアリアの咲いているあたりを見たが、四枚並べて敷いてある御蔭石(みかげいし)が、萩の植わっている処から右に折れ曲っていて、それより奥は見えなかった。 四 初音町に引き越してから、一週間目が天長節であった。 瀬戸の処へは、越した晩に葉書を出して、近い事だから直ぐにも来るかと思ったが、まだ来ない。 大石の処へは、二度目に尋ねて行って、詩人になりたい、小説が書いて見たいと云う志願を話して見た。 詩人は生れるもので、己(おれ)がなろうと企てたってなられるものではないなどと云って叱られはすまいかと、心中危ぶみながら打ち出して見たが、大石は好(い)いとも悪いとも云わない。 稽古(けいこ)のしようもない。 修行のしようもない。 只書いて見るだけの事だ。 文章なんぞというものは、擬古文でも書こうというには、稽古の必要もあろうが、そんな事は大石自身にも出来ない。 自身の書いているものにも、仮名違(かなちがい)なんぞは沢山あるだろう。 そんな事には頓着(とんじゃく)しないで遣(や)っている。 要するに頭次第だと云った。 それから、とにかく余り生産的な為事(しごと)ではないが、その方はどう思っているかと問われたので、純一が資産のある家の一人息子に生れて、パンの為めに働くには及ばない身の上だと話すと、大石は笑って、それでは生活難と闘わないでも済むから、一廉(ひとかど)の労力の節減は出来るが、その代り刺戟(しげき)を受けることが少いから、うっかりすると成功の道を踏みはずすだろうと云った。 純一は何の掴(つか)まえ処もない話だと思って稍(や)や失望したが、帰ってから考えて見れば、大石の言ったより外に、別に何物かがあろうと思ったのが間違で、そんな物はありようがないのだと悟った。 そしてなんとなく寂しいような、心細いような心持がした。 一度は、家主(いえぬし)の植長(うえちょう)がどこからか買い集めて来てくれた家具の一つの唐机(とうづくえ)に向って、その書いて見るということに著手(ちゃくしゅ)しようとして見たが、頭次第だと云う頭が、どうも空虚で、何を書いて好(い)いか分らない。 東京に出てからの感じも、何物かが有るようで無いようで、その有るようなものは雑然としていて、どこを押えて見ようという処がない。 馬鹿らしくなって、一旦持った筆を置いた。 天長節の朝であった。 目が醒(さ)めて見ると、四畳半の東窓の戸の隙(すき)から、オレンジ色の日が枕の処まで差し込んで、細かい塵(ちり)が活溌(かっぱつ)に跳(おど)っている。 枕元に置いて寝た時計を取って見れば、六時である。 純一は国にいるとき、学校へ御真影を拝みに行ったことを思い出した。 そしてふいと青山の練兵場(ば)へ行って見ようかと思ったが、すぐに又自分で自分を打ち消した。 兵隊の沢山並んで歩くのを見たってつまらないと思ったのである。 そのうち婆あさんが朝飯を運んで来たので、純一が食べていると、「お婆あさん」と、優しい声で呼ぶのが聞えた。 純一の目は婆あさんの目と一しょに、その声の方角を辿って、南側の戸口の処から外へ、ダアリアの花のあたりまで行くと、この家を借りた日に見た少女の頭が、同じ処に見えている。 リボンはやはりクリイム色で純一が宮島へ詣(まい)ったとき見た鹿の目を思い出させた。 純一は先の日にちらと見たばかりで、その後この娘の事を一度も思い出さずにいたが、今又ふいとその顔を見て、いつの間にか余程親しくなっているような心持がした。 意識の閾(しきい)の下を、この娘の影が往来していたのかも知れない。 婆あさんはこう云った。 「おや、いらっしゃいまし。 安(やす)は団子坂まで買物に参りましたが、もう直(じき)に帰って参りましょう。 まあ一寸(ちょっと)こちらへいらっしゃいまし」 「往(い)っても好くって」 「ええええ。 あちらから廻っていらっしゃいまし」 少女の頭は萩の茂みの蔭に隠れた。 婆あさんは純一に、少女が中沢という銀行頭取の娘で、近所の別荘にいるということ、娵の安がもと別荘で小間使をしていて娘と仲好(なかよし)だということを話した。 その隙(ひま)に植木屋の勝手の方へ廻ったお雪さんは、飛石伝いに離れの前に来た。 中沢の娘はお雪さんというのである。 婆あさんが、「この方が今度越していらっしゃった小泉さんという方でございます」というと、お雪さんは黙ってお辞儀をして、純一の顔をじいっと見て立っている。 着物も羽織もくすんだ色の銘撰(めいせん)であるが、長い袖の八口(やつくち)から緋縮緬(ひぢりめん)の襦袢(じゅばん)の袖が飜(こぼ)れ出ている。 飲み掛けた茶を下に置いて、これも黙ってお辞儀をした純一の顔は赤くなったが、お雪さんの方は却(かえ)って平気である。 そして稍々(やや)身を反らせているかと思われる位に、真直に立っている。 純一はそれを見て、何だか人に逼(せま)るような、戦(たたかい)を挑むような態度だと感じたのである。 純一は何とか云わなくてはならないと思ったが、どうも詞(ことば)が見付からなかった。 そして茶碗を取り上げて、茶を一口に飲んだ。 婆あさんが詞を挟んだ。 「お嬢様は好く画を見にいらっしゃいましたが、小泉さんは御本をお読みなさるのですから、折々いらっしゃって御本のお話をお聞きなさいますと宜しゅうございます。 御本のお話はお好きでございましょう」 「ええ」 純一は、「僕は本は余り読みません」と云った。 言って了(しま)うと自分で、まあ、何と云う馬鹿気た事を言ったものだろうと思った。 そしてお雪さんの感情を害しはしなかったかと思って、気色(けしき)を伺った。 しかしお雪さんは相変らず口元に微笑を湛(たた)えているのである。 その微笑が又純一には気になった。 それはどうも自分を見下(みくだ)している微笑のように思われて、その見下されるのが自分の当然受くべき罰のように思われたからである。 純一はどうにかして名誉を恢復(かいふく)しなくてはならないような感じがした。 そして余程勇気を振り起して云った。 「どうです。 少しお掛なすっては」 「難有(ありがと)う」 右の草履が碾磑(ひきうす)の飛石を一つ踏んで、左の草履が麻の葉のような皴(しゅん)のある鞍馬の沓脱(くつぬぎ)に上がる。 お雪さんの体がしなやかに一捩(ひとねじ)り捩られて、長い書生羽織に包まれた腰が蹂口に卸された。 諺(ことわざ)にもいう天長節日和の冬の日がぱっと差して来たので、お雪さんは目映(まぶ)しそうな顔をして、横に純一の方に向いた。 純一が国にいるとき取り寄せた近代美術史に、ナナという題のマネエの画があって、大きな眉刷毛(まゆばけ)を持って、鏡の前に立って、一寸横に振り向いた娘がかいてあった。 その稍や規則正し過ぎるかと思われるような、細面(ほそおもて)な顔に、お雪さんが好く似ていると思うのは、額を右から左へ斜(ななめ)に掠(かす)めている、小指の大きさ程ずつに固まった、柔かい前髪の為めもあろう。 その前髪の下の大きい目が、日に目映しがっても、少しも純一には目映しがらない。 「あなたお国からいらっしった方のようじゃあないわ」 純一は笑いながら顔を赤くした。 そして顔の赤くなるのを意識して、ひどく忌々しがった。 それに出し抜けに、美中に刺(し)ありともいうべき批評の詞を浴(あび)せ掛けるとは、怪(け)しからん事だと思った。 婆あさんはお鉢を持って、起(た)って行った。 二人は暫く無言でいた。 純一は急に空気が重くろしくなったように感じた。 垣の外を、毛皮の衿(えり)の附いた外套(がいとう)を着た客を載せた車が一つ、田端の方へ走って行った。 とうとう婆あさんが膳を下げに来るまで、純一は何の詞をも見出(みいだ)すことを得なかった。 婆あさんは膳と土瓶とを両手に持って、二人の顔を見競(みくら)べて、「まあ、大相(たいそう)お静(しずか)でございますね」と云って、勝手へ行った。 蹲の向うの山茶花(さざんか)の枝から、雀が一羽飛び下りて、蹲の水を飲む。 この不思議な雀が純一の結ぼれた舌を解(ほど)いた。 「雀が水を飲んでいますね」 「黙っていらっしゃいよ」 純一は起って閾際まで出た。 雀はついと飛んで行った。 お雪さんは純一の顔を仰いで見た。 「あら、とうとう逃がしておしまいなすってね」 「なに、僕が来なくたって逃げたのです」大分遠慮は無くなったが、下手な役者が台詞(せりふ)を言うような心持である。 「そうじゃないわ」詞遣は急劇に親密の度を加えて来る。 少し間を置いて、「わたし又来てよ」と云うかと思うと、大きい目の閃(ひらめき)を跡に残して、千代田草履は飛石の上をばたばたと踏んで去った。 五 純一は机の上にある仏蘭西(フランス)の雑誌を取り上げた。 中学にいるときの外国語は英語であったが、聖公会の宣教師の所へ毎晩通って、仏語を学んだ。 初(はじめ)は暁星(ぎょうせい)学校の教科書を読むのも辛かったが、一年程通っているうちに、ふいと楽に読めるようになった。 そこで教師のベルタンさんに頼んで、巴里(パリイ)の書店に紹介して貰った。 それからは書目を送ってくれるので、新刊書を直接に取寄せている。 雑誌もその書店が取り次いで送ってくれるのである。 開けた処には、セガンチニの死ぬるところが書いてある。 氷山を隣に持った小屋のような田舎屋である。 ろくな煖炉(だんろ)もない。 そこで画家は死に瀕(ひん)している。 体のうちの臓器はもう運転を停(とど)めようとしているのに、画家は窓を開けさせて、氷の山の巓(いただき)に棚引く雲を眺めている。 純一は巻を掩(おお)うて考えた。 芸術はこうしたものであろう。 自分の画(え)がくべきアルプの山は現社会である。 