プラハ 窓 外 投擲 事件。 [B! 歴史] プラハ窓外放出事件

プラハ窓外投擲事件 auf Deutsch

プラハ 窓 外 投擲 事件

一千年以上の年月を経て巨大な城になったプラハ城 カレル橋の上からプラハ城全体を眺める プラハ城は遠くから眺めると、時代の異なる幾つもの建物が連なってヴルタヴァ川左岸の高台に横たわる巨大な城である。 その規模は世界最大級とも言われ、城というより小さな町のようだ。 最初に城が建てられたのは9世紀末で、20世紀にチェコスロヴァキア共和国となってから聖ヴィート大聖堂が完成している。 まさに一千年以上の年月をかけて増改築を繰り返しながらここまで拡大した城である。 その長い歴史の中で、城では様々な出来事があった。 ヴァーツラフ礼拝堂でボヘミア公ヴァーツラフが弟に暗殺されたのが最初の事件だが、世界史上有名なのは近世に起こった「プラハ窓外放出事件」であろう。 1618年から1648年まで続いた30年戦争の切っ掛けとなった事件であり、そもそもあまり聞いたことがない変わった出来事である。 事件はどうやって起きたのか 「プラハ窓外放出事件」の様子を描いた銅版画 30年戦争とは新教と旧教との対立を巡り、主にドイツを戦場にヨーロッパ諸国を巻き込んだ宗教戦争である。 ボヘミアはカトリック教会の腐敗を訴えて処刑されたヤン・フスの国であり、フスの思想を受け継ぐ反カトリック系貴族や市民が大勢いた。 偉大なボヘミア王カレル四世の男子系が途絶え、娘婿のハプスブルク家に王位が移ってからカトリック系貴族の優遇が顕著になった。 プロテスタント系市民にはカトリック化が強要され、不満を持った貴族たちは宗教の自由を訴えてプラハ城へ押しかけた。 城には皇帝の代理人3人がいて言い争いになるが、埒が明かない代理人たちに腹を立てた貴族たちは3人の代理人を2階の窓から投げ落とした。 1618年5月23日のことだった。 こらしめのために取った衝動的な行動であり反逆のつもりはなかったと思われる。 歴史的大事件の現場を目の当たりにできる 代理人たちが落とされた歴史的な窓 窓から落とされた代理人たちはどうなったかというと、城の深い堀をずっぽり埋めていた大量の落ち葉がまだ撤去されていなかったお陰で幸い怪我はなかった。 彼らは慌ててウィーンへ逃げ帰り、皇帝に報告。 皇帝はボヘミアの反乱とみなし、戦争の準備が行われた。 これが思いもかけぬ30年という長きにわたる宗教戦争の始まりとなったのである。 この「プラハ窓外放出事件」が起きた部屋は、プラハ城内旧王宮の一角にある。 ヴラジスラフ・ホールという大きな広間の横を入った奥にあるので、知らなければ見逃してしまうであろう。 意外と狭い部屋で、そこには当時使っていた机や事件の様子を描いた銅版画が飾られている。 入れ代わり立ち代わりツアー客が入って来て、ガイドが投げ落とされた窓を示しながら事件のことを説明している。 せっかくだから城の外、南側からも眺めてみよう ツタの茂っている部分が事件の起きた部屋で、投げ落とされた窓は右横、黄色い壁の上 この部屋を、外側から眺めてみるのも興味深い。 プラハ城は東西に長く、多くの観光客は西門から入って大聖堂、旧王宮、黄金の小道を見学し、東門へ抜けて帰って行く。 ちょっとコースを変えて東門を出たらすぐ右へ曲がろう。 城の南側へは滅多に人が来ないが小さな花壇や植え込みの庭園が続いている。 大木が茂り、冬場は大量の葉を落とす。 この落ち葉が代理人たちの命を救った。 旧王宮は古い建物なのですぐ判る。 南へ突き出た部分が事件の部屋だ。 30年戦争はドイツの近代化を100年遅らせたとも言われている。 ほんのちょっとしたことが歴史を変えてしまうのだ。 窓を見たら道を戻ってもよいし、そのまま進んで西門近くへ出てトフノヴスカーの階段を下りるか、あるいはネルドヴァ通りを下っていこう。 どの道を歩いてもこの辺りは美しい。 データ プラハ城の南側には大木が何本も茂り、冬場は大量の葉を落とす プラハ城入館料 チケットは何種類もあるが、旧王宮を見学できるのは350コルナ、あるいは250コルナのチケット。 350コルナの方はプラハ城内の殆どを見学できる。 チケットは2日間有効なので、じっくりプラハ城を見学することができる.

