カルピス 100 周年。 もうすぐ100周年「カルピス」がいま大切にするものとは

「カルピス」ブランド100周年施策大切な人とあなたが主役になる七夕体験カルピス®100th 七夕に会おう展7月4日(木)~7月14日(日)開催〜人を想う記念日ACTION!七夕〜|アサヒ飲料のプレスリリース

カルピス 100 周年

パンは生地から焼いて冷まし、ドリンクは注文を受けてから全て手作りするため、とにかく大混雑。 6日に訪れた際には、「『カルピス』+糀甘酒ブレンド」と「天の川コッペパン」を注文してから受け取るまでに30分以上かかったので、時間に余裕をみて注文した方が良さそうだ。 発酵食品と掛け合わせた飲み方も 「カルピス」は日本初の乳酸菌飲料として1919年7月7日に発売された。 水で薄めて飲んだり、牛乳やアルコールで割ったり。 飲み方にバリエーションがあるのが特徴だ。 幼い頃にカルピスを作ってもらったり飲んだりした思い出がある人も多いだろう。 ひな祭りに飲む白酒の代わりに、保育園や幼稚園にカルピスを配る取り組みも1963年から約半世紀に渡って続けているという。 時代を超え、アサヒ飲料では、最近はカルピスと発酵食品をブレンドした新しい飲み方も提案している。 カルピス自体も、乳酸菌と酵母から成るカルピス菌を二段階で発酵させたもの。 イベントの「カルピスカフェ」でも、ビールや糀甘酒、もろみ酢、ヨーグルトとカルピスを掛け合わせたドリンクを販売している。 甘酸っぱい味わいが、夏にぴったりだ。 アサヒ飲料の佐々木さんは「次の100年も、カルピスがみんなのコミュニケーションのきっかけになれば嬉しい」と話している。 「 カルピス100th 七夕に会おう展」 7月14日まで(「ことばの宇宙」は7日まで)。 開館時間は午前11時~午後8時。 「dot river」の最終体験受付時間は19時45分で、混雑時には整理券を配布する。 カフェのラストオーダーは、フードが午後7時、ドリンクが午後7時半。