国にいたとき夢みていた大都会の渦巻は今自分を漂わせているのである。 いや、漂わせているのなら好(い)い。 漂わせていなくてはならないのに、自分は岸の蔦蘿(つたかずら)にかじり附いているのではあるまいか。 正しい意味で生活していないのではあるまいか。 セガンチニが一度も窓を開けず、戸の外へ出なかったら、どうだろう。 そうしたら、山の上に住まっている甲斐(かい)はあるまい。 今東京で社会の表面に立っている人に、国の人は沢山ある。 世はY県の世である。 国を立つとき某元老に紹介して遣ろう、某大臣に紹介して遣ろうと云った人があったのを皆ことわった。 それはそういう人達がどんなに偉大であろうが、どんなに権勢があろうが、そんな事は自分の目中(もくちゅう)に置いていなかったからである。 それから又こんな事を思った。 人の遭遇というものは、紹介状や何ぞで得られるものではない。 紹介状や何ぞで得られたような遭遇は、別に或物が土台を造っていたのである。 紹介状は偶然そこへ出くわしたのである。 開(あ)いている扉があったら足を容(い)れよう。 扉が閉じられていたら通り過ぎよう。 こう思って、田中さんの紹介状一本の外は、皆貰わずに置いたのである。 自分は東京に来ているには違ない。 しかしこんなにしていて、東京が分かるだろうか。 こうしていては国の書斎にいるのも同じ事ではあるまいか。 同じ事なら、まだ好(い)い。 国で中学を済ませた時、高等学校の試験を受けに東京へ出て、今では大学にはいっているものもある。 瀬戸のように美術学校にはいっているものもある。 直ぐに社会に出て、職業を求めたものもある。 自分が優等の成績を以て卒業しながら、仏蘭西語の研究を続けて、暫く国に留(とど)まっていたのは、自信があり抱負があっての事であった。 学士や博士になることは余り希望しない。 世間にこれぞと云って、為(し)て見たい職業もない。 家には今のように支配人任せにしていても、一族が楽に暮らして行(ゆ)かれるだけの財産がある。 そこで親類の異議のうるさいのを排して創作家になりたいと決心したのであった。 そう思い立ってから語学を教えて貰っている教師のベルタンさんに色々な事を問うて見たが、この人は巴里の空気を呼吸していた人の癖に、そんな方面の消息は少しも知らない。 本業で読んでいる筈(はず)の新旧約全書でも、それを偉大なる文学として観察するという事はない。 何かその中の話を問うて見るのに、啻(ただ)に文学として観(み)ていないばかりではない、楽(たのし)んで読んでいるという事さえないようである。 只寺院の側から観た煩瑣(はんさ)な註釈を加えた大冊の書物を、深く究めようともせずに、貯蔵しているばかりである。 そして日々の為事には、国から来た新聞を読む。 新聞では列国の均勢とか、どこかで偶々(たまたま)起っている外交問題とかいうような事に気を着けている。 そんなら何か秘密な政治上のミッションでも持っているかと云うに、そうでもないらしい。 恐らくは、欧米人の謂(い)う珈琲卓(コオフィイづくえ)の政治家の一人(いちにん)なのであろう。 その外には東洋へ立つ前に買って来たという医書を少し持っていて、それを読んで自分の体だけの治療をする。 殊にこの人の褐色の長い髪に掩われている頭には、持病の頭痛があって、古びたタラアルのような黒い衣で包んでいる腰のあたりにも、厭(いや)な病気があるのを、いつも手前療治で繕っているらしい。 そんな人柄なので少し話を文学や美術の事に向けようとすると、顧みて他を言うのである。 ようようの思(おもい)でこの人に為て貰った事は巴里の書肆(しょし)へ紹介して貰っただけである。 こんな事を思っている内に、故郷の町はずれの、田圃(たんぼ)の中に、じめじめした処へ土を盛って、不恰好(ぶかっこう)に造ったペンキ塗の会堂が目に浮ぶ。 聖公会と書いた、古びた木札の掛けてある、赤く塗った門を這入ると、瓦(かわら)で築き上げた花壇が二つある。 その一つには百合(ゆり)が植えてある。 今一つの方にはコスモスが植えてある。 どちらも春から芽を出しながら、百合は秋の初、コスモスは秋の季(すえ)に覚束(おぼつか)なげな花が咲くまで、いじけたままに育つのである。 中にもコスモスは、胡蘿蔔(にんじん)のような葉がちぢれて、瘠(や)せた幹がひょろひょろして立っているのである。 その奥の、搏風(はふ)だけゴチック賽(まがい)に造った、ペンキ塗のがらくた普請が会堂で、仏蘭西語を習いに行(ゆ)く、少数の青年の外には、いつまで立っても、この中へ這入って来る人はない。 ベルタンさんは老いぼれた料理人兼小使を一人使って、がらんとした、稍(やや)大きい家に住んでいるのだから、どこも彼処(かしこ)も埃(ほこり)だらけで、白昼に鼠(ねずみ)が駈け廻っている。 ベルタンさんは長崎から買って来たという大きいデスクに、千八百五十何年などという年号の書いてある、クロオスの色の赤だか黒だか分からなくなった書物を、乱雑に積み上げて置いている。 その側には食い掛けた腸詰や乾酪(かんらく)を載せた皿が、不精にも勝手へ下げずに、国から来たFigaro(フィガロ)の反古(ほご)を被(かぶ)せて置いてある。 虎斑(とらふ)の猫が一匹積み上げた書物の上に飛び上がって、そこで香箱を作って、 その向うに、茶褐色の長い髪を、白い広い額から、背後(うしろ)へ掻(か)き上げて、例のタラアルまがいの黒い服を着て、お祖父(じい)さん椅子に、誰(たれ)やらに貰ったという、北海道の狐の皮を掛けて、ベルタンさんが据わっている。 夏も冬も同じ事である。 冬は部屋の隅の鉄砲煖炉に松真木(まつまき)が燻(くすぶ)っているだけである。 或日稽古の時間より三十分ばかり早く行ったので、ベルタンさんといろいろな話をした。 その時教師がお前は何になる積りかと問うたので、正直にRomancier(ロマンシェエ)になると云った。 ベルタンさんは二三度問い返して、妙な顔をして黙ってしまった。 この人は小説家というものに就いては、これまで少しも考えて見た事がないので、何と云って好(い)いか分からなかったらしい。 殆どわたくしは火星へ移住しますとでも云ったのと同じ位に呆れたらしい。 純一は読み掛けた雑誌も読まずにこんな回想に耽(ふけ)っていたが、ふと今朝婆あさんの起して置いてくれた火鉢の火が、真白い灰を被って小さくなってしまったのに気が附いて、慌てて炭をついで、頬を膨らせて頻(しき)りに吹き始めた。 六 天長節の日の午前はこんな風で立ってしまった。 婆あさんの運んで来た昼食(ひるしょく)を食べた。 そこへぶらりと瀬戸速人(はやと)が来た。 婆あさんが倅の長次郎に白(しら)げさせて持(も)て来た、小さい木札に、純一が名を書いて、門の柱に掛けさせて置いたので、瀬戸はすぐに尋ね当てて這入って来たのである。 日当りの好(い)い小部屋で、向き合って据わって見ると、瀬戸の顔は大分故郷にいた時とは違っている。 谷中の坂の下で逢ったときには、向うから声を掛けたのと顔の形よりは顔の表情を見たのとで、さ程には思わなかったが、瀬戸の昔油ぎっていた顔が、今は干からびて、目尻や口の周囲(まわり)に、何か言うと皺(しわ)が出来る。 家主(いえぬし)の婆あさんなんぞは婆あさんでも最少(もすこ)し艶々(つやつや)しているように思われるのである。 瀬戸はこう云った。 「ひどくしゃれた内を見附けたもんだなあ」 「そうかねえ」 「そうかねえもないもんだ。 一体君は人に無邪気な青年だと云われる癖に、食えない人だよ。 田舎から飛び出して来て、大抵の人間ならまごついているんだが、誰(だれ)の所をでも一人で訪問する。 家を一人で探して借りる。 まるで百年も東京にいる人のようじゃないか」 「君、東京は百年前にはなかったよ」 「それだ。 君のそう云う方面は馬鹿な奴には分からないのだ。 君はずるいよ」 瀬戸は頻りにずるいよを振り廻して、純一の知己を以て自ら任じているという風である。 それからこんな事を言った。 今日の午後は暇なので、純一がどこか行きたい処でもあるなら、一しょに行っても好(い)い。 上野の展覧会へ行っても好い。 浅草公園へ散歩に行っても好い。 今一つは自分の折々行く青年倶楽部(クラブ)のようなものがある。 会員は多くは未来の文士というような連中で、それに美術家が二三人加わっている。 極(ごく)真面目な会で、名家を頼んで話をして貰う事になっている。 今日は拊石(ふせき)が来る。 路花なんぞとは流派が違うが、なんにしろ大家の事だから、いつもより盛んだろうと思うというのである。 純一は画なんぞを見るには、分かっても分からなくても、人と一しょに見るのが嫌(きらい)である。 浅草公園の昨今の様子は、ちょいちょい新聞に出る出来事から推し測って見ても、わざわざ往って見る気にはなられない。 拊石という人は流行に遅れたようではあるが、とにかく小説家中で一番学問があるそうだ。 どんな人か顔を見て置こうと思った。 そこで倶楽部へ連れて行って貰うことにした。 二人は初音町を出て、上野の山をぶらぶら通り抜けた。 博物館の前にも、展覧会の前にも、馬車が幾つも停めてある。 精養軒の東照宮の方に近い入口の前には、立派な自動車が一台ある。 瀬戸が云った。 「汽車はタアナアがかいたので画になったが、まだ自動車の名画というものは聞かないね」 「そうかねえ。 文章にはもう大分あるようだが」 「旨(うま)く書いた奴があるかね」 「小説にも脚本にも沢山書いてあるのだが、只使ってあるというだけのようだ。 