吉田茂とこりん。 実は英語が下手?外交官たちの証言からみる吉田茂の英語力

バカヤロー総理:吉田茂~アメリカに負けなかった男が戦後日本の礎を作る

吉田茂とこりん

雪子さんが亡くなった後に吉田茂の身の回りの世話をしていたことが証拠ですね! 吉田茂は礼儀正しい人を気に入る傾向があったので、 白洲次郎と親密だったんです。 こりんも礼儀正しい人で表に出ることなく吉田茂に寄り添い影で支えるタイプだったので後妻という形で身近な存在になったんですね。 子供についてyahooやGoogleで調べてみましたが、子供の情報はないことがわかりました。 このことからも吉田茂を密かに愛し、支えることに生きがいを感じていたのでしょう。 こういうやまとなでしこは魅力的ですよね。 こりん 坂本喜代 の素顔は?実在の人物? こりんの本名は坂本喜代さんです。 なんと99歳まで生きていた長寿の方だったんです。 新橋の芸者では語り継がれる 伝説的な芸者だと言われています。 さすが、吉田茂が気に入った女性だけはありますね。 坂本喜代さんの素顔は 賢くて居心地の良い素敵な女性だということが調べてわかりました。 吉田茂は頑固な性格で一途なところもあり、洒落の聞いたトークも得意だったんです。 そんな吉田茂に賢い坂本喜代さんは惹かれたんでしょうね。 個人的には気難しい一面がある吉田茂を影で支えた坂本喜代さんは器量のある素敵な女性だったんだなと感じましたね。 こりん 坂本喜代 の家族は? こりんこと坂本喜代さんの家族についてはyahooやGoogleで調べたところ詳細な情報がないことがわかりました。 特に三女雪子の長男が 第92代首相麻生太郎なので日本を代表する華麗なる一族になったわけです。 個人的には坂本喜代さんは損得は考えず、単純に吉田茂を慕っていたことは調べてわかったんですが、華麗な一族とも良好な関係を築いているのも器量の良いから出来たのだと思っています。 最後まで呼んでくださり、ありがとうございます。 それでは今回はこのへんで失礼します。 U-NEXTなら31日間の無料トライアルで 今すぐ「アメリカに負けなかった男」を見逃し配信で視聴可能!.

