ラッセン が 好き 芸人。 孤高のお笑い芸人、永野「ゴッホより~普通に~ラッセンが好き~!」って何者?実は結婚してる!?

クリスチャン・ラッセン

ラッセン が 好き 芸人

ビートに乗って「ゴッホより、普通に、ラッセンが好き? !」と叫ぶネタでジワジワと人気になりつつある、お笑い芸人の永野(41)。 芸歴20年目の芸人が12月11日、『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)に出演した。 「サービスエリア人気グルメ食べつくし」というニセ番組の収録と聞かされて現場入りした永野を、 とんねるずの石橋貴明(54)、バナナマンの設楽統(42)、日村勇紀(43)がイオンモール成田で行われているクリスチャン・ラッセン展へ連行。 原画を購入する資金を永野に貸すため、所属事務所の社長も登場した。 石橋が「部屋はどれくらいの広さなの?」と聞くと、永野は「6畳!」と回答。 しかし「彼女いるの?」と問われて結婚していることをを明かすと「え、6畳ひと間で?」とツッコまれ、 「すいませんちょっとハングリーさ出しました。 嫁さんのおばあちゃんが亡くなった家を貰ったんで、一軒家です」とまさかのウソが発覚してしまった。 結局、永野はラッセンの絵1枚を58万円(税込み62万)で購入。 「これ、いろんな番組に持って行きます!」と宣言していた。 過去の「買う」シリーズの中では低額の部類だが、売れかけの芸人にとってはかなり無理した金額。 これを機に「ラッセン」ネタで更なる飛躍はできるのか、要注目? 日刊大衆2015. 13 16:00.

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【テレビ】永野、大好きな「ラッセン」をとんねるずに買わされる : これこれこれ

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スポンサードリンク 永野のプロフィール 本名:永野一樹 ながの かずき 生年月日:1974年9月2日 年齢:40歳 2015年2月現在 出身地:宮崎県宮崎市 身長:167cm 体重:57kg 血液型:AB型 事務所:グレープカンパニー 芸人・永野の持ちネタは!?面白い?面白くない? 最近着実に人気を上げてきていますが、 まだそれほど知名度は高くないため、 「 永野」について知らない人も多いかと思います。 早速その 持ちネタを見て行きましょう。 これが永野の現在の代名詞ともいえる「 ラッセンが好き」ですね。 最初は 何でこれが人気なんだ・・・って思ってましたが 何度か見ている内になんだかんだ好きになってしまいました。 中毒性があるんですかね・・・。 「五木ひろしさんに捧げる曲」 「森山良子さんに捧げる曲」 色々な歌があるのです。 スポンサードリンク 芸人・永野の芸歴!! 「ラッセンが好き」で話題となっている永野ですが、 思った以上に 芸歴が長いです。 芸人として活動し始めたのが1997年なので、 今年2015年でなんと 18年目となります。 ここまで遅咲きの芸人というのも珍しいのですよね。 元々知る人ぞ知る、的なポジションにいたそうで 一部から支持は受けていたみたいなんですけどね。 ただ元々は「 習字6段」という名のコンビを組んでいて、 解散後にピン芸人「永野」でやっていくことにしたとのこと。 しかし途中で何を トチ狂った思ったのか、芸名を「 永野おしり」に変更。 その後、再び「永野」に戻します。 若気の至りってやつですかね・・・。 「 習字6段」の頃の持ちネタが見たいと思って色々調べたんですが 残念ながら一切見つからなかったですね。。 それどころか相方すら分からずじまいでした 相当マイナーなコンビだったんでしょうかね。 GLAYの「everKrack」のPVに出演したことも!! 永野の過去について色々と調べていたところ、 面白い情報を見つけました。 何とあのGLAYのPVに出演したことがあるそうです。 こちらですね。 1:55辺りから登場します。 なにやってんだGLAY・・・ 因みにGLAYが永野のファンって訳ではなく、 PVの監督が永野を使おうと思っただけのようです。 これから大ブームを引き起きすことを期待しています。 スポンサードリンク こちらもどうぞ!!.

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【ラッセンが好き】永野(芸人)が大人気でブーム目前!?持ちネタは?本名年齢出身なども