旨く書いたのはやっぱりマアテルリンクの小品位のものだろう」 「ふん。 一体自動車というものは幾ら位するだろう」 「五六千円から、少し好(い)いのは一万円以上だというじゃあないか」 「それじゃあ、僕なんぞは一生画をかいても、自動車は買えそうもない」 瀬戸は火の消えた朝日を、人のぞろぞろ歩いている足元へ無遠慮に投げて、苦笑をした。 笑うとひどく醜くなる顔である。 広小路に出た。 国旗をぶっちがえにして立てた電車が幾台も来るが、皆満員である。 瀬戸が無理に人を押し分けて乗るので、純一も為方なしに附いて乗った。 須田町で乗り換えて、錦町で降りた。 横町へ曲って、赤煉瓦の神田区役所の向いの処に来ると、瀬戸が立ち留まった。 この辺には木造のけちな家ばかり並んでいる。 その一軒の庇(ひさし)に、好く本屋の店先に立ててあるような、木の枠に紙を張り附けた看板が立て掛けてある。 上の方へ横に羅馬(ロオマ)字でDIDASKALIA(ジダスカリア)と書いて、下には竪(たて)に十一月例会と書いてある。 「ここだよ。 二階へ上がるのだ」 瀬戸は下駄や半靴の乱雑に脱ぎ散らしてある中へ、薩摩下駄を跳ね飛ばして、正面の梯子(はしご)を登って行(い)く。 純一は附いて上がりながら、店を横目で見ると、帳場の格子の背後(うしろ)には、二十(はたち)ばかりの色の蒼(あお)い五分刈頭の男がすわっていて、勝手に続いているらしい三尺の口に立っている赧顔(あからがお)の大女と話をしている。 女は襷(たすき)がけで、裾をまくって、膝(ひざ)の少し下まである、鼠色になった褌(ふんどし)を出している。 その女が「いらっしゃい」と大声で云って、一寸こっちを見ただけで、轡虫(くつわむし)の鳴くような声で、話をし続けているのである。 二階は広くてきたない。 一方の壁の前に、卓(テエブル)と椅子とが置いてあって、卓の上には花瓶に南天が生けてあるが、いつ生けたものか葉がところどころ泣菫(きゅうきん)の所謂(いわゆる)乾反葉(ひそりば)になっている。 その側に水を入れた瓶とコップとがある。 十四五人ばかりの客が、二つ三つの火鉢を中心にして、よごれた座布団の上にすわっている。 間々にばら蒔(ま)いてある座布団は跡から来る客を待っているのである。 客は大抵紺飛白(こんがすり)の羽織に小倉袴(こくらばかま)という風で、それに学校の制服を着たのが交っている。 中には大学や高等学校の服もある。 会話は大分盛んである。 丁度純一が上がって来たとき、上(あが)り口(くち)に近い一群(ひとむれ)の中で、誰(たれ)やらが声高(こわだか)にこう云うのが聞えた。 「とにかく、君、ライフとアアトが別々になっている奴は駄目だよ」 純一は知れ切った事を、仰山らしく云っているものだと思いながら、瀬戸が人にでも引き合わせてくれるのかと、少し躊躇(ちゅうちょ)していたが、瀬戸は誰やら心安い間らしい人を見附けて、座敷のずっと奥の方へずんずん行って、その人と小声で忙(せわ)しそうに話し出したので、純一は上り口に近い群の片端に、座布団を引き寄せて寂しく据わった。 この群では、識(し)らない純一の来たのを、気にもしない様子で、会話を続けている。 話題に上っているのは、今夜演説に来る拊石である。 老成らしい一人(いちにん)が云う。 あれはとにかく芸術家として成功している。 成功といっても一時世間を動かしたという側でいうのではない。 文芸史上の意義でいうのである。 それに学殖がある。 短篇集なんぞの中には、西洋の事を書いて、西洋人が書いたとしきゃ思われないようなのがあると云う。 そうすると、さっき声高に話していた男が、こう云う。 学問や特別知識は何の価値もない。 芸術家として成功しているとは、旨く人形を列(なら)べて、踊らせているような処を言うのではあるまいか。 その成功が嫌(いや)だ。 纏(まと)まっているのが嫌だ。 人形を勝手に踊らせていて、エゴイストらしい自己が物蔭に隠れて、見物の面白がるのを冷笑しているように思われる。 それをライフとアアトが別々になっているというのだと云う。 こう云っている男は近眼目がねを掛けた痩男(やせおとこ)で、柄にない大きな声を出すのである。 傍(そば)から遠慮げに喙(くちばし)を容れた男がある。 「それでも教員を罷(や)めたのなんぞは、生活を芸術に一致させようとしたのではなかろうか」 「分かるもんか」 目金(めがね)の男は一言で排斥した。 今まで黙っている一人の怜悧(れいり)らしい男が、遠慮げな男を顧みて、こう云った。 「しかし教員を罷めただけでも、鴎村なんぞのように、役人をしているのに比べて見ると、余程芸術家らしいかも知れないね」 話題は拊石から鴎村に移った。 純一は拊石の物などは、多少興味を持って読んだことがあるが、鴎村の物では、アンデルセンの飜訳(ほんやく)だけを見て、こんなつまらない作を、よくも暇潰(ひまつぶ)しに訳したものだと思ったきり、この人に対して何の興味をも持っていないから、会話に耳を傾けないで、独りで勝手な事を思っていた。 会話はいよいよ栄(さか)えて、笑声(わらいごえ)が雑(まじ)って来る。 「厭味だと云われるのが気になると見えて、自分で厭味だと書いて、その書いたのを厭味だと云われているなんぞは、随分みじめだね」と、怜悧らしい男が云って、外の人と一しょになって笑ったのだけが、偶然純一の耳に止まった。 純一はそれが耳に止まったので、それまで独(ひとり)で思っていた事の端緒を失って、ふいとこう思った。 自分の世間から受けた評に就いてかれこれ云えば、馬鹿にせられるか、厭味と思われるかに極(き)まっている。 そんな事を敢(あえ)てする人はおめでたいかも知れない。 厭味なのかも知れない。 それとも実際無頓着(むとんちゃく)に自己を客観(かくかん)しているのかも知れない。 それを心理的に判断することは、性格を知らないでは出来ない筈だと思った。 瀬戸が座敷の奥の方から、「小泉君」と呼んだ。 純一がその方を見ると、瀬戸はもう初めの所にはいない。 隅の方に、子供の手習机を据えて、その上に書類を散らかしている男と、火鉢を隔てて、向き合っているのである。 席を起ってそこへ行って見れば、机の上には一円札やら小さい銀貨やらが、書類の側に置いてある。 純一はそこで七十銭の会費を払った。 「席料と弁当代だよ」瀬戸は純一にこう云って聞せながら、机を構えている男に、「今日は菓子は出ないのかい」と云った。 まだ返辞をしないうちに、例の赭顔の女中が大きい盆に一人前(ひとりまえ)ずつに包んだ餅菓子を山盛にして持って来て銘々に配り始めた。 配ってしまうと、大きい土瓶に番茶を入れたのを、所々に置いて行(ゆ)く。 純一が受け取った菓子を手に持ったまま、会計をしている人の机の傍にいると、「おい、瀬戸」と呼び掛けられて、瀬戸は忙がしそうに立って行った。 呼んだのは、初め這入ったとき瀬戸が話をしていた男である。 髪を長く伸(のば)した、色の蒼い男である。 又何か小声で熱心に話し出した。 人が次第に殖えて来て、それが必ずこの机の傍に来るので、純一は元の席に帰った。 余り上(あが)り口(ぐち)に近いので、自分の敷いていた座布団だけはまだ人に占領せられずにあったのである。 そこで据わろうと思うと半分ばかり飲みさしてあった茶碗をひっくり返した。 純一は少し慌てて、「これは失敬しました」と云って袂(たもと)からハンカチイフを出して拭いた。 「畳が驚くでしょう」 こう云って茶碗の主は、純一が銀座のどこやらの店で、ふいと一番善いのをと云って買った、フランドルのバチストで拵(こしら)えたハンカチイフに目を注(つ)けている。 この男は最初から柱に倚(よ)り掛かって、黙って人の話を聞きながら、折々純一の顔を見ていたのである。 大学の制服の、襟にMの字の附いたのを着た、体格の立派な男である。 一寸(ちょっと)調子の変った返事なので、畳よりは純一の方が驚いて顔を見ていると、「君も画家ですか」と云った。 「いえ。 そうではありません。 まだ田舎から出たばかりで、なんにも遣(や)っていないのです」 純一はこう云って、名刺を学生にわたした。 学生は、「名刺があったかしらん」とつぶやきながら隠しを探って、小さい名刺を出して純一にくれた。 大村荘之助としてある。 大村はこう云った。 「僕は医者になるのだが、文学好だもんだから、折々出掛けて来ますよ。 君は外国語は何を遣っています」 「フランスを少しばかり習いました」 「何を読んでいます」 「フロオベル、モオパッサン、それから、ブウルジェエ、ベルジックのマアテルリンクなんぞを些(すこし)ばかり読みました」 「らくに読めますか」 「ええ。 マアテルリンクなんぞは、脚本は分りますが、論文はむつかしくて困ります」 「どうむつかしいのです」 「なんだか要点が掴(つか)まえにくいようで」 「そうでしょう」 大村の顔を、微(かす)かな微笑が掠(かす)めて過ぎた。 嘲(あざけり)の分子なんぞは少しも含まない、温い微笑である。 感激し易い青年の心は、何故(なにゆえ)ともなくこの人を頼もしく思った。 作品を読んで慕って来た大石に逢ったときは、その人が自分の想像に画(えが)いていた人と違ってはいないのに、どうも険しい巌(いわ)の前に立ったような心持がしてならなかった。 大村という人は何をしている人だか知らない。 医科の学生なら、独逸(ドイツ)は出来るだろう。 それにフランスも出来るらしい。 只これだけの推察が、咄嗟(とっさ)の間に出来たばかりであるのに、なんだか力になって貰われそうな気がする。 