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プラハ窓外放出事件とは

プラハ 窓 外 投擲 事件

近所の中村さんは犬の散歩仲間で、彼女が定年退職してからというもの、散歩の時間に会うことが多くなった。 最初は互いの愛犬の話などを交わしていたが、何度か会ううちに、他の話題も持ち出すようになっていた。 独り身で暇を持て余している中村さんは、勉強好きで、よくその内容を聞かせてくれる。 この間は特殊相対性理論だった。 その前はカンブリア紀の古生物。 そのまた前はメソポタミアの占星術について。 あれこれ構わず手当たり次第。 気分の赴くままに突っ込んでゆくのが中村さんのスタイルらしい。 大学受験を控えた私は、決められたことを勉強しなくてはならないのだが、中村さんの姿勢には見習うところが多いと思う。 今日のテーマは世界史だった。 聞くと、チェコ史について調べたらしい。 「また珍しいところに手を出しましたね」 私は言って、トイプードルのココアのリードを手繰り寄せた。 「私も去年少しだけ習いました。 世界史選択なので」 「あら、そうだったの。 ……私はね、大変なことに気が付いたんだ」 「何でしょうか」 「よく聞くんだよ。 「……はっはぁ。 確かにねえ。 相川さんは面白いねえ」 「はは……。 すいません」 私は恥じ入って俯いた。 目線の先には小さくて黒いモフモフがいて、嬉しそうにぴょこぴょこ私の後をついてくる。 普通、お年寄りの自慢話なんかは適当に聞き流して、相槌を打ちながら感心したふうを装っておけば、障りがない。 それは分かっている。 だが、私は性格上、相手の話はちゃんと聞くべきだと思っているし、思ったことはちゃんと口に出すべきだと思っている。 そんな歯に絹着せない私のことを、中村さんはかえって気に入ってくれているようだった。 お世辞を言われてあしらわれるよりよっぽど楽しいという。 私もそんな中村さんの、意外とてらいのない所が、嫌いではない。 中村さんは、誰かに自慢をして感心されたいのではなくて、当たり前に話せる相手が欲しいそうだ。 「それで、それはどういう意味なんですか」 「有名な話らしいよ。 プラハ窓外投擲事件という」 「はあ、面白い名前ですね」 「プラハというのはチェコの首都だけど」 「知ってます」 「当時チェコは、ベーメンとかボヘミアとか呼ばれていたらしいねえ」 「神聖ローマ帝国の中の、ボヘミア王国ですね」 「そうそう。 そこで宗教改革が起こったんだよ」 「……あ。 フスですか」 チェコの宗教改革家、ヤン=フス。 ルターの宗教改革に先駆けてローマ=カトリック教会に逆らった、重要な人物。 現地では多大な支持を得たという。 しかし、1400年代だったかな? フスは、異端者として火刑に処された。 これに怒ったフス派の新教徒たちが、フス戦争を起こしたのだ。 私がそのことを話すと、中村さんは笑った。 「よく覚えてるね。 相川さんは頭が良いなあ」 「えっ」 私は焦った。 別に知識をひけらかしたつもりではなかった。 「いや別に……高校で習っただけですし。 中村さんの方が頭良いですから」 「あら、お世辞が聞けるとは珍しい」 「私がお世辞を言うように見えます?」 その時、中村さんのチワワ、レオンくんがフンをしたので、私は立ち止まって中村さんがそれを拾うのを待った。 「……なんの話だったかな」 「フス戦争です」 「そうそう。 フスの処刑の後、人々は怒ってねえ。 しかもその後、ボヘミアの王様は、フス派の市議会を解散させて、ローマ教会派の人々で新しい議会を作ってしまったんだよ」 「あらら」 「これでフス派の人々はもっと怒った。 