寄ら ば 大樹 の かげ。 『蒙求』寄らば大樹の陰

「寄らば大樹の陰」は通用しない時代、将来強く生きられるのはどんな子どもたち?

寄ら ば 大樹 の かげ

しかし、中小企業よりは、大企業のほうが、社員の定着率がはるかに高い。 いつの時代も、新卒や中途の採用試験では、中小企業よりも大企業にエントリーする人が多い。 今回は、私がこれまでの取材経験で感じ取ったことをもとに考えてみたい。 ちなみに今回は、大企業の「賃金」「労働条件」「福利厚生」などは、あえて省くようにした。 中小企業の社員と比べると、特に基礎学力や意識などが相対的に高い。 プライドも高く、競争で勝ちたいという情熱を持った人も多い。 意識の高い人が多数並ぶのが、大企業の大きな魅力だ。 高いレベルの人の間でし烈な競走があるからこそ、ハイレベルな人になる。 仕事を早く覚え、高い業績を残す人材になるためには、レベルの高い社員がたくさんいる中にいないといけない。 レベルの低い人が多数いる中で、優秀な人は生まれえない。 多少、抜きん出たレベルになったところで、周囲のレベルが低いから、「優秀」とは言えない。 部下が育つか否かは、上司の力や経験、意識しだいだ。 大企業の場合、中小企業よりは、管理職の部下への指導や助言、コーチングなどは全般的に水準が高い。 中小企業の場合、社員の定着率が低く、社員間でし烈な競争があまりない。 競争があったとしても、レベルが高い人たちの競争とは言い難い。 これでは、レベルの低い人までもが、キャリアを積むと管理職になってしまう可能性がある。 レベルの低い人は権限を持ったとしても、部下への育成ができない。 そもそも、自分が一定のレベルに達していない。 こういう会社に入ったところで、多くの人が伸び悩むことになる。 評価をする上司のレベルも全般的に高い。 労働組合や人事部もあり、「人事評価は客観的にならなければいけない」という空気や文化が社内にある。 それが十分とは言い難いかもしれないが、中小企業の人事評価よりは、はるかにマトモである。 大きな傾向として、優秀な人は認められやすく、競争で負けた人は認められないようになっていく。 こういう環境も、大企業の魅力である。 中小企業よりは人材の淘汰が正確に、確実に進んでいる。

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【寄らば大樹の陰】の意味と使い方の例文(語源由来・類義語・英語訳)

寄ら ば 大樹 の かげ

徳川将軍のことを「大樹」と呼んだりする。 その謂われは、後漢の馮異(ふうい)という人の故事からである。 彼は、書を読むことを好み、特に『春秋左氏伝』と『孫子』に通じていた。 その人柄は穏やかで自慢することなく、他の将軍に出会うと、自ら車を引いて道を譲った。 軍が野営する時、将軍たちは集まって手柄話に花を咲かせた。 しかし、彼はいつも樹の下に一人でいた。 そこで、いつしか彼のことを大樹将軍と呼ぶようになった。 その人柄を慕い、兵士たちは皆が大樹将軍の元に配属されることを願ったという。 「寄らば大樹の陰」とは、このようなことを言うのであろう。 部下たちが求めるのは、強いリーダーよりも優れた人柄のリーダーだと、いうことである。 出典 (明治書院)新釈漢文大系59『蒙求 下』660頁 馮異大樹 後漢馮異字公孫、潁川父城人。 好讀書通左氏春秋・孫子兵法。 (中略) 爲人謙退不伐。 行與諸將相逢、輒引車避道。 進止皆有表識。 軍中號爲整齊。 毎所止舎、諸將並坐論功。 異常獨屏樹下。 軍中號曰大樹将軍。 及破邯鄲、乃更部分諸將、各有配隸。 軍士皆言、願屬大樹将軍。 後漢の馮異(ふうい)、字(あざな)は公孫、潁川(えいせん)父城(ふじやう)の人なり。 讀書を好み、左氏春秋・孫子の兵法に通ず。 (中略) 人となり謙退にして伐(ほこ)らず。 行きて諸將と相逢へば、輒(すなは)ち車を引いて道を避く。 進止(しんし)皆(みな)表識(へうしき)有り。 軍中、號(がう)して整齊(せいせい)と爲す。 止舎(ししや)する所毎に、諸將並び坐して功を論ず。 異、常に獨り樹下に屏(さ)く。 軍中、號して大樹将軍と曰ふ。 邯鄲を破るに及び、乃ち更に諸將を部分し、各(おのおの)配隸(はいれい)有り。 軍士、皆言ふ、願はくは大樹将軍に屬(ぞく)せん、と。 投稿者 投稿日: カテゴリー 投稿ナビゲーション.