ニイチェという人は、「己(おれ)は流(ながれ)の岸の欄干だ」と云ったそうだが、どうもこの大村が自分の手で掴えることの出来る欄干ではあるまいかと思われてならない。 そして純一のこう思う心はその大きい瞳(ひとみ)を透(とお)して大村の心にも通じた。 この時梯子の下で、「諸君、平田先生が見えました」と呼ぶ声がした。 平田というのは拊石の氏(うじ)なのである。 七 幹事らしい男に案内せられて、梯子を登って来る、拊石という人を、どんな人かと思って、純一は見ていた。 少し古びた黒の羅紗服(らしゃふく)を着ている。 背丈は中位である。 顔の色は蒼いが、アイロニイを帯びた快活な表情である。 世間では鴎村と同じように、継子(ままこ)根性のねじくれた人物だと云っているが、どうもそうは見えない。 少し赤み掛かった、たっぷりある八字髭(はちじひげ)が、油気なしに上向(うえむき)に捩(ね)じ上げてある。 純一は、髭というものは白くなる前に、四十代で赤み掛かって来る、その頃でなくては、日本人では立派にはならないものだと思った。 拊石は上(あが)り口(ぐち)で大村を見て、「何か書けますか」と声を掛けた。 「どうも持って行って見て戴くようなものは出来ません」 「ちっと無遠慮に世間へ出して見給え。 活字は自由になる世の中だ」 「余り自由になり過ぎて困ります」 「活字は自由でも、思想は自由でないからね」 緩(ゆるや)かな調子で、人に強い印象を与える詞附(ことばつき)である。 強い印象を与えるのは、常に思想が霊活に動いていて、それをぴったり適応した言語で表現するからであるらしい。 拊石は会計掛の机の側へ案内せられて、座布団の上へ胡坐(あぐら)をかいて、小さい紙巻の煙草を出して呑(の)んでいると、幹事が卓(たく)の向うへ行って、紹介の挨拶をした。 拊石は不精らしく体を卓の向うへ運んだ。 方々の話声の鎮まるのを、暫(しばら)く待っていて、ゆっくり口を開く。 不断の会話のような調子である。 「諸君からイブセンの話をして貰いたいという事でありました。 わたくしもイブセンに就いて、別に深く考えたことはない。 イブセンに就いてのわたくしの智識は、諸君の既に有しておられる智識以上に何物もあるまいと思う。 しかし知らない事を聞くのは骨が折れる。 知っていることを聞くの気楽なるに如(し)かずである。 お菓子が出ているようだから、どうぞお菓子を食べながら気楽に聞いて下さい」 こんな調子である。 声色(せいしょく)を励ますというような処は少しもない。 それかと云って、評判に聞いている雪嶺(せつれい)の演説のように訥弁(とつべん)の能弁だというでもない。 平板極まる中(うち)に、どうかすると非常に奇警な詞が、不用意にして出て来るだけは、雪嶺の演説を速記で読んだときと同じようである。 大分話が進んで来てから、こんな事を言った。 「イブセンは初め諾威(ノオルウェイ)の小さいイブセンであって、それが社会劇に手を着けてから、大きな欧羅巴(ヨオロッパ)のイブセンになったというが、それが日本に伝わって来て、又ずっと小さいイブセンになりました。 なんでも日本へ持って来ると小さくなる。 ニイチェも小さくなる。 トルストイも小さくなる。 ニイチェの詞を思い出す。 地球はその時小さくなった。 そしてその上に何物をも小さくする、最後の人類がひょこひょこ跳(おど)っているのである。 我等は幸福を発見したと、最後の人類は云って、目をしばだたくのである。 日本人は色々な主義、色々なイスムを輸入して来て、それを弄(もてあそ)んで目をしばだたいている。 何もかも日本人の手に入(い)っては小さいおもちゃになるのであるから、元が恐ろしい物であったからと云って、剛(こわ)がるには当らない。 何も山鹿素行(やまがそこう)や、四十七士や、水戸浪士を地下に起して、その小さくなったイブセンやトルストイに対抗させるには及ばないのです」まあ、こんな調子である。 それから新しい事でもなんでもないが、純一がこれまで蓄えて持っている思想の中心を動かされたのは拊石が諷刺(ふうし)的な語調から、忽然(こつぜん)真面目になって、イブセンの個人主義に両面があるということを語り出した処であった。 拊石は先(ま)ず、次第にあらゆる習慣の縛(いましめ)を脱して、個人を個人として生活させようとする思想が、イブセンの生涯の作の上に、所謂(いわゆる)赤い糸になって一貫していることを言った。 「種々の別離を己は閲(けみ)した」という様な心持である。 これを聞いている間は、純一もこれまで自分が舟に棹(さお)さして下って行く順流を、演説者も同舟の人になって下って行くように感じていた。 ところが、拊石は話頭を一転して、「これがイブセンの自己の一面です、Peer Gynt(ペエル ギント)に詩人的に発揮している自己の一面です、世間的自己です」と結んで置いて、別にイブセンには最初から他の一面の自己があるということを言った。 「若しこの一面がなかったら、イブセンは放縦(ほうじゅう)を説くに過ぎない。 イブセンはそんな人物ではない。 イブセンには別に出世間的自己があって、始終向上して行(ゆ)こうとする。 それがBrand(ブラント)に於いて発揮せられている。 イブセンは何の為めに習慣の朽ちたる索(つな)を引きちぎって棄てるか。 ここに自由を得て、身を泥土(でいど)に委(ゆだ)ねようとするのではない。 強い翼に風を切って、高く遠く飛ぼうとするのである」純一はこれを聞いていて、その語気が少しも荘重に聞かせようとする様子でなく、依然として平坦な会話の調子を維持しているにも拘(かかわ)らず、無理に自分の乗っている船の舳先(へさき)を旋(めぐ)らして逆に急流を溯(さかのぼ)らせられるような感じがして、それから暫くの間は、独りで深い思量に耽(ふけ)った。 譬(たと)えば長い間集めた物を、一々心覚えをして箱に入れて置いたのを、人に上を下へと掻(か)き交ぜられたような物である。 それを元の通りにするのはむずかしい。 いや、元の通りにしようなんぞとは思わない。 元の通りでなく、どうにか整頓しようと思う。 そしてそれが出来ないのである。 出来ないのは無理もない。 そんな整頓は固(もと)より一朝一夕に出来る筈の整頓ではないのである。 純一の耳には拊石の詞が遠い遠い物音のように、意味のない雑音になって聞えている。 純一はこの雑音を聞いているうちに、ふと聴衆の動揺を感じて、殆ど無意識に耳を欹(そばだ)てると、丁度拊石がこう云っていた。 「ゾラのClaude(クロオド)は芸術を求める。 イブセンのブラントは理想を求める。 その求めるものの為めに、妻をも子をも犠牲にして顧みない。 そして自分も滅びる。 そこを藪睨(やぶにらみ)に睨んで、ブラントを諷刺だとさえ云ったものがある。 実はイブセンは大真面目である。 大真面目で向上の一路を示している。 悉皆(しっかい)か絶無か。 この理想はブラントという主人公の理想であるが、それが自己より出(い)でたるもの、自己の意志より出でたるものだという所に、イブセンの求めるものの内容が限られている。 とにかく道は自己の行(ゆ)く為めに、自己の開く道である。 倫理は自己の遵奉(じゅんぽう)する為めに、自己の構成する倫理である。 宗教は自己の信仰する為めに、自己の建立する宗教である。 一言(いちげん)で云えば、Autonomie(オオトノミイ)である。 それを公式にして見せることは、イブセンにも出来なんだであろう。 とにかくイブセンは求める人であります。 現代人であります。 新しい人であります」 拊石はこう云ってしまって、聴衆は結論だかなんだか分らずにいるうちに、ぶらりとテエブルを離れて前に据わっていた座布団の上に戻った。 あちこちに拍手するものがあったが、はたが応ぜないので、すぐに止(や)んでしまった。 多数は演説が止んでもじっと考えている。 一座は非常に静かである。 幹事が閉会を告げた。 下女が鰻飯(うなぎめし)の丼(どんぶり)を運び出す。 方々で話声はちらほら聞えて来るが、その話もしめやかである。 自分自分で考えることを考えているらしい。 縛(いましめ)がまだ解けないのである。 幹事が拊石を送り出すを相図に、会員はそろそろ帰り始めた。 八 純一が梯子段の処に立っていると、瀬戸が忙(いそが)しそうに傍へ来て問うのである。 「君、もうすぐに帰るか」 「帰る」 「それじゃあ、僕は寄って行(い)く処があるから、失敬するよ」 門口(かどぐち)で別れて、瀬戸は神田の方へ行(ゆ)く。 倶楽部へ来たときから、一しょに話していた男が、跡から足を早めて追っ駈けて行った。 純一が小川町(おがわまち)の方へ一人で歩き出すと、背後(うしろ)を大股(おおまた)に靴で歩いて来る人のあるのに気が附いた。 振り返って見れば、さっき大村という名刺をくれた医科の学生であった。 並ぶともなしに、純一の右側を歩きながら、こう云った。 「君はどっちへ帰るのです」 「谷中にいます」 「瀬戸は君の親友ですか」 「いいえ。 親友というわけではないのですが、国で中学を一しょに遣ったものですから」 なんだか言いわけらしい返事である。 血色の好(い)い、巌乗(がんじょう)な大村は、純一と歩度を合せる為めに、余程加減をして歩くらしいのである。 小川町の通を須田町の方へ、二人は暫く無言で歩いている。 両側の店にはもう明りが附いている。 少し風が出て、土埃(ほこり)を捲き上げる。 看板ががたがた鳴る。 天下堂の前の人道を歩きながら、大村が「電車ですか」と問うた。 「僕は少し歩こうと思います」 「元気だねえ。 それじゃあ、僕も不精をしないで歩くとしようか。 