人権メッセージ パクリ。 三重県|三重県人権センター:人権メッセージ募集2017

人権作文の中学生向け例文!パクリはバレる?5枚でのまとめ方は?

人権メッセージ パクリ

舛本直文さん オリンピック・パラリンピックは、4年に1度のスポーツの祭典として、多くの人が選手のメダル争いに注目します。 しかし、オリンピックはもともと、スポーツを通した教育や平和のために誕生した祭典で、人権と深い関わりがあるのです。 「近代オリンピックの父」と呼ばれるフランスの教育家、ピエール・ド・クーベルタン男爵は、スポーツは体を鍛えるだけでなく、心身の調和のとれた人間を育成し、フェアプレーの精神や友情、道徳、連帯感を育むことができると考えました。 さらに、国際的な競技会で他国の選手と親しくなり、多様な文化や芸術に触れることで、平和な社会の実現につながると考えたクーベルタンはオリンピックのあるべき姿として、「オリンピズム(オリンピック精神)」を提唱しました。 そして、1894年に国際オリンピック委員会(IOC)が設立され、古代ギリシャでおこなわれていたオリンピックは復興されました。 十九世紀末、ヨーロッパ列強による植民地争奪と勢力圏拡大が激しさを増していた時代に復興されたオリンピックは、こうしたクーベルタンの教育と平和の思想に基づいているのです。 そして、1908年にはIOCにより「オリンピック憲章」が制定され、その後に定められた根本原則には、「人権の尊重」が謳われています。 オリンピック研究やスポーツ哲学が専門の首都大学東京特任教授、舛本直文さんは次のようにいいます。 「人が平和に生きるには、人権が満たされていなければなりません。 平和をめざすオリンピックの根幹に人権が位置づけられているのは理にかなったことです」。 しかし、このような志を掲げながらも、オリンピックはさまざまな人権問題を抱えてきました。 オリンピズムの根本原則(抜粋)• オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会を奨励することを目指し、スポーツを人類の調和の取れた発展に役立てることにある。 スポーツをすることは人権の1つである。 すべての個人はいかなる種類の差別も受けることなく、オリンピック精神に基づき、スポーツをする機会を与えられなければならない。 オリンピック精神においては友情、連帯、フェアプレーの精神とともに相互理解が求められる。 このオリンピック憲章の定める権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、国あるいは社会のルーツ、財産、出自やその他の身分などの理由による、いかなる種類の差別も受けることなく、確実に享受されなければならない。 (日本オリンピック委員会「オリンピック憲章」2015年版・英和対訳より) オリンピックが直面してきた様々な人権問題 東京オリンピックメモリアルギャラリー(世田谷区駒沢公園1-1)には1964 年大会を中心に様々な資料が展示されている。 当時の競技プログラムにはピクトグラムがデザインされている。 オリンピックの人権問題として、第一に、「女性の参加」と「性的少数者」の問題が挙げられます。 舛本さんは「1896年の第1回アテネ大会では、女性は参加できませんでした」といいます。 当時の大会は、絶対神ゼウスを崇めるためにおこなわれていた祭典競技「古代オリンピック」をモデルにしており、これが女人禁制だったためです。 「まだ女性の権利が十分に保障されていない時代だったこともあり、クーベルタン自身も女性の参加には反対していました」(舛本さん)。 1900年の第2回パリ大会からは、女性も参加するようになり、時代とともにその競技数も増えていきます。 「その結果、1968年のメキシコ大会から、女性だけ性別検査が始まりました。 これが女性の人権侵害にあたると多くの抗議がされますが、1999年に中止されるまで30年以上、女性のみの検査が続きました」(舛本さん)。 「単に性的指向の単語を追加するのではなく、第6項全文が世界人権宣言の条文に近い文章になった点で、IOCが人権尊重という課題に力を入れていることがうかがえます」(舛本さん)。 