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『蒙求』寄らば大樹の陰

寄ら ば 大樹 の かげ

(写真:落下する隕石のような夕焼け) 《寄らば大樹の陰、と言われた時代》 「寄らば大樹の陰」 かつては、そのように言われ、子を持つ親ならば、自分の子供に大手企業に就職して欲しいと願いました。 それは、大手企業ならば、収入も保証され、なにより大きさ故に安定しているからです。 急に倒産して路頭に迷う心配もないと思われていました。 ただ、大手を退職された方の話を聞いてみると、内実は外から想像するのとは違うようです。 大手には、多くの社員が雇われています。 そして、その中のごく一部の優秀な人が管理職として、出世の階段を上ります。 では、それ以外の圧倒的多数はどうしているのか? 若いうちは、まだ伸びしろがあるので、先に期待を持って頑張れます。 やがて30代、実力もついて、それなりの責任を担って仕事が面白くなる頃です。 しかし、40代、50代と年齢が上がるにつれ、若くて優秀な後進が自分の代わりに頑張るようになります。 年齢的にも成長は見込めず、かと言って管理職として出世の階段を登れる人はごく一部。 企業での存在感は、すっかり失われて、中堅より上の世代に大量の退職者がいるというのです。 私の知り合いは、まだ若い内にそれに気がついて、別の道を求めて成功していますが、信じて登った階段の先がふさがれているのは、実にやりきれない話です。 《いまや、寄らば大樹の翳り》 その大樹である大手企業ですら、急に心肺停止する時代です。 日本の経済復興の象徴でもあった大手電機メーカーの崩壊は、まだ記憶に新しいと思います。 難関を突破して、その企業に入った社員はもちろん、そこから仕事を貰っていた下請け企業の人たちも人生設計が狂いました。 大手電機メーカーからの受注に9割以上を頼っていた下請け企業の社長は、常々「寄らば大樹の陰」と家族に語っていたそうです。 実際、そのおかげで収益も上がり、家族も裕福に暮らせました。 しかし、大手電機メーカーの経営が悪化して、下請けへの受注が激減した結果、その会社は赤字まみれになって倒産しました。 「また、いつか良い時代が戻ってくる」そう信じて借金経営を続けたツケが回ってきたのです。 父親の社長の死後、多額の借金に呆然とした息子さんは、「寄らば大樹の陰」の怖さが身に染みたそうです。 そして、今は脱下請けを果たして、小ロット生産の会社を経営して成功しています。 いまや、「寄らば大樹の陰」が「寄らば大樹の翳り」の時代です。 高度成長期の幻想をいつまでも抱えて生きている訳にはいかないのでしょうね。 《大樹の下から出て、陽の光を浴びよう》 ある時、地元ラジオ局のアナウンサーが中学校で講演したことがあり、その内容が共感を呼びました。 「皆さんは、今、世の中で人気のある仕事、収入の良い仕事を見て、それを目指して頑張っているかも知れません。 しかし、皆さんが社会に出るまでの10年の間に、その仕事の何割かは存在自体なくなっているのです。 ですから、皆さんが仕事を選ぶ時は、人気や収入ではなく、本当に自分がしたいことで選んでください。 」 私が就職した時は、ITは非常に収益の高いビジネスでした。 毎日遅くまで働いて終電も乗れないので、その都度会社のタクシーチケットを使っていたと言う話を聞きました。 しかし、今や、プログラミングを専門とする人の社会的ステータスは決して高いとは言えません。 代わりに今もてはやされているのが、データサイエンティストとは言う職種です。 しかし、その活躍期間はもっと短いと思われます。 少し前、アメリカの研究所が、「2030年には、今ある仕事の50パーセントがなくなる」という調査結果を発表しました。 私たちのようなIT技術者も、コンピューターの自動ブログラミングにとって代わられるでしょうし、データサイエンティストも機械の分析能力には勝てません。 つまり、今時点良いからと言って、それがいつまでも続く訳ではなく、あくまでも一過性に過ぎないのです。 「寄らば大樹」を目指して我も我もと詰めかけて一時的な集団が生まれていますが、それも今時点のことであって、樹が倒れる時は一度に全滅します。 ならば、大樹の下を出て陽の光を思いっきり浴びる選択肢もあります。 太陽も水もふんだんに注がれる反面、強い日差しや風にもさらされます。 大樹の陰を離れるには、風にも、日差しにも負けないしっかりした根っこが必要です。 そして、それを人間に置き換えるなら、人任せでない人生観、指示待ちでない行動力、そして自分に対する確固たる信頼感なのだと思います。 今はまさに、自分のキャリアデザインを自分自身でしなければならない時代なのです。 FairWinder.

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