しかし君は本郷へ廻っては損でしょう」 「いいえ。 大した違いはありません」 又暫く詞が絶えた。 大村が歩度を加減しているらしいので、純一はなるたけ大股に歩こうとしている。 しかし純一は、大村が無理をして縮める歩度は整っているのに、自分の強いて伸べようとする歩度は乱れ勝になるように感ずるのである。 そしてそれが歩度ばかりではない。 只なんとなく大村という男の全体は平衡を保っているのに、自分は動揺しているように感ずるのである。 この動揺の性質を純一は分析して見ようとしている。 ところが、それがひどくむずかしい。 先頃大石に逢った時を顧みれば、彼を大きく思って、自分を小さく思ったに違いない。 しかし彼が何物をか有しているとは思わない。 自分も相応に因襲や前極めを破壊している積りでいたのに、大石に逢って見れば、彼の破壊は自分なんぞより周到であるらしい。 自分も今一洗濯(ひとせんたく)したら、あんな態度になられるだろうと思った。 然(しか)るに今日拊石の演説を聞いているうちに、彼が何物をか有しているのが、髣髴(ほうふつ)として認められた様である。 その何物かが気になる。 自分の動揺は、その何物かに与えられた波動である。 純一は突然こう云った。 「一体新人というのは、どんな人を指して言うのでしょう」 大村は純一の顔をちょいと見た。 そして目と口との周囲に微笑の影が閃(ひらめ)いた。 「さっき拊石さんがイブセンを新しい人だと云ったから、そう云うのですね。 拊石さんは妙な人ですよ。 新人というのが嫌いで、わざわざ新しい人と云っているのです。 僕がいつか新人と云うと、新人とは漢語で花娵(はなよめ)の事だと云って、僕を冷かしたのです」 話が横道へ逸(そ)れるのを、純一はじれったく思って、又出直して見た。 「なる程旧人と新人ということは、女の事にばかり云ってあるようですね。 そんなら僕も新しい人と云いましょう。 新しい人はつまり道徳や宗教の理想なんぞに捕われていない人なんでしょうか。 それとも何か別の物を有している人なんでしょうか」 微笑が又閃く。 「消極的新人と積極的新人と、どっちが本当の新人かと云うことになりますね」 「ええ。 まあ、そうです。 その積極的新人というものがあるでしょうか」 微笑が又閃く。 「そうですねえ。 有るか無いか知らないが、有る筈(はず)には相違ないでしょう。 破壊してしまえば、又建設する。 石を崩しては、又積むのでしょうよ。 君は哲学を読みましたか」 「哲学に就いては、少し読んで見ました。 哲学その物はなんにも読みません」正直に、躊躇せずに答えたのである。 「そうでしょう」 夕(ゆうべ)の昌平橋は雑沓(ざっとう)する。 内神田の咽喉(いんこう)を扼(やく)している、ここの狭隘(きょうあい)に、おりおり捲き起される冷たい埃(ほこり)を浴びて、影のような群集(ぐんじゅ)が忙(せわ)しげに摩(す)れ違っている。 暫くは話も出来ないので、影と一しょに急ぎながら空を見れば、仁丹の広告燈が青くなったり、赤くなったりしている。 純一は暫く考えて見て云った。 「哲学が幾度建設せられても、その度毎に破壊せられるように、新人も積極的になって、何物かを建設したら、又その何物かに捕われるのではないでしょうか」 「捕われるのですとも。 縄が新しくなると、当分当りどころが違うから、縛(いましめ)を感ぜないのだろうと、僕は思っているのです」 「そんなら寧(むし)ろ消極のままで、懐疑に安住していたらどうでしょう」 「懐疑が安住でしょうか」 純一は一寸窮した。 「安住と云ったのは、矛盾でした。 つまり永遠の懐疑です」 「なんだか咀(のろ)われたものとでも云いそうだね」 「いいえ。 懐疑と云ったのも当っていません。 永遠に求めるのです。 永遠の希求です」 「まあ、そんなものでしょう」 大村の詞はひどく冷澹(れいたん)なようである。 しかしその音調や表情に温(あたたか)みが籠(こも)っているので、純一は不快を感ぜない。 聖堂の裏の塀のあたりを歩きながら、純一は考え考えこんな事を話し出した。 「さっき倶楽部でもお話をしたようですが、僕はマアテルリンクを大抵読んで見ました。 それから同じ学校にいた友達だというので、Verhaeren(フェルハアレン)を読み始めたのです。 この間La Multiple Splendeur(ラ ミュルチプル スプランドヨオル)が来たもんですから、それを国から出て来るとき、汽車で読みました。 あれには大分纏まった人世観のようなものがあるのですね。 妙にこう敬虔(けいけん)なような態度を取っているのですね。 まるで日本なんぞで新人だと云っている人達とは違っているもんですから、へんな心持がしました。 あなたの云う積極的新人なのでしょう。 日本で消極的な事ばかし書いている新人の作を見ますと、縛られた縄を解(ほど)いて行(ゆ)く処に、なる程と思う処がありますが、別に深く引き附けられるような感じはありません。 あのフェルハアレンの詩なんぞを見ますと、妙な人生観があるので、それが直ぐにこっちの人生観にはならないのですが、その癖あの敬虔なような調子に引き寄せられてしまうのです。 ロダンは友達だそうですが、丁度ロダンの彫刻なんぞも、同じ事だろうと思うのです。 そうして見ると、西洋で新人と云われている連中は、皆気息の通(かよ)っている処があって、それが日本の新人とは大分違っているように思うのです。 拊石さんのイブセンの話も同じ事です。 どうも日本の新人という人達は、拊石の云ったように、小さいのではありますまいか」 「小さいのですとも。 あれはClique(クリク)の名なのです」大村は恬然(てんぜん)としてこう云った。 銘々勝手な事を考えて、二人は本郷の通を歩いた。 大村の方では田舎もなかなか馬鹿にはならない、自分の知っている文科の学生の或るものよりは、この独学の青年の方が、眼識も能力も優れていると思うのである。 大学前から、道幅のまだ広げられない森川町に掛かるとき、大村が突然こう云った。 「君、瀬戸には気を着けて交際し給えよ」 「ええ。 分かっています。 Boheme(ボエエム)[#一つ目の「e」は「`」付き]ですから」 「うん。 それが分かっていれば好(い)いのです」 近いうちに大村の西片町の下宿を尋ねる約束をして、純一は高等学校の角を曲った。 九 十一月二十七日に有楽座でイブセンのJohn Gabriel Borkmann(ジョン ガブリエル ボルクマン)が興行せられた。 これは時代思潮の上から観(み)れば、重大なる出来事であると、純一は信じているので、自由劇場の発表があるのを待ち兼ねていたように、早速会員になって置いた。 これより前に、まだ純一が国にいた頃、シェエクスピイア興行があったこともある。 しかしシェエクスピイアやギョオテは、縦(たと)いどんなに旨(うま)く演ぜられたところで、結構には相違ないが、今の青年に痛切な感じを与えることはむずかしかろう。 痛切でないばかりではない。 事に依ると、あんなクラッシックな、俳諧(はいかい)の用語で言えば、一時流行でなくて千古不易の方に属する作を味う余裕は、青年の多数には無いと云っても好かろう。 極端に言えば、若しシェエクスピイアのような作が新しく出たら、これはドラムではない、テアトルだなんぞと云うかも知れない。 その韻文をも冗漫だと云うかも知れない。 ギョオテもそうである。 ファウストが新作として出たら、青年は何と云うだろうか。 第二部は勿論(もちろん)であるが、第一部でも、これは象徴ではない、アレゴリイだとも云い兼ねまい。 なぜと云うに、近世の写実の強い刺戟(しげき)に慣れた舌には、百年前(ぜん)の落ち着いた深い趣味は味いにくいからである。 そこでその古典的なシェエクスピイアがどう演ぜられたか。 当時の新聞雑誌で見れば、ヴェネチアの街が駿河台の屋鋪町(やしきまち)で、オセロは日清戦争時代の将官の肋骨服(ろっこつふく)に、三等勲章を佩(お)びて登場したということである。 その舞台や衣裳(いしょう)を想像して見たばかりで、今の青年は侮辱せられるような感じをせずにはいられないのである。 二十七日の晩に、電車で数寄屋橋(すきやばし)まで行って、有楽座に這入(はい)ると、パルケットの四列目あたりに案内せられた。 見物はもうみんな揃(そろ)って、興行主の演説があった跡で、丁度これから第一幕が始まるという時であった。 東京に始めて出来て、珍らしいものに言い囃(はや)されている、この西洋風の夜の劇場に這入って見ても、種々の本や画(え)で、劇場の事を見ている純一が為めには、別に目を駭(おどろ)かすこともない。 純一の席の近処は、女客ばかりであった。 左に二人並んでいるのは、まだどこかの学校にでも通っていそうな廂髪(ひさしがみ)の令嬢で、一人は縹色(はなだいろ)の袴(はかま)、一人は菫色(すみれいろ)の袴を穿(は)いている。 右の方にはコオトを着たままで、その上に毛の厚いskunks(スカンクス)の襟巻をした奥さんがいる。 この奥さんの左の椅子が明いていたのである。 純一が座に着くと、何やら首を聚(あつ)めて話していた令嬢も、右手の奥さんも、一時に顔を振り向けて、純一の方を向いた。 縹色のお嬢さんは赤い円顔で、菫色のは白い角張った顔である。 その角張った顔が何やらに似ている。 西洋人が胡桃(くるみ)を噬(か)み割らせる、恐ろしい口をした人形がある。 あれを優しく女らしくしたようである。 国へ演説に来たとき、一度見た事のある島田三郎という人に、どこやら似ている。 どちらも美しくはない。 