それでなんやかんやあって、みんなで市庁舎に向けて行進をしていたんだ。 そこへ、反フス派の人が石を投げつけたりしたものだから……」 「ああ、それはまずい」 「そう。 怒った人々は大勢でプラハ市庁舎を襲撃して……新しい議員たちを、窓から投げ落としてしまった!」 中村さんの言い方がおかしかったので、私はつい笑ってしまった。 笑い事じゃないけど。 「……すごい発想ですね。 投げ落とすって」 「しかも、下には槍で武装した集団が待ち構えていてね。 その上に落とされた七人の議員はみんな死んでしまったの」 「ありゃあ、グロテスクな」 「このことがフス戦争のきっかけになったんだよ」 「……そこまでは知りませんでした。 フスが処刑されたから反乱を起こしたものだとばかり」 「ふーむ。 それは間違いとは言えないけどね。 厳密には少し違うのかなぁ」 「ですねえ」 受験のための詰め込み勉強なんてそんなものだ、という気がした。 本当の勉強というのは、こうして興味のあることを自分の力で調べ上げ、何が本当に正しい事なのかを、見極めることなのではないか。 今度はココアが草むらを嗅ぎまわってグルグル回り出したので、私たちは再び立ち止まった。 私はココアの小便を水で流して処理してから、「行くよ」と言ってリードを引っ張った。 「ところでプラハ窓外投擲事件は他にもあってね」 「は?」 「最初のは1419年、二度目は1618年に起きたんだ」 「に、二度」 今度は一体何があった。 何があってそんな突拍子もないことを、二回も。 ……人を窓から放り出すと、戦争になる。 「あ」 ふと思い当たる節があって、私は言ってみた。 「それ、三十年戦争あたりですね?」 「さすが。 正解」 「確か三十年戦争は、ボヘミアでの反乱がきっかけだったはず……じゃあ、まさかしてそれが……」 「そう、それが第二次プラハ窓外投擲事件を発端にして起きたんだよ」 「第二次」 何だそりゃ。 一度ならず二度までも! 二百年の時を経て、人を窓から放り出すという行動が、発想が、受け継がれてきたのか。 それがプラハの人々にとって誇りだったのだろうか? お……可笑しい。 何かが可笑しい。 「その第二次の事件の前にだね、まず、ハプスブルク家の反プロテスタントの人が、ボヘミアの王様になったんだ。 それでフス派の人々を迫害しようとしたんだね」 「あ、そうか。 フス派もプロテスタントか」 周知の事実だが、ローマ=カトリック教会の影響力が及んだ範囲のキリスト教において、カトリックに対抗する宗派は、みんなまとめてプロテスタントと呼ばれる。 フスは宗教改革の先駆者だから、当然、フス派もまたプロテスタントだ。 それにしても、フス戦争でボロ負けしたのに、フス派の信仰の根強いこと。 余程みんなに気に入られていたんだな。 戦争で人は殺せても、人の心は変えられないという証左か。 「プロテスタントの人々はその新しい王を、王とは認めなかった。 そして、彼がフス派を弾圧することは、信教の自由に反すると言い立てたんだ」 信教の自由? 当時そんな概念が認められていたっけ? ああ、そうだ、16世紀のルターの宗教改革の結果だ。 講和として、ええと……、アウブスブルク宗教和議が開かれた。 そこで諸侯と自由都市は、カトリックかプロテスタントか、どちらかを自由に選んでいいことになったんだ。 もちろんプラハという都市は、プロテスタントを選択したに違いない。 だから王様によるプロテスタント弾圧は自由の侵害だ、と。 うん、いいぞ。 今日の散歩はいい復習になっている。 「そういうことで騒ぎが大きくなったので、王様の使者がプラハ城に来た。 ところが大勢の人々が激怒して待ち構えていてね。 だから三人は助かったんだ」 「あ、死ななかったんですね」 落ちても死なないことがあると。 