人種差別との闘い さらに、人種差別問題も、オリンピックに大きな影響を及ぼしてきました。 例えば、アパルトヘイト(有色人種の隔離政策)をおこなっていた南アフリカ共和国は、1964年の東京大会以降、参加が認められず、1971年にはオリンピックから追放されます。 復帰したのは、1991年にアパルトヘイトを撤廃した翌年のバルセロナ大会からでした。 また、1968年のメキシコ大会の陸上男子200mで、金メダルと銅メダルを獲得したアメリカ国籍の黒人選手が、表彰台でアメリカ国旗から顔を背け、黒い手袋をはめた拳を高く突き上げました。 オリンピック憲章では、競技会場などでの政治的パフォーマンスを許可していません。 2人の選手は直ちに選手村を追放されました。 ところが、実はこのとき、銀メダルを獲得して同じ表彰台に上ったオーストラリアの白人選手も、人権侵害に反対する白いバッジをつけていたのです。 「スポーツ界では、白人選手の間でも人種差別に反対する動きがあったのです」(舛本さん)。 障害者のスポーツ参加とパラリンピックの発展 パラリンピックは、戦争で脊髄を損傷した兵士のリハビリとして、イギリスのストークマンデビル病院でおこなわれた車いすアーチェリー大会が基になっています。 1960年のローマ大会開催後に、初めてパラリンピックが開催され、車いす選手によるアーチェリーや卓球など8競技がおこなわれました。 車いす選手以外の障害者選手がパラリンピックに参加するようになったのは、1964年の東京大会からです。 「東京大会は、より多くの障害者にスポーツへの道を開いたといえるでしょう」と舛本さんは語ります。 また、舛本さんは、近年のパラリンピックでは2014年のソチ冬季大会が印象に残っているといいます。 「選手村に、国連障害者権利条約に賛同する人がサインすることができるボードが設置されました。 東京は2度目のパラリンピックを開催する初めての都市でもあるので、こうした有意義な取り組みを積極的に取り入れた方が良いと思います」。 大会を通して人権のレガシーを残すために 1964年東京パラリンピック大会ポスター (東京都人権プラザ「みんなのスポーツ展」より) オリンピック憲章は大会開催地にレガシー(遺産)を残すことを目標としています。 舛本さんは、1964年東京大会のレガシーの一つに「ピクトグラム(図記号)」を挙げます。 「競技だけでなく施設や設備にもピクトグラムが体系的につくられたのは、東京大会が初めてでした。 多様な国の人たちがピクトグラムで情報を理解する、言語のバリアフリー化に貢献したのです」。 オリンピックはさまざまな人権問題に直面してきましたが、2020年東京大会を通して私たちはどのような人権尊重のレガシーを残すことができるでしょうか。 東京大会のエンブレムには「 みんなの輝き、つなげていこう。 Unity in Diversity」という広報メッセージが添えられます。 舛本さんは「一人ひとりの多様性を意味するDiversityという言葉は、人権啓発において大変重要」と指摘します。 「オリンピック・パラリンピックを通して平和や国際交流、異文化理解などが深まり、多様性を尊重する人権感覚が育つことに期待したいですね」(舛本さん)。 これから私たちも、オリンピック・パラリンピックの話題を人権の観点からも見ることで、より深い理解や感動が得られるのではないでしょうか。 インタビュー/林 勝一(東京都人権啓発センター 専門員) 編集/小松 亜子 『「多様性と調和」の実現を目指して』 編集・発行:東京都総務局人権部 (注)「じんけんのとびら」ホームページにPDFを掲載しています。 『オリンピック・パラリンピックと人権』 企画・製作:(公財)人権教育啓発推進センター•