それと違って、スカンクスの奥さんは凄(すご)いような美人で、鼻は高過ぎる程高く、切目の長い黒目勝(くろめがち)の目に、有り余る媚(こび)がある。 誰(たれ)やらの奥さんに、友達を引き合せた跡で、「君、今の目附は誰にでもするのだから、心配し給うな」と云ったという話があるが、まあ、そんな風な目である。 真黒い髪が多過ぎ長過ぎるのを、持て余しているというように見える。 お嬢さん達はすぐに東西の桟敷を折々きょろきょろ見廻して、前より少し声を低めたばかり、大そうな用事でもあるらしく話し続けている。 奥さんは良(や)や久しい間、純一の顔を無遠慮に見ていたのである。 「そら、幕が開(あ)いてよ」と縹のお嬢さんが菫のお嬢さんをつついた。 「いやあね。 あんまりおしゃべりに実が入(い)って知らないでいたわ」 桟敷が闇(くら)くなる。 さすが会員組織で客を集めただけあって、所々の話声がぱったり止(や)む。 舞台では、これまでの日本の芝居で見物の同情を惹(ひ)きそうな理窟(りくつ)を言う、エゴイスチックなボルクマン夫人が、倅(せがれ)の来るのを待っている処へ、倅ではなくて、若かった昔の恋の競争者で、情に脆(もろ)い、じたらくなような事を言う、アルトリュスチックな妹エルラが来て、長い長い対話が始まる。 それを聞いているうちに、筋の立った理窟を言う夫人の、強そうで弱みのあるのが、次第に同情を失って、いくじのなさそうな事を言う妹の、弱そうで底力のあるのに、自然と同情が集まって来る。 見物は少し勝手が違うのに気が附く。 対話には退屈しながら、期待の情に制せられて、息を屏(つ)めて聞いているのである。 ちと大き過ぎた二階の足音が、破産した銀行頭取だと分かる所で、こんな影を画くような手段に馴れない見物が、始めて新しい刺戟を受ける。 息子の情婦のヴィルトン夫人が出る。 息子が出る。 感情が次第に激して来る。 皆引っ込んだ跡に、ボルクマン夫人が残って、床の上に身を転がして煩悶(はんもん)するところで幕になった。 見物の席がぱっと明るくなった。 「ボルクマン夫人の転がるのが、さぞ可笑(おか)しかろうと思ったが、存外可笑しかないことね」と菫色が云った。 「ええ。 可笑しかなくってよ。 とにかく、変っていて面白いわね」と縹色が答えた。 右の奥さんは、幕になるとすぐ立ったが、間もなく襟巻とコオトなしになって戻って来た。 空気が暖(あたたか)になって来たからであろう。 鶉縮緬(うずらちりめん)の上着に羽織、金春式唐織(こんぱるしきからおり)の丸帯であるが、純一は只黒ずんだ、立派な羽織を着ていると思って見たのである。 それから膝(ひざ)の上に組み合せている指に、殆ど一本一本指環(ゆびわ)が光っているのに気が着いた。 奥さんの目は又純一の顔に注がれた。 「あなたは脚本を読んでいらっしゃるのでしょう。 次の幕はどんな処でございますの」 落ち着いた、はっきりした声である。 そしてなんとなく金石(きんせき)の響を帯びているように感ぜられる。 しかし純一には、声よりは目の閃きが強い印象を与えた。 横着らしい笑(えみ)が目の底に潜んでいて、口で言っている詞(ことば)とは、まるで別な表情をしているようである。 そう思うと同時に、左の令嬢二人が一斉に自分の方を見たのが分かった。 「こん度の脚本は読みませんが、フランス訳で読んだことがあります。 次の幕はあの足音のした二階を見せることになっています」 「おや、あなたフランス学者」奥さんはこう云って、何か思うことあるらしく、にっこり笑った。 丁度この時幕が開いたので、答うることを須(もち)いない問のような、奥さんの詞は、どういう感情に根ざして発したものか、純一には分からずにしまった。 舞台では檻(おり)の狼(おおかみ)のボルクマンが、自分にピアノを弾いて聞せてくれる小娘の、小さい心の臓をそっと開けて見て、ここにも早く失意の人の、苦痛の萌芽(ほうが)が籠もっているのを見て、強いて自分の抑鬱不平の心を慰めようとしている。 見物は只娘フリイダの、小鳥の囀(さえず)るような、可哀(かわゆ)らしい声を聞いて、浅草公園の菊細工のある処に這入って、紅雀の籠(かご)の前に足を留めた時のような心持になっている。 「まあ、可哀(かわい)いことね」と 小鳥のようなフリイダが帰って、親鳥の失敗詩人が来る。 それも帰る。 そこへ昔命に懸けて愛した男を、冷酷なきょうだいに夫にせられて、不治の病に体のしんに食い込まれているエルラが、燭(しょく)を秉(と)って老いたる恋人の檻に這入って来る。 妻になったという優勝の地位の象徴ででもあるように、大きい巾(きれ)を頭に巻き附けた夫人グンヒルドが、扉の外で立聞をして、恐ろしい幻のように、現れて又消える。 爪牙(そうが)の鈍った狼のたゆたうのを、大きい愛の力で励まして、エルラはその幻の洞窟(どうくつ)たる階下の室に連れて行(ゆ)こうとすると、幕が下りる。 又見物の席が明るくなる。 ざわざわと、風が林をゆするように、人の話声が聞えて来る。 純一は又奥さんの目が自分の方に向いたのを知覚した。 「これからどうなりますの」 「こん度は又二階の下です。 もうこん度で、あらかた解決が附いてしまいます」 奥さんに詞を掛けられてから後(のち)は、純一は左手の令嬢二人に、鋭い観察の対象にせられたように感ずる。 令嬢が自分の視野に映じている間は、その令嬢は余所(よそ)を見ているが、正面を向くか、又は少しでも右の方へ向くと、令嬢の視線が矢のように飛んで来て、自分の項(うなじ)に中(あた)るのを感ずる。 見ていない所の見える、不愉快な感じである。 Y県にいた時の、中学の理学の教師に、山村というお爺いさんがいて、それがSpiritisme(スピリチスム)に関する、妙な迷信を持っていた。 その教師が云うには、人は誰でも体の周囲(まわり)に特殊な雰囲気を有している。 それを五官を以てせずして感ずるので、道を背後(うしろ)から歩いて来る友達が誰(たれ)だということは、見返らないでも分かると云った。 純一は五官を以てせずして、背後(はいご)に受ける視線を感ずるのが、不愉快でならなかった。 幕が開(あ)いた。 覿面(てきめん)に死と相見ているものは、姑息(こそく)に安んずることを好まない。 老いたる処女エルラは、老いたる夫人の階下の部屋へ、檻の獣(けもの)を連れて来る。 鷸蚌(いっぽう)ならぬ三人に争われる、獲(え)ものの青年エルハルトは、夫人に呼び戻されて、この場へ帰る。 母にも従わない。 父にも従わない。 情誼(じょうぎ)の縄で縛ろうとするおばにも従わない。 「わたくしは生きようと思います」と云う、猛烈な叫声を、今日の大向うを占めている、数多(あまた)の学生連に喝采(かっさい)せられながら、萎(しお)れる前に、吸い取られる限(かぎり)の日光を吸い取ろうとしている花のようなヴィルトン夫人に連れられて、南国をさして雪中を立とうとする、銀の鈴の附いた橇(そり)に乗りに行(ゆ)く。 この次の幕間(まくあい)であった。 少し休憩の時間が長いということが、番附にことわってあったので、見物が大抵一旦席を立った。 純一は丁度自分が立とうとすると、それより心持早く右手の奥さんが立ったので、前後から人に押されて、奥さんの体に触れては離れ、離れては触れながら、外の廊下の方へ歩いて行く。 がおりおり純一の鼻を襲うのである。 奥さんは振り向いて、目で笑った。 純一は何を笑ったとも解(かい)せぬながら、行儀好く笑い交した。 そして人に押されるのが可笑しいのだろうと、跡から解釈した。 廊下に出た。 純一は人が疎(まばら)になったので、遠慮して奥さんの傍(そば)を離れようと思って、わざと歩度を緩め掛けた。 しかしまだ二人の間に幾何(いくばく)の距離も出来ないうちに、奥さんが振り返ってこう云った。 「あなたフランス語をなさるのなら、宅に書物が沢山ございますから、見にいらっしゃいまし。 新しい物ばかり御覧になるのかも知れませんが、古い本にだって、宜(よろ)しいものはございますでしょう。 御遠慮はない内(うち)なのでございますの」 前から識(し)り合っている人のように、少しの窘迫(きんぱく)の態度もなく、歩きながら云われたのである。 純一は名刺を出して、奥さんに渡しながら、素直にこう云った。 「わたくしは国から出て参ったばかりで、谷中に家を借りておりますが、本は殆どなんにも持っていないと云っても宜しい位です。 もし文学の本がございますのですと、少し古い本で見たいものが沢山ございます」 「そうですか。 文学の本がございますの。 全集というような物が揃えてございますの。 その外は歴史のような物が多いのでしょう。 亡くなった主人は法律学者でしたが、その方の本は大学の図書館に納めてしまいましたの」 奥さんが未亡人(びぼうじん)だということを、この時純一は知った。 そして初めて逢った自分に、宅へ本を見に来いなんぞと云われるのは、一家の主権者になっていられるからだなと思った。 奥さんは姓名だけの小さく書いてある純一の名刺を一寸(ちょっと)読んで見て、帯の間から繻珍(しゅちん)の紙入を出して、それへしまって、自分の名刺を代りにくれながら、「あなた、お国は」と云った。 「Y県です」 「おや、それでは亡くなった主人と御同国でございますのね。 東京へお出(いで)になったばかりだというのに、ちっともお国詞が出ませんじゃございませんか」 「いいえ。 折々出ます」 奥さんの名刺には坂井れい子と書いてあった。 純一はそれを見ると、すぐ「坂井恒(こう)先生の奥さんでいらっしゃったのですね」と云って、丁寧に辞儀をした。 