さっき変なツッコミ入れちゃったよ。 「それでごちゃごちゃあって、三十年戦争が始まったんだ」 「プラハで人が窓から投げ出されると、戦争になる……ははは……」 「まあ、直接的な戦争にならなかった事例もあるんだけどね」 ハァイ!? 他にも事例が!? 「まだ落とされるんですか!?」 「第三次プラハ窓外投擲事件だ」 「大惨事じゃないですか」 「はっはっは」 「何ですか、その、プラハの人たちは、人を投げ捨てるのが趣味なんですか?」 「もはや伝統行事だね」 「怖っ……ふふっ……」 今度はちょっと笑いをこらえるのが難しかった。 ココアが不思議そうにこちらを見上げながら、フンをした。 私はゴミ袋を広げて屈み込んだ。 「して、その第三次とは……また市民が何か?」 「これは前とはちょっと違ってね。 1948年に起きた暗殺事件だよ」 「暗殺」 それは、剣呑な。 1948年なら戦後か。 ……戦後なら。 「今度は宗教じゃなくて、冷戦が何か?」 「おやあ、鋭いねえ、相川さん」 「……どうも」 「そう、チェコスロヴァキアの政権内で、共産系と非共産系の対立が深まっていた時期だよ」 「それはまた……これまでとは随分と違う感じですね」 ちょっとヒヤリとするものを感じる。 時代が近いからだろうか、それとも、背景が全く異なるせいだろうか。 「そこでまたなんやかんやあって、非共産系の閣僚たちが、内閣から去ることになったんだ。 で、ただ一人だけ閣内に残っていた非共産系の人間が、ある日、外務省の中庭にて、転落死体で発見された」 うわあ……。 邪魔者を、殺して排除した、と。 「怖っ」 「そんな感じで閣内に非共産系がいなくなってしまってね。 結局、チェコスロヴァキアに、共産党独裁政権ができたんだよ」 「それで、東側についたんですね」 プラハで人が落ちると戦争になる。 今度の場合は、チェコスロヴァキアが、冷戦の東側陣営に入ることが明確になった訳だ。 これは、戦争になった……のか? うん? まあいいか。 「はあー」 私は歩きながら天を仰いだ。 中村さんの話は面白い。 ……今日のはちょっとばかし物騒だったけど、でも、興味深い。 私もこういうふうに、好きなことを勉強をしてみたいな。 大学に受かったら、自分だけのテーマをみつけて、一直線に調べたり、考えたり、できるようになるのかな。 きっと難しい。 今日話した歴史だって、本当は単なる暗記科目じゃないもんね。 ちゃんと科学的な証拠を示して、解釈して……。 大学にはそういう、教科書にはない勉強の仕方がいっぱい溢れているはず。 楽しみだけど、本当にやっていけるかな。 「中村さんは、よくそんなに勉強できますね。 私にもできるでしょうか」 「はっはっは。 簡単だよ。 いやあ、ウィキペディアというのは便利だねえ」 「Wikipedia!!! 」 私は驚愕のあまり、ココアのリードを取り落とすところだった。 急に信憑性が薄れたんだけど!? 「中村さん、それ、Wikipediaの情報なんですか!」 「いやまあ、他のサイトも見てみたよ」 「そこもネット情報なんですね!?」 「そんなにびっくりすることかな?」 「いや、あの、何か」 私は頭を抱えた。 勉強って……勉強って……。 「こう、図書館とかで本を積み上げて勉強してらっしゃるわけではなく?」 「んー、必用な時はそうするけどね。 でも、もともと私は、インターネットをフラフラするのが好きなだけだから」 中村さんは笑って、レオンくんをちょちょいと引っ張った。 「ではこの辺で、さようなら」 「あっ。 さよなら」 私は慌ててぺこりとお辞儀をした。 中村さんのイメージが、ガラガラと崩れていく音がする。 私は腹の中で叫んでいた。 今までの全部ネットサーフィンかよ!? 終.