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芸歴21年の中では、事務所に所属せずフリーランスとして活動するという不遇な時代もあったという。 彼を心酔してやまないサイキック芸人・キックは、「日本の景気を上げる御神体として大切に扱うべき存在!」と断言。 ブレイク直前の永野氏の強運にあやかるべく、インタビューを敢行した。 html】 キック 今日は僕、ちょっと緊張してるんですよ。 永野 何でですか? キック ふたりっきりの時間を改めて取っていただいたので。 ライブのときやお仕事のときに会ってはいても、その場でふたりで話すことってあんまりないじゃないですか。 話したいけど話せなかった。 僕、わりかしライブや仕事のときにはパっと帰るんですよ。 永野 ツンツンしてる(笑)。 キック 帰り方がキャバ嬢みたいな感じ。 ワーワー盛り上がってもアッサリ帰る。 セックスと同じと考えてるので、射精したあとはピロートークを僕、しないんで。 だから改めて向かい合わせていただくと緊張します! 緊張するんで、並びで座ってもいいですか? 永野 この対談は新しい! の『家族ゲーム』みたい(笑)。 さんの手法ですよ。 降りてきました! どんどん聞いてください。 キック 僕が永野さんに感銘を受けたのは、一緒にライブに出させていただいたときのことなんです。 そのとき、僕は「R-1ぐらんぷり」のためにどのネタが受けるのかを真剣にやっていて、ライブが終わったあとに「『R-1ぐらんぷり』に向けて調整してネタやってない?」「調整してお笑いやるってどうなの?」みたいなことを言ってもらったことがあって。 永野 笑いながらですけどね。 説教したつもりはなくて。 キック もちろんわかってます。 永野さんを見ていると、毎回舞台にドーンと今があるんですよね。 生き様があるというか。 作ってる作品が飛び抜けてパンクなんですよ。 ライブで下ネタとか放送禁止用語使ったりして「やってやったぜ」ってしょうもない悪ぶりをアピールする芸人っているんですけど、永野さんは本物の不良。 本物の不良はエネルギーを表現するんです。 永野 うれしいですね。 キック お笑いの世界でプロが評価する人ってマスには届かないこともあるんだけど、玄人にすごく認められている永野さんが、テレビに出てマスにワっと入っていっているのはすごいことだと思う。 ひとつのから電気が流れ込むように、ダーっと今いってる感じ。 永野 あぁ、ありがたい! 今でも言われてるけど、以前は"カルト芸人"とか呼ばれて、「あなたはヨソだ。 面白いけど今世で売れることはないでしょう」って言われるくらいだったの。 「テレビに出る気ないでしょ?」とも言われたし。 歌ネタやリズムネタの波に乗っただけかもしれないけど、最近俺がテレビに出だしたことは、昔から自分を知ってる人にとっては衝撃的なことだと思う。 「この人がテレビに出ていいの?」みたいな(笑)。 キック 衝撃的だし、そうあるべきだ!って思いますよ。 観る人の観る目があるというか。 奇跡というか素晴らしいことが起きてる。 この天才の言葉を残しとかなきゃいけないと思う。 だから対談をオファーしたんですよ。 永野 ありがとうございます! 何でも話します。 豊臣秀吉は生きています。 欲しい話を全部します。 キック 僕、永野さんはいつかブレイクすると思ってたんです。 それが今生なのか来世なのかわかんないくらい最先端のネタをやってらっしゃるので。 永野 この場にいる人が僕を知ってるということさえ異常ですよね。 去年からしたら。 キック 僕、『週刊プレイボーイ』で永野さんが人生相談みたいなコーナーを持ってるという予知夢みたいなものを見たんですよ。 普通に人生相談しても、いろんな経験している永野さんだからこそ、返ってくる答えが絶対に違って面白いだろうなって。 キック 誰にも届かないんだろうなって時期をどう乗り越えたんですか? 永野 僕28のときに前の事務所を辞めてるんですけど、今考えたら辞めた理由は若さで。 年齢は若くはないんだけど若い気持ちで何も怖くなかったんですよ。 けっこう大手の事務所にいたので、毎週さんにネタを見せるんですけど、どうもしっくりきてなくて。 自分的にはぬるすぎたんです。 フリー時代が5年もかかるイメージはなかったですけど、ここからはもう自分の笑いを追求して、掘り下げようと思っていました。 キック かっこいいです! 永野 大手の事務所で「すごいですね」とか「変わってますね」と言われても、所詮動物園の檻の中のオオカミなの。 でも、辞めたときはめっちゃ後悔したんですけど(笑)。 ちょうどどうにもならなかったので。 今でも忘れられないくらい。 辞めたときは自分にはまだ何かあると思ってたんですよ。 なんか俺、それまで人生楽勝だったので。 これは何かあるだろうって。 でも何もなかった。 キック どのタイミングでそう思ったんですか? 永野 自分が辞めたあたりから同じ事務所のさまぁ~ずさんたちがギューンと売れたんですよ。 当時銭湯に行って、着替えてたところでふとテレビを見たら、自分が面白くもなんとも思っていない後輩が、素晴らしいさまぁ~ずさんのバックで踊ってるんですよ。 眉間に皺しかない肉体労働者に囲まれて、それを観たときに、終わったなと思いましたね、まじで。 キック 想像しただけでもキツイですね。 永野 それで、一瞬、田舎に帰ろうってなるんですけど(笑)。 最近、20くらいでお笑いを始めた理由を考えてて、気づいたんですよ。 赤裸々に言うと当時流行ってたし、僕はお笑いに逃げたところがあると思うんですよね。 賞レースも僕のときはなかったし。 僕は普通に働きたくなくて、バンドマンやるにしても楽器弾けないし。 社会から逃げるためにお笑いに来たようなところがある。 不良って言ってましたけど、根底が社会不適合者なので、5年間耐えたというよりは逃げたんですよ。 ずっと逃げてた。 キック 逃げる力があったんですね。 永野 逃げ切れたんです。 逃げを利用して、仲間4人くらいで1カ月に1回ライブをやってたんですけど、今までの縛りがまったくなくなったんですよ。 構成作家もいなかったし、やりたい放題だったから、おのずと変な筋肉が鍛えられましたた(笑)。 周りの友達にお笑いやってるぞアピールをするためにやってたライブですけど、ストレスの解放もあって、そのおかげで今の自分の形成ができたんです。 誰にも相手にされないところでやったんで、精神的にはめっちゃくちゃやられましたけど、よく考えたら逃避だったんですよね。 キック 解放されたことで自分の笑いに集中できたと。 永野 その瞬間は解放されましたけど、やっぱり大変だと思った。 で、サブカルな部分をちょっと評価してもらって、33歳で今の事務所に入るんです。 口では売れるとか前向きなことを言ってましたけど、売れることはないと思ってましたね。

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