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中学にあがると、 人権作文という課題が出ますよね。 この人権作文ってどういうものなのか、読書感想文のときのように読んだ物の感想を書くのとはちょっと違うので、どうやって書こうかと悩みますよね。 人権作文はテーマが重たいので 『感想を書くのはむずかしいなぁ』 と感じることと思います。 どこかから人の作文を見てパクってこようと考えている人もいるのではないでしょうか? ただ、私達はふだんから無意識に人権について感じていることや考えていることが多いので、書き方のポイントさえおさえれば案外スラスラと文章が思い浮かびやすいものです。 そこで今回は中学生のかたに向けて、人権作文の書き出しや、どういう風な順番で文を作っていくとよいのかなど、 書き方のポイントをお伝えします。 また、パクリはバレるものなのかということも説明しますので、ぜひ最後まで見てくださいね。 電車やバスなど静かにしないといけない公共の場にも関わらず、ときどき大きな声をあげたり落ち着かない様子でウロウロしたり突然手を叩くなどする大人の人を見ることがあります。 周りの人は迷惑そうにしていたし、可哀相な人を見るような目をしていました。 私もその人が近くに居ることが怖かったし、あんな風に自分はならなくてよかったと思っていました。 そんないつも他人事だと思っていた知的障害者の人に対して考えるきっかけになったのは、学校から帰宅する帰り道のことでした。 よく見かける知的障害者の人が、地域の子どもたちに囲まれていました。 通りすぎるときによく見てみると、小さな石を投げられていたり、「気持ち悪い」「消えろ」といった言葉をかけられていたのです。 状態から書き始める 私の叔父は右腕がありません。 詳しくいうと、右の肘から下がないのです。 小さい頃に交通事故で失ってしまった様です。 叔父は、私のことを小さなころからとても可愛がってくれました。 優しくて面倒見のよい叔父に私はとても懐いていました。 叔父は私の授業参観などにも喜んで来てくれたのですが、当時の私は正直周りの目がとても気になりました。 好奇の目で見られたり、気味悪がられたりすることもあり、私は叔父さんに学校に来ることを遠慮してもらうように言ったのです。 すると母に「あなたは右腕が無い叔父さんが恥ずかしいと思ったんだね。 でも、お母さんはあなたに叔父さんがどんな気持ちなのかを考えてみてほしい。 」と、言われたことが身体障害者について考えるきっかけとなりました。 体験したことから書き始める この夏休みに家族で旅行に行きました。 うちには車が無いので電車で移動でしたが、夏休みなので駅のホームはとても混んでいました。 私には小さな弟も居るし、長旅になるので絶対に席に座りたいと思い、電車が到着するとすぐに二人で駆け込むようにして乗り込みました。 そのときに、弟が何かにぶつかって頭を押さえたのです。 見ると、サングラスをした無愛想な男性が白い杖を振っていたのです。 それを見てすぐに、その男性は目が見えないのだということには気がつきました。 ぶつかったことを謝罪しましたが、男性は「どいてくれ!」と言ってとても慌てているように声を荒げてきました。 私はどうしてこの男性がここまで怒るのか、急いでいるのかこのときは全くわからず、ただ失礼な人だと思っていましたが、視覚障害の方について調べるうちに、男性がどうして急いでいたのかを知ることになりました。 社会的な事情の面(調べたことなど)から書き始める 最近ではバリアフリーといって障害のあるかたや高齢者の方でも、障害のない方と同じように社会生活・日常生活を送ることができるように、障害の壁といわれるものを取りのぞいていく支援がとても多くなっています。 外を歩けば、点字ブロックがあったり、階段の近くにスロープや車椅子の方でも利用できるエレベーターがあったり、シャンプーなどのボトルに点字があるなどたくさん日常生活には優しさが溢れていることに気づき、温かい気持ちになります。 ただ、私はひとつ気になったことがあります。 それは「障害者」という言葉とその漢字です。 害がある、害を他人に及ぼすというようにも見えるこの漢字が見ていてどうしても嫌な気持ちになり調べてみることにしました。 以前、母親が私の学校の運動会で「サバイバルリレー」という文字をみて、「これ何?」と聞いてきました。 サバイバルリレーは「障害物リレー」といわれていたものを言い換えたものだそうです。 