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[B! 歴史] プラハ窓外放出事件

プラハ 窓 外 投擲 事件

近所の中村さんは犬の散歩仲間で、彼女が定年退職してからというもの、散歩の時間に会うことが多くなった。 最初は互いの愛犬の話などを交わしていたが、何度か会ううちに、他の話題も持ち出すようになっていた。 独り身で暇を持て余している中村さんは、勉強好きで、よくその内容を聞かせてくれる。 この間は特殊相対性理論だった。 その前はカンブリア紀の古生物。 そのまた前はメソポタミアの占星術について。 あれこれ構わず手当たり次第。 気分の赴くままに突っ込んでゆくのが中村さんのスタイルらしい。 大学受験を控えた私は、決められたことを勉強しなくてはならないのだが、中村さんの姿勢には見習うところが多いと思う。 今日のテーマは世界史だった。 聞くと、チェコ史について調べたらしい。 「また珍しいところに手を出しましたね」 私は言って、トイプードルのココアのリードを手繰り寄せた。 「私も去年少しだけ習いました。 世界史選択なので」 「あら、そうだったの。 ……私はね、大変なことに気が付いたんだ」 「何でしょうか」 「よく聞くんだよ。 「……はっはぁ。 確かにねえ。 相川さんは面白いねえ」 「はは……。 すいません」 私は恥じ入って俯いた。 目線の先には小さくて黒いモフモフがいて、嬉しそうにぴょこぴょこ私の後をついてくる。 普通、お年寄りの自慢話なんかは適当に聞き流して、相槌を打ちながら感心したふうを装っておけば、障りがない。 それは分かっている。 だが、私は性格上、相手の話はちゃんと聞くべきだと思っているし、思ったことはちゃんと口に出すべきだと思っている。 そんな歯に絹着せない私のことを、中村さんはかえって気に入ってくれているようだった。 お世辞を言われてあしらわれるよりよっぽど楽しいという。 私もそんな中村さんの、意外とてらいのない所が、嫌いではない。 中村さんは、誰かに自慢をして感心されたいのではなくて、当たり前に話せる相手が欲しいそうだ。 「それで、それはどういう意味なんですか」 「有名な話らしいよ。 プラハ窓外投擲事件という」 「はあ、面白い名前ですね」 「プラハというのはチェコの首都だけど」 「知ってます」 「当時チェコは、ベーメンとかボヘミアとか呼ばれていたらしいねえ」 「神聖ローマ帝国の中の、ボヘミア王国ですね」 「そうそう。 そこで宗教改革が起こったんだよ」 「……あ。 フスですか」 チェコの宗教改革家、ヤン=フス。 ルターの宗教改革に先駆けてローマ=カトリック教会に逆らった、重要な人物。 現地では多大な支持を得たという。 しかし、1400年代だったかな? フスは、異端者として火刑に処された。 これに怒ったフス派の新教徒たちが、フス戦争を起こしたのだ。 私がそのことを話すと、中村さんは笑った。 「よく覚えてるね。 相川さんは頭が良いなあ」 「えっ」 私は焦った。 別に知識をひけらかしたつもりではなかった。 「いや別に……高校で習っただけですし。 中村さんの方が頭良いですから」 「あら、お世辞が聞けるとは珍しい」 「私がお世辞を言うように見えます?」 その時、中村さんのチワワ、レオンくんがフンをしたので、私は立ち止まって中村さんがそれを拾うのを待った。 「……なんの話だったかな」 「フス戦争です」 「そうそう。 フスの処刑の後、人々は怒ってねえ。 しかもその後、ボヘミアの王様は、フス派の市議会を解散させて、ローマ教会派の人々で新しい議会を作ってしまったんだよ」 「あらら」 「これでフス派の人々はもっと怒った。 それでなんやかんやあって、みんなで市庁舎に向けて行進をしていたんだ。 