「宅を御存じでございましたの」 「いいえ。 お名前だけ承知していましたのです」 坂井先生はY県出身の学者として名高い人であった。 純一も先生が四十を越すまで独身でいて、どうしたわけか、娘にしても好(い)いような、美しい細君を迎えて、まだ一年と立たないうちに、脊髄(せきずい)病で亡くなられたということは、中学にいた時、噂(うわさ)に聞いていたのである。 噂はそれのみではない。 先生は本職の法科大学教授としてよりは、代々の当路者から種々(いろいろ)な用事を言い附けられて、随分多方面に働いておられたので、亡くなられた跡には一廉(ひとかど)の遺産があった。 それを未亡人が一人で管理していて、旧藩主を始め、同県の人と全く交際を絶って、何を当てにしているとも分からない生活をしていられる。 子がないのに、養子をせられるでもない。 誰(たれ)も夫人と親密な人というもののあることを聞かない。 先生の亡くなる僅か前に落成した、根岸のvilla(ヴィルラ)風の西洋造に住まっておられるが、静かに夫の跡を弔っていられるらしくはない。 先生の存生(ぞんじょう)の時よりも派手な暮らしをしておられる。 その生活は一(いつ)の秘密だということであった。 純一が青年の空想は、国でこの噂話を聞いた時、種々(いろいろ)な幻像を描き出していたので、坂井夫人という女は、面白い小説の女主人公のように、純一の記憶に刻み附けられていたのである。 純一は坂井先生の名を聞いていたという返事をして、奥さんの顔を見ると、その顔には又さっきの無意味な、若(もし)くは意味の掩(おお)われている微笑が浮んでいる。 丁度二人は西の階段の下に佇(たたず)んでいたのである。 「上へ上がって見ましょうか」と奥さんが云った。 「ええ」 二人は階段を登った。 その時上の廊下から、「小泉君じゃあないか」と声を掛けるものがある。 上から四五段目の処まで登っていた純一が、仰向いて見ると、声の主は大村であった。 「大村君ですか」 この返事をすると、奥さんは頤(あご)で知れない程の会釈をして、足を早めて階段を登ってしまって、一人で左へ行った。 純一は大村と階段の上り口に立っている。 丁度Buffet(ビュッフェエ)と書いて、その下に登って左を指した矢の、書き添えてある札を打ち附けた柱の処である。 純一は懐かしげに大村を見て云った。 「好く丁度一しょになったものですね。 不思議なようです」 「なに、不思議なものかね。 興行は二日しかない。 我々は是非とも来る。 ところが、ジダスカリアの連中なんぞは、皆大抵続けて来るから、それが殆ど一分の一になる」 「瀬戸も来ていますかしらん」 「いたようでしたよ」 「これ程立派な劇場ですから、foyer(フォアイエエ)とでも云ったような散歩場(ば)も出来ているでしょうね」 「出来ていないのですよ。 先(ま)ずこの廊下あたりがフォアイエエになっている。 広い場所があっちにあるが、食堂になっているのです。 日本人は歩いたり話したりするよりは、飲食をする方を好くから、食堂を広く取るようになるのでしょう」 純一の左の方にいた令嬢二人が、手を繋(つな)ぎ合って、頻(しき)りに話しながら通って行った。 その外種々(いろいろ)な人の通る中で、大村がおりおりあれは誰(たれ)だと教えてくれるのである。 それから純一は、大村と話しながら、食堂の入口まで歩いて行って、おもちゃ店(みせ)のあるあたりに暫(しばら)く立ち留まって、食堂に出入(でいり)する人を眺めていると、ベルが鳴った。 純一が大村に別れて、階段を降りて、自分の席へ行(ゆ)くとき、腰掛の列の間の狭い道で人に押されていると、又parfum(パルフュウム)の香(か)がする。 振り返って見て、坂井の奥さんの謎(なぞ)の目に出合った。 雪の門口(かどぐち)の幕が開(あ)く。 ヴィルトン夫人に娘を連れて行かれた、不遇の楽天詩人たる書記は、銀の鈴を鳴らして行く橇に跳飛(はねと)ばされて、足に怪我をしながらも、尚(なお)娘の前途を祝福して、寂しい家の燈(ともしび)の下(もと)に泣いている妻を慰めに帰って行く。 道具が変って、丘陵の上になる。 野心ある実業家たる老主人公が、平生心にえがいていた、大工場の幻を見て、雪のベンチの上に瞑目(めいもく)すると、優しい昔の情人と、反目の生活を共にした未亡人とが、屍(かばね)の上に握手して、幕は降りた。 出口が込み合うからと思って、純一は暫く廊下に立ち留まって、舞台の方を見ていた。 舞台では、一旦卸した幕を上げて、俳優が大詰の道具の中で、大詰の姿勢を取って、写真を写させている。 「左様なら。 御本はいつでもお出(いで)になれば、御覧に入れます」 純一が見返る暇に、坂井夫人の後姿は、出口の人込みの中にまぎれ入ってしまった。 返事も出来なかったのである。 純一は跡を見送りながら、ふいと思った。 「どうも己(おれ)は女の人に物を言うのは、窮屈でならないが、なぜあの奥さんと話をするのを、少しも窮屈に感じなかったのだろう。 それにあの奥さんは、妙な目の人だ。 あの目の奥には何があるかしらん」 帰るときに気を附けていたが、大村にも瀬戸にも逢はなかった。 左隣にいたお嬢さん二人が頻りに車夫の名を呼んでいるのを見た。 十 純一が日記の断片 十一月三十日。 毎日几帳面(きちょうめん)に書く日記ででもあるように、天気を書くのも可笑しい。 どうしても己には続いて日記を書くということが出来ない。 こないだ大村を尋ねて行った時に、その話をしたら、「人間は種々(いろいろ)なものに縛られているから、自分で自分をまで縛らなくても好(い)いじゃないか」と云った。 なる程、人間が生きていたと云って、何も齷齪(あくそく)として日記を附けて置かねばならないと云うものではあるまい。 しかし日記に縛られずに何をするかが問題である。 何の目的の為めに自己を解放するかが問題である。 製作する。 神が万物を製作したように製作する。 これが最初の考えであった。 しかしそれが出来ない。 「下宿の二階に転がっていて、何が書けるか」などという批評家の詞を見る度に、そんなら世界を周遊したら、誰にでもえらい作が出来るかと反問して遣(や)りたいと思う反抗が一面に起ると同時に、己はその下宿屋の二階もまだ知らないと思う怯懦(きょうだ)が他の一面に萌(きざ)す。 丁度Titanos(チタノス)が岩石を砕いて、それを天に擲(なげう)とうとしているのを、傍に尖(とが)った帽子を被(かぶ)った一寸坊が見ていて、顔を蹙(しか)めて笑っているようなものである。 そんならどうしたら好(い)いか。 生きる。 生活する。 答は簡単である。 しかしその内容は簡単どころではない。 一体日本人は生きるということを知っているだろうか。 小学校の門を潜(くぐ)ってからというものは、一しょう懸命にこの学校時代を駈け抜けようとする。 その先きには生活があると思うのである。 学校というものを離れて職業にあり附くと、その職業を為(な)し遂げてしまおうとする。 その先きには生活があると思うのである。 そしてその先には生活はないのである。 現在は過去と未来との間に劃(かく)した一線である。 この線の上に生活がなくては、生活はどこにもないのである。 そこで己は何をしている。 今日はもう半夜を過ぎている。 もう今日ではなくなっている。 しかし変に気が澄んでいて、寐(ね)ようと思ったって、寐られそうにはない。 その今日でなくなった今日には閲歴がある。 それが人生の閲歴、生活の閲歴でなくてはならない筈(はず)である。 それを書こうと思って久しく徒(いたずら)に過ぎ去る記念に、空虚な数字のみを留(とど)めた日記の、新しいペエジを開いたのである。 しかし己の書いている事は、何を書いているのだか分からない。 実は書くべき事が大いにある筈で、それが殆ど無いのである。 やはり空虚な数字のみにして置いた方が増しかも知れないと思う位である。 朝は平凡な朝であった。 極(き)まって二三日置きに国から来る、お祖母(ば)あ様の手紙が来た。 食物(しょくもつ)に気を附けろ、往来で電車や馬車や自動車に障(さわ)って怪我をするなというような事が書いてあった。 食物や車の外には、危険物のあることを知らないのである。 それから日曜だというので、瀬戸が遣って来た。 ひどく知己らしい事を言う。 何か己とあの男と秘密を共有していて、それを同心戮力(りくりょく)して隠蔽(いんぺい)している筈だというような態度を取って来る。 そして一日の消遣策(しょうけんさく)を二つ三つ立てて己の採択に任せる。 その中に例の如くune direction dominante(ユヌ ジレクション ドミナント)がある。 それは磁石の針の如くに、かの共有している筈の秘密を指しているのである。 己はいつもなるべくそれと方向を殊にしている策を認容するのであるが、こん度はためしにどれをも廃棄して、「きょうは僕は内で本を読むのだ」と云って見た。 その結果は己の予期した通りであった。 瀬戸は暫くもじもじしていたがとうとう金を貸せと云った。 己にはかれの要求を満足させることは、さほどむずかしくはなかった。 しかし己は中学時代に早く得ている経験を繰り返したくなかった。 「君こないだのもまだ返さないで、甚だ済まないが」と云うのは尤(もっと)も無邪気なのである。 「長々難有(ありがと)う」と云って一旦出して置いて、改めてプラス幾らかの要求をするというのは古い手である。 それから一番振(ふる)っているのは、「もうこれだけで丁度になりますからどうぞ」というのであった。 