といった具合です。 ここで 人権作文の書き出し方について3つのポイントをあげます。 1.作文のテーマ(今回は障害)について調べてみる まずは、 障害について調べてみます。 『どんな風なことが障害(不自由)となっているのか』• 『どんな気持ちで過ごしているのか』• 『どうしてもらうのがありがたいと感じているのか』• 『そもそも障害って何なのか』 など。 2.自分の体験(見たり、聞いたりした障害に関してのこと)を思い浮かべてみる その人のことを考えたときに、 頭に浮かぶ言葉(感情)は? もしその人が自分の家族や友達だったらどうしてあげたいと思うのか思い浮かべてみる 3.2で思い浮かべた人について、どんな人であるか、どういうところが気になったのかを書いて、それについて調べてみよう(考えてみよう)と思ったきっかけを書く。 この きっかけの部分が、 文章を作る上で大切な起承転結の『起』の部分にあたります。 まずはこの3つポイントを順番に意識して書いてみてください。 だいたい作文は 原稿用紙5枚ほどが目安だと思いますので、書き出しは1枚の半分ほどを目標に書いてみましょう。 また、以下では全国中学生人権作文コンテストで入賞した作文を見ることができます。 ぜひ参考にしてみてください。 参考《法務省・全国中学生人権作文コンテスト》 お勧めの参考になる書籍 1.目の見えない人は世界をどう見ているのか 人権作文の中学生向け例文!5枚のまとめ方・構成は? 原稿用紙5枚も書かなきゃいけない!と、あまりの多さに戸惑いますよね。 でもポイントを押さえてしまえば、5枚もあっという間ですよ。 作文は基本的には 「起承転結」の形で文章をつくります。 前提として伝えておくことなどを書きます。 原稿用紙5枚だとすると、 起:承:転:結は1:4:4:1ぐらいの配分が理想的です。 『起』と『結』は原稿用紙のページ半分。 『承』と『転』は原稿用紙2枚分です。 ここで上の例文2を使って 起承転結を簡単にまとめてみます。 『結』 何も知らなかったら身体障害者である叔父の気持ちを考えることができなかった。 自分が思っていた気持ちは間違っていることに気づいた。 人には皆平等に生きる権利があると気づいた。 これから同じような障害者に出会ったら自分にできるサポ-トをしたい。 といった具合です。 起承転結といって説明を見てみたけれど、まだ分かりにくいという人もいると思います。 また、障害者の人について書かれている他の人の人権作文を参考に見ると、そればかりが頭に残ってしまい余計に自分の書きたい文が思い浮かばなくなるといった人もいるでしょう。 そこでオススメするのは、 まずテーマ(今回は「障害者の人権」)について調べることです。 「障害者の方ってどんな人なのかな?」• 「障害者の方にとって、外に出かけるってどれだけの弊害があるのかな?」• 「障害者の家族ってどんな風に過ごしているのかな?」 など、その テーマに関してまず調べてみてください。 すると、書きたいことが浮かびやすくなります。 どんな人がいることに気がついたのか• それを知ってどう感じたのか• その人はどういう生活をしているのか• 自分たちはその人たちとどう関わっていくべきなのか という風に考えてみてください。 人権作文の参考動画 武蔵村山市人権作文代表作品朗読動画(平成30年度全国中学生人権作文コンテスト東京都大会)より 人権作文のパクリはバレる? ここまで人権作文の書き方をみてきましたが、『考えるのも面倒だし、ネット上から良さそうな文章をパクって書いちゃおうかな』と思っている人も、もしかしたら居るかもしれません。 ただし、 人の作文を真似するパクリはすぐにバレますよ。 今はコピペをした文章を検索するためのソフトもあるので、そこに文章を入れるとすぐに人の文章だとバレてしまいます。 ネット上に出てくる作文ということは、ある程度 評価されているものである可能性が高いので、パクリ文章が学校内で受賞してしまうなんてことになったら大変です。 そのまま市のコンクールなどに出すことになったら、取り返しのつかないことになります。 