そこへ、反フス派の人が石を投げつけたりしたものだから……」 「ああ、それはまずい」 「そう。 怒った人々は大勢でプラハ市庁舎を襲撃して……新しい議員たちを、窓から投げ落としてしまった!」 中村さんの言い方がおかしかったので、私はつい笑ってしまった。 笑い事じゃないけど。 「……すごい発想ですね。 投げ落とすって」 「しかも、下には槍で武装した集団が待ち構えていてね。 その上に落とされた七人の議員はみんな死んでしまったの」 「ありゃあ、グロテスクな」 「このことがフス戦争のきっかけになったんだよ」 「……そこまでは知りませんでした。 フスが処刑されたから反乱を起こしたものだとばかり」 「ふーむ。 それは間違いとは言えないけどね。 厳密には少し違うのかなぁ」 「ですねえ」 受験のための詰め込み勉強なんてそんなものだ、という気がした。 本当の勉強というのは、こうして興味のあることを自分の力で調べ上げ、何が本当に正しい事なのかを、見極めることなのではないか。 今度はココアが草むらを嗅ぎまわってグルグル回り出したので、私たちは再び立ち止まった。 私はココアの小便を水で流して処理してから、「行くよ」と言ってリードを引っ張った。 「ところでプラハ窓外投擲事件は他にもあってね」 「は?」 「最初のは1419年、二度目は1618年に起きたんだ」 「に、二度」 今度は一体何があった。 何があってそんな突拍子もないことを、二回も。 ……人を窓から放り出すと、戦争になる。 「あ」 ふと思い当たる節があって、私は言ってみた。 「それ、三十年戦争あたりですね?」 「さすが。 正解」 「確か三十年戦争は、ボヘミアでの反乱がきっかけだったはず……じゃあ、まさかしてそれが……」 「そう、それが第二次プラハ窓外投擲事件を発端にして起きたんだよ」 「第二次」 何だそりゃ。 一度ならず二度までも! 二百年の時を経て、人を窓から放り出すという行動が、発想が、受け継がれてきたのか。 それがプラハの人々にとって誇りだったのだろうか? お……可笑しい。 何かが可笑しい。 「その第二次の事件の前にだね、まず、ハプスブルク家の反プロテスタントの人が、ボヘミアの王様になったんだ。 それでフス派の人々を迫害しようとしたんだね」 「あ、そうか。 フス派もプロテスタントか」 周知の事実だが、ローマ=カトリック教会の影響力が及んだ範囲のキリスト教において、カトリックに対抗する宗派は、みんなまとめてプロテスタントと呼ばれる。 フスは宗教改革の先駆者だから、当然、フス派もまたプロテスタントだ。 それにしても、フス戦争でボロ負けしたのに、フス派の信仰の根強いこと。 余程みんなに気に入られていたんだな。 戦争で人は殺せても、人の心は変えられないという証左か。 「プロテスタントの人々はその新しい王を、王とは認めなかった。 そして、彼がフス派を弾圧することは、信教の自由に反すると言い立てたんだ」 信教の自由? 当時そんな概念が認められていたっけ? ああ、そうだ、16世紀のルターの宗教改革の結果だ。 講和として、ええと……、アウブスブルク宗教和議が開かれた。 そこで諸侯と自由都市は、カトリックかプロテスタントか、どちらかを自由に選んでいいことになったんだ。 もちろんプラハという都市は、プロテスタントを選択したに違いない。 だから王様によるプロテスタント弾圧は自由の侵害だ、と。 うん、いいぞ。 今日の散歩はいい復習になっている。 「そういうことで騒ぎが大きくなったので、王様の使者がプラハ城に来た。 ところが大勢の人々が激怒して待ち構えていてね。 だから三人は助かったんだ」 「あ、死ななかったんですね」 落ちても死なないことがあると。 さっき変なツッコミ入れちゃったよ。 