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吉田茂と白洲次郎は親しかった?ふたりの関係性とは

吉田茂とこりん

白洲次郎は裕福な家の生まれで、17歳のころイギリスのケンブリッジ大学に留学しています。 9年におよぶ留学生活を送り、流暢に英語を使いこなしました。 留学から帰国した白洲は、伯爵令嬢だった樺山正子と結婚します。 正子の父親と、吉田茂の義父 =妻の父親 が懇意にしていたことから、吉田と白洲は顔をあわせる機会を得たのです。 白洲は幼いころから血気盛んで、頑固さや率直な物言いが目立ちました。 この豪胆さはときに「傲慢」「傍若無人」と揶揄されていたといいます。 こうした性格は吉田にも共通するものでした。 彼もまた頑固であり、不遜で傲慢だと評されることが多かったのです。 ともに歯に衣を着せず発言するふたりだからこそ、お互いを気に入りあい、親交を深めたのでしょうね。 異国の大使館で親交を深める 1936年、吉田茂は駐英大使としてロンドンに渡っています。 いっぽう白洲次郎はこのとき貿易会社の重役を務めており、世界各国を飛び回っていました。 やがて白洲はロンドンを訪れるたびに、吉田のいる日本大使館を宿にするようになります。 これはもともと吉田と仲が良かったためとも、何度も大使館に泊まるうちに親しくなったのだともいわれてるようです。 どちらにせよ、ふたりの関係が良好だったのは間違いありません。 彼らは時おり、大使館地下にある部屋でビリヤードに興じました。 これだけでも十分仲は良さそうですが、室内からは「このバカ野郎!」「コンチクショウ!」といった言葉が漏れ聞こえていたそうです。 周りの人々は、ケンカをしているのか?仲違いしているのか?と心配したといいます。 しかし吉田と白洲の仲がこじれた様子はなく、もともと言葉遣いの荒いふたりは親しかったからこそ、ともに飾らない言葉を投げかけ合っていたのでしょう。 吉田茂の娘の仲人に 吉田茂は白洲次郎と親しくしていましたが、吉田の妻である雪子も彼を気に入っていたようです。 その証拠に白洲は、吉田茂夫妻の娘・和子の結婚相手を紹介して欲しいと雪子から依頼されていました。 吉田には5人の子供がいて、なかでも一番愛情を注いでいたのが末っ子の和子だったといわれています。 直接依頼をしたのが妻とはいえ、吉田はかわいい娘の伴侶探しを白洲次郎にまかせたわけです。 吉田は白洲と親しかっただけではなく、強い信頼を抱いていたことがうかがえますね。 白洲は「麻生太賀吉」という男性を紹介し、和子は実際に結婚に至っています。 ちなみに麻生太賀吉・和子夫妻のあいだに生まれた吉田茂の孫が、のちに総理大臣に就任する麻生太郎です。 ふたつの重役をまかされる 白洲は流暢な英語と物怖じしない態度で、GHQとの交渉に臨みました。 ときには最高司令官であるマッカーサーを怒鳴りつけることもあり、マッカーサー本人から「従順ならざる唯一の日本人」と言わしめたほどです。 その後6年にわたるGHQの占領のさなか、日本はアメリカと講和を結び国の主権を復活させる手はずを整えました。 サンフランシスコでの講和会議では、総理大臣に就任していた吉田の側近 全権団顧問 として白洲もともに渡米しています。 講和会議では吉田が英語でスピーチをする予定でしたが、なんと白洲はそれを止めたのです。 「講和会議では戦勝国であるアメリカも敗戦国である日本も同じ立場であるはず。 それなのになぜアメリカ側の言葉でスピーチを行うのか?」と怒り、吉田に進言しました。 吉田は白洲の言葉を受け入れ、スピーチ原稿は急きょ日本語へと書き換えられることになります。 側近であるとはいえ、講和会議という重要な局面で、総理大臣に真っ向から進言できる人は少ないはずです。 吉田と白洲が親しく心を許しあっていたからこそ、はっきりと意見を伝えることができたのでしょう。

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吉田茂ドラマのキャスト出演者情報「アメリカに負けなかった男」出演者の代表作や来歴

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が、2月24日(月)放送のテレビ東京開局55周年特別企画スペシャルドラマ『』(テレビ東京系、21:00~)に出演することがわかった。 戦後75年という節目を迎える8月を前に、テレビ東京では、日本が敗戦から立ち直り、独立国家として確固たる地位を築くまでの物語をスペシャルドラマとして放送。 ドラマでは、「日本は絶対立ち直る」という思いを胸に、独立を目指したによる戦後政治の軌跡と、その生きざまを描いていく。 吉田をが演じるほか、、、、、、、らの出演が発表されている。 昨年放送され、大きな話題となったNHKの朝ドラ『なつぞら』で主人公の母親を演じた松嶋が、今度は奥ゆかしくも凛とした佇まいのこりんを演じきる。 後妻となってからは、大磯の別荘で共に生活をしながら、日本のトップへと上り詰めた吉田を持ち前の頭の良さと気配りで静かに支え続けたこりん。 今回は、そんな吉田とこりんが仲睦まじく御座敷遊び「お開きさん」に興じるシーンも公開された。 また、2度目の共演となる鶴瓶に対しては、「とてもユーモアがあり温かくスマートな人柄は、吉田茂の魅力を表現するのにピッタリ。 現場でお会いした時は、似ているその風貌も含めて驚き、この企画でキャスティングされた方のセンスが凄いと感心しました」と絶賛した。 撮影中は鶴瓶に笑わせられっぱなしだったそうで、「2人で御座敷遊びをするシーンで思わず関西弁が出てしまった鶴瓶さんが、とてもチャーミングでした」と回想。 最後は、「このドラマの見どころは、なんと言っても吉田茂を鶴瓶さんが演じられるところです。 どうぞご期待ください」と締めくくった。

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