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カルピス 100 周年

提供 国民的飲料はモンゴルに誕生のきっかけがあった(100周年新CM発表会。 時事通信フォト) 2019年7月7日、日本初の乳酸菌飲料カルピスは100回目の誕生日を迎えた。 大正、昭和、平成、そして令和と時代が変わっても愛される国民飲料であるが、そのルーツは意外なほど知られていない。 『カルピスをつくった男 三島海雲』著者の山川徹氏が、取材のために誕生の地・モンゴルを訪れた際のエピソードを綴った。 * * * 草原で、1本の連絡を待っていた。 2016年6月下旬、私はカルピスのルーツを辿り、中国の内モンゴル自治区南東部のヘシクテン旗にいた。 旅の途中に知り合ったモンゴル人歴史学者が、カルピス誕生の鍵を握る一族の末裔を知っているという。 紹介されたのが、遊牧を営む86歳のボインイブゲルだった。 白いヒゲを蓄えた彼は、孫が暮らす集合住宅で待っていた。 「私は三島さんに直接会ったことはありません。 でも曾祖母や使用人が幼い私にまるで昔話を語るように、三島さんの思い出を話してくれました。 曾祖父とはまるで兄弟のように仲がよかった。 彼はたくさんの遊牧民に愛された人だったのです」 三島とは、のちのカルピスの、いや日本における乳酸菌飲料の父となる三島海雲である。 ダイニングの壁には古い写真が貼られていた。 そのなかに100年以上前、三島がモンゴル貴族と撮影されたとされる新聞記事の切り抜きもある。 三島が中国大陸にわたったのは、日露戦争前の1902年のことである。 北京の学校で日本語教師として教壇に立ったあと、彼は日本の雑貨などを扱う会社を立ち上げた。 ちょうどそのころ日露戦争が勃発する。 日本の軍馬不足を知った三島は、北京の北方に広がる草原に目を付けた。 そこが、当時、正確な地図もつくられていなかったモンゴル高原だった。 軍馬の調達で草原を旅した三島は、1つの疑問に導かれて北京とモンゴル高原を行き来しはじめる。 チンギスハーンの時代、遊牧を営むモンゴル人は、なぜユーラシア大陸を席捲できたのか。 彼らの生命力の源はどこにあるのか。 三島は、医師に長くは生きられないと言われるほど、病弱な子どもだった。 だからこそ、モンゴル人の活力にことさら魅力を感じていたのだ。 旅の途中、三島はモンゴルの有力貴族であるパオ氏のゲル(組み立て式の家)で歓待を受けた。 食卓には見たことがない食べ物が並ぶ。 遊牧民が毎食欠かさず口にする乳製品である。 食べ続けると、長年悩まされていた頭痛がウソのように消え、食欲もわく。 これが、モンゴル人が持つ生命力の源泉だと直感した三島は、モンゴル伝統の乳製品の研究に取り組みはじめた。 このパオ氏の末裔が、ボインイブゲルだったのである。 再び彼の言葉に耳を傾けよう。 「三島さんは乳製品をつくる曾祖母に『何分間、火をかけるのか?』『なにをどれくらい入れるのか』ととても細かく聞き、メモを取っていたそうです。 ある日、曾祖母が料理の途中に席を外すと、三島さんが代わりにつくっていたこともあった。 また三島さんは曾祖父がプレゼントした馬で、毎日草原を散歩していました……。 三島さんが帰国したあと、日中戦争がはじまると、家族は、三島さんは大丈夫だろうかと心配していました。 三島さんを直接知らない私にとっても、とても身近な人なのです」 日本に三島の人となりを知る人はほとんどいない。 だが、カルピスのふるさとモンゴル高原では、遊牧民と友情を育んだ三島について、いまも語り継ぐ一族がいるのである。 パオ氏に乳製品の製法を学んだ三島は、帰国し、試行錯誤の末にカルピスを開発する。 カルピスのパッケージは、白地に青の水玉模様。 天の川をイメージしたデザインだ。 自伝などで三島は、戦後間もないころ、富士山麓で目にした、空の色から水玉模様の着想をえたと振り返っている。 後年、三島はまるでふるさとを思い出すかのように、モンゴル高原について語ったという。 彼が96年におよぶ人生を終えたのは、1974年。 その長い足跡を追うと、カルピスの水玉模様が、彼が青春をかけた草原の空に瞬く星々のようにも思えるのである。

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カルピス100年の歴史と乳酸菌の効果は?美味しいレシピも紹介!

カルピス 100 周年

今年 100 周年をむかえる「カルピス」が、誕生の日である7月7日・七夕に向け、「カルピス 100th七夕に会おう展」を開催する。 「カルピス」のシンボル「水玉」を使った体験イベントもあり、ロマンチックな七夕体験ができそうだ。 「カルピス」は、現在100周年施策として、様々な記念日を応援する「人を想う記念日 ACTION! 」を展開中。 これまで、ひなまつり、卒業、こどもの日と続き、この夏は「カルピス」の誕生日である七夕に企画展を開催。 1 年に1度だけ会うことが許される織姫と彦星のように、七夕を、大切な人を思い、会うための記念日として、「会う」をテーマにしている。 展覧会には、ユニークな体験ブースが登場。 「光の天の川イルミネーション dot river(ドットリバー)」は、約 1 万個の水玉でつくられた天の川を、自分たちで光り輝かせることができるインタラクティブイルミネーション。 互いに手にした「水玉」を天の川へ近づけると、光が広がり、輝きだす仕組みで、同じ色の水玉を持った人が中央のフォトスポットで出会うと、音楽とともに特別な光の反応が始まる。 まるで織姫と彦星が出会うようなロマンチックな演出は、カップルや家族で楽しむのにおすすめ。

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