「それでごちゃごちゃあって、三十年戦争が始まったんだ」 「プラハで人が窓から投げ出されると、戦争になる……ははは……」 「まあ、直接的な戦争にならなかった事例もあるんだけどね」 ハァイ!? 他にも事例が!? 「まだ落とされるんですか!?」 「第三次プラハ窓外投擲事件だ」 「大惨事じゃないですか」 「はっはっは」 「何ですか、その、プラハの人たちは、人を投げ捨てるのが趣味なんですか?」 「もはや伝統行事だね」 「怖っ……ふふっ……」 今度はちょっと笑いをこらえるのが難しかった。 ココアが不思議そうにこちらを見上げながら、フンをした。 私はゴミ袋を広げて屈み込んだ。 「して、その第三次とは……また市民が何か?」 「これは前とはちょっと違ってね。 1948年に起きた暗殺事件だよ」 「暗殺」 それは、剣呑な。 1948年なら戦後か。 ……戦後なら。 「今度は宗教じゃなくて、冷戦が何か?」 「おやあ、鋭いねえ、相川さん」 「……どうも」 「そう、チェコスロヴァキアの政権内で、共産系と非共産系の対立が深まっていた時期だよ」 「それはまた……これまでとは随分と違う感じですね」 ちょっとヒヤリとするものを感じる。 時代が近いからだろうか、それとも、背景が全く異なるせいだろうか。 「そこでまたなんやかんやあって、非共産系の閣僚たちが、内閣から去ることになったんだ。 で、ただ一人だけ閣内に残っていた非共産系の人間が、ある日、外務省の中庭にて、転落死体で発見された」 うわあ……。 邪魔者を、殺して排除した、と。 「怖っ」 「そんな感じで閣内に非共産系がいなくなってしまってね。 結局、チェコスロヴァキアに、共産党独裁政権ができたんだよ」 「それで、東側についたんですね」 プラハで人が落ちると戦争になる。 今度の場合は、チェコスロヴァキアが、冷戦の東側陣営に入ることが明確になった訳だ。 これは、戦争になった……のか? うん? まあいいか。 「はあー」 私は歩きながら天を仰いだ。 中村さんの話は面白い。 ……今日のはちょっとばかし物騒だったけど、でも、興味深い。 私もこういうふうに、好きなことを勉強をしてみたいな。 大学に受かったら、自分だけのテーマをみつけて、一直線に調べたり、考えたり、できるようになるのかな。 きっと難しい。 今日話した歴史だって、本当は単なる暗記科目じゃないもんね。 ちゃんと科学的な証拠を示して、解釈して……。 大学にはそういう、教科書にはない勉強の仕方がいっぱい溢れているはず。 楽しみだけど、本当にやっていけるかな。 「中村さんは、よくそんなに勉強できますね。 私にもできるでしょうか」 「はっはっは。 簡単だよ。 いやあ、ウィキペディアというのは便利だねえ」 「Wikipedia!!! 」 私は驚愕のあまり、ココアのリードを取り落とすところだった。 急に信憑性が薄れたんだけど!? 「中村さん、それ、Wikipediaの情報なんですか!」 「いやまあ、他のサイトも見てみたよ」 「そこもネット情報なんですね!?」 「そんなにびっくりすることかな?」 「いや、あの、何か」 私は頭を抱えた。 勉強って……勉強って……。 「こう、図書館とかで本を積み上げて勉強してらっしゃるわけではなく?」 「んー、必用な時はそうするけどね。 でも、もともと私は、インターネットをフラフラするのが好きなだけだから」 中村さんは笑って、レオンくんをちょちょいと引っ張った。 「ではこの辺で、さようなら」 「あっ。 さよなら」 私は慌ててぺこりとお辞儀をした。 中村さんのイメージが、ガラガラと崩れていく音がする。 私は腹の中で叫んでいた。 今までの全部ネットサーフィンかよ!? 終.

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