《参考ページ》過去にパクリがバレた人もいるようです そもそも人権作文はなぜ夏休みの宿題ででるの? そもそもせっかくの夏休みに人権作文などの作文が宿題に出されることが多いのかというと、一番はもちろん、 十分に考える時間があるからです。 国語力というのは、どの教科にも通づるところがあり、 国語力を高めることで他の教科の勉強も理解しやすくなります。 ただ、 国語力というのは短時間で身につけられるものではありません。 思ったことは話せるけど、自分の考えをまとめて人に伝える・文章にするというのは書く力がなくてはできません。 また、 書く力というのは読む力がなければ向上しません。 学校の授業で、「さぁ、今から作文書いてください!」といってすぐに書けるものでもないので、夏休みの宿題としてだされるのです。 長い時間がある中で、どれだけ自分の思いや考えをまとめて書くことができるのか。 また、 書くためにどれだけ調べ、読み、考えたのか。 この過程がとても大切で、国語力を養うとともに、 心も成長させるのが作文です。 まとめ• 人権作文はポイントさえおさえれば、難しくない• 私達は普段から無意識に人権について感じ、考えている• まずは、与えられたテーマについて調べてみると書きやすくなる• 作文は起承転結で書き、「1:4:4:1」の割り合いで書くとよい• 人の作文をパクると高い確率でバレる• 夏休みだからこそ作文で国語力をアップ いかがでしたか? ついつい作文が苦手で後回しにしてしまうことも多いと思いますが、この機会にぜひ作文を楽しんでみてください。 障害をもつ人がどんな人なのかを 知ろうとすることから始めてみましょう。 関心をもって調べると、今まで知らなかったことを知り、自分の中でいろんな考えや思いが浮かんでくると思います。 それを丁寧にまとめていきましょう。 あなたがこの記事を読んで、自分の思いをスラスラと書けるようになるとうれしいです。 【こちらも読まれています】.

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税の作文のパクリがばれた!バレないと思っているヤツはココを読め

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人権はみんなが持っているものであり、みんなで守っていかなければならないものだと思います。 人権とひと言で言っても、例えば高齢者の問題や、障害者、いじめ、外国人差別、人種差別…などたくさんの問題があります。 でも、これらの問題をすべて解決するにはたくさんの人々の協力と、たくさんの努力が必要だと思います。 そもそも、なぜこの世界で人権問題が起こっているのでしょうか。 それはきっと自分たちとは異なる文化を拒絶しようという気持ちから来るんだと思います。 その例を挙げてみると、自分の子どもが外国人と結婚しようとしたら、ほとんどの親は喜ばないでしょう。 それどころか反対する親も少なくないと思います。 しかし、自分たちの文化以外は認めたくないという考えをみんながもってしまったら、人権の問題はいつまでも解決しません。 なので、自分たちと異なる文化にも興味を持ち、心を開いていくことが、これからの平和な世界、そしてこれからの輝く未来を築き上げていく第一歩だと思います。 いじめについてはこれも一種の差別です。 いじめは他人の幸せを奪う卑劣な行為だと言えます。 それに、他人の個性を非難したりする権利はだれにもないのです。 いじめは、その人が自由に自己表現することや、自分らしさを発揮することを阻むことになります。 それによって自信を無くし、本当の自分を出すことができなくなってしまいます。 それは、明らかな人権の侵害です。 それ以外にも陰で悪口を言ったりするのも人権の侵害に含まれる行為だと思います。 自分のことを省みてみると、自分の何度か友達の悪口を言ってしまったり、他人を傷つけるようなことをしてしまったり、ということが思い出されるので、これからは、自分が他人にされて嫌なことは人にしないように心がけたいです。

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