端(はし)たのないようにする物、纏(まと)めて置く物に事を闕(か)いて、借金を纏めて置かないでも好さそうなものである。 己はそういう経験を繰り返したくなかった。 そこで断然初めからことわることにした。 然(しか)るにそのことわるということの経験は甚だ乏しい。 己だって国から送って貰うだけの金を何々に遣うという予算を立てているから、不用な金はない。 しかしその予算を狂わせれば、貸されない事はない。 かれの要求するだけの金は現に持っているのである。 それを無いと云おうか。 そんな嘘は衝(つ)きたくない。 又嘘を衝いたって、それが嘘だということは、先方へはっきり知れている。 それは不愉快である。 つい国を立つすぐ前である。 やはりこんな風に心中でとつ置いつした結果、「君これは返さなくても好(い)いが、僕はこれきり出さないよ」と云った事があった。 そしてその友達とはそれきり絶交の姿になった。 実につまらない潔癖であったのだ。 嘘を衝きたくないからと云って、相手の面目を潰(つぶ)すには及ばないのである。 それよりはまだ嘘を衝いた方が好(よ)いかも知れない。 己は勇気を出して瀬戸にこう云った。 「僕はこれまで悪い経験をしている。 君と僕との間には金銭上の関係を生ぜさせたくない。 どうぞその事だけは已(や)めてくれ給え」と云った。 瀬戸は驚いたような目附をして己の顔を見ていたが、外の話を二つ三つして、そこそこに帰ってしまった。 あの男は己よりは世慣れている。 多分あの事の為めに交際を廃(や)めはすまい。 只その態度を変えるだろう。 もう「君はえらいよ」は言わなくなって、却(かえっ)て少しは前より己をえらく思うかも知れない。 しかし己はこんな事を書く積りで、日記を開(あ)けたのではなかった。 目的の不慥(ふたしか)な訪問をする人は、故(ことさ)らに迂路(うろ)を取る。 己は自分の書こうと思う事が、心にはっきり分かっていないので、強いて余計な事を書いているのではあるまいか。 午後から坂井夫人を訪ねて見た。 有楽座で識りあいになってから、今日尋ねて行(ゆ)くまでには、実は多少の思慮を費していた。 行こうか行くまいかと、理性に問うて見た。 フランスの本が集めてあるというのだから、往(い)って見たら、利益を得(え)ることもあろうとは思ったが、人の噂に身の上が疑問になっている奥さんの邸(やしき)に行(ゆ)くのは、好くあるまいかと思った。 ところが、理性の上でpro(プロウ)の側の理由とcontra(コントラ)の側の理由とが争っている中へ、意志が容喙(ようかい)した。 己は往って見たかった。 その往って見たかったというのは、書物も見たかったには相違ない。 しかし容赦なく自己を解剖して見たら、どうもそればかりであったとは云われまい。 己はあの奥さんの目の奥の秘密が知りたかったのだ。 有楽座から帰ってから、己はあの目を折々思出した。 どうかすると半ば意識せずに思い出していて、それを意識してはっと思ったこともある。 言わばあの目が己を追い掛けていた。 或(あるい)はあの目が己を引き寄せようとしていたと云っても好(い)いかも知れない。 実は理性の争(あらそい)に、意志が容喙したと云うのは、主客を顛倒(てんどう)した話で、その理性の争というのは、あの目の磁石力に対する、無力なる抗抵(こうてい)に過ぎなかったかも知れない。 とうとうその抗抵に意志の打ち勝ってしまったのが今日であった。 己は根岸へ出掛けた。

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*~*~*~昭和23年*~*~*~

あつ森 来客 いない

到着時のコメントは、定型文です。 さあ、到着しました! 今回のターゲットはこの島です。 私はここで待機していますから、お帰りの際や道具が必要な場合には いつでも声をかけてくださいね! グッドラック! 道具が欲しい場合の時の会話は、 はいっ! どうされますか? ありがとうございます! では こちらを どうぞ! ほかにも ご用がございましたら お気軽にお申し付けください! 以上です。 この後に話しかけられたのでしたら、レアかもしれませんね! ちょっとでも気になる会話などがあったらあとから確認できるように録画するのをおススメします。 左側のコントローラーの写真を撮るボタンを長押しすると、押した所から30秒さかのぼって保存できます! 証拠保全! ちな、離島800回以上行きました。

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客へ提供する酒のボトル一気飲み 居酒屋でも店員の悪ふざけ

あつ森 来客 いない

97 ID:SkYb4TdtM. 05 ID:aDroDNCGa. 90 ID:XhfNLFOOp. 62 ID:XxDGDpkn0. 66 ID:5KvA12Sz0. 89 ID:neP2Hzbud. 12 ID:M4Q8V1cv0. 10 ID:UEaU0KbFp. 01 ID:FoO1ifB9a. 40 ID:XhfNLFOOp. 52 ID:lpAlQznRa. 66 ID:KkVTGKw6a. 47 ID:4FydALbCd. 45 ID:HvUQ01rbp. 13 ID:0qEIc0pEM. 00 ID:wgaDbpuEp. 29 ID:neP2Hzbud. 60 ID:6eJsUcl5a. 11 ID:FyzmRbCh0. 94 ID:Yl3QwpQm0. 05 ID:IjXndcZHa. net 時間をいじればいいのでは? 94 ID:FF4X9cTV0. 81 ID:wjUKbBWe0. 26 ID:ovYnuXeX0. 52 ID:usBECwMhd. net 泣きました。 僕は黒人でゲイでユダヤ教で明日予約着の購入者です。 73 ID:XOoNakj8p. 53 ID:1tD29Idg0. 60 ID:wjUKbBWe0. 67 ID:HU9ojDr70. 95 ID:u5qpZCU2a. 53 ID:z0f7nbLU0. 48 ID:6eJsUcl5a. 02 ID:wjUKbBWe0. 91 ID:XE6opZEP0. 56 ID:aDroDNCGa. 36 ID:ZqRVtb6up. 05 ID:ZwS54ePb0. 75 ID:1l7fah6D0. 50 ID:CfKySHd5a. 34 ID:k7OCcsuVa. 99 ID:ovYnuXeX0. 91 ID:cSDTnvbRr. 16 ID:wjUKbBWe0. 97 ID:YnepfacYM. 39 ID:7qsQyjPid. 84 ID:kg8wFSWNM. 33 ID:mqD65yAS0. 91 ID:FrBVBMMZ0. 36 ID:aDroDNCGa. 05 ID:OELHY0cE0. 75 ID:dKqezXKZp. 17 ID:c8U1t8P60. 37 ID:wJ1sOXXOa. 58 ID:2YOtktOa0. 67 ID:3aHPgM3s0. 89 ID:z0f7nbLU0. 06 ID:wjUKbBWe0. 30 ID:7qsQyjPid. 31 ID:gfL8yI950. 65 ID:h8lFJUXv0. 15 ID:3xY6BrAwM. 32 ID:dFvdDvEY0. 62 ID:MtCW1vAsa. 87 ID:EfXbk9xId. 74 ID:mfq2jpYE0. 87 ID:u5qpZCU2a. 34 ID:YuaL82Lxd. 14 ID:aDroDNCGa. 12 ID:DZk7Q2IL0. 75 ID:XE6opZEP0. net ローラン需要あるん? net 服は全て買っていくのではなくて、毎日ワンコーデ揃えて買うみたいな想定なんだろうなと思う カタログコンプ勢には不評だろうけども。 というより毎日少しずつ長期間プレイさせるゲームデザインなんだろう マイルも毎日ボーナスで月9000手に入るしマイル家具買う分くらいにはなる だから進行速度の遅さには特段愚痴を言う必要もないかなとも思う、不便だけど。 11 ID:sfbWfrGg0. 75 ID:msDbRs0E0. 73 ID:6XOHSkOj0. net 今日始めたばっかなんやけどイトウって普通の川のあたりにいる? 26 ID:3SpC8SR1a. 55 ID:57k6BHR00. 00 ID:S2W5FKxi0. 45 ID:3aHPgM3s0. 84 ID:shhx5gYQ0. 73 ID:mnVdxWeO0. 46 ID:UBI9Lw5J0. 91 ID:3d9FjukS0. 22 ID:cSDTnvbRr. 09 ID:AFiVN1PIa. 13 ID:HfVBSOyzd. 91 ID:u5qpZCU2a. 65 ID:1wejIuCh0. 17 ID:faDgtyRg0. 55 ID:Xb1Ao4oIa. 19 ID:msDbRs0E0. 59 ID:XBHbL1Mw0. 38 ID:YaLLjDJIM. 96 ID:1P78eV0Fa. 23 ID:Hd2zN1QkH. net ワイ「橋募金で作れるんか! 設置したろ!」 ハニワ「現在242ベル募金されてます。 net おいでよ以下 1001 : 2ch. net投稿限界:Over 1000 Thread 2ch. netからのレス数が1000に到達しました。